第9話 よし、飯にしよう!
エレンの住んでいるテントはすぐに見つかった。
焚き火でもしているのか煙が見えた体。それを目指していくと、カーキ色のテントが見えた。
川辺に焚き火、洗濯竿もあり、生活臭が漂っていた。川辺には、釣竿もあった。そばにあるバケツの中には、小魚も泳いでいた。エレンは、昆虫ではなく、マトモな食事をとっている可能性が高かった。
「なんだよ、ハリスかよ。何の用だよ? カルトに戻れっていう勧誘か?」
エレンはハリスの姿を見ると、不機嫌そうな顔を見せた。
年齢は23、4ぐらいだろうか。口は悪いが、前髪が長めで繊細そうなルックスにみえた。大きな帽子を被ったらムーミンに出てくるスナフキンとちょっと雰囲気がかぶる。服装も似ている。
確かに自立心が旺盛そうで、カルトに否定的なタイプだろう。結局、カルトにハマるのも誰か強いリーダーに依存したいという心が引き寄せる。聖書でも誘惑されるのは心に欲があるからだという。
リーダーにべったり依存的になるのは、何もカルトだけではない。神父や牧師に依存するクリスチャンもいるし、上司や親に依存するものもいる。人類みな罪人で、カルト信者だけが特別に悪いという事もない。同時に特定の誰かが清い聖人、聖女という事も無い。
「ところで、あんたは誰だ?」
「この人はマリアちゃんだよ」
代わりにハリスが自己紹介してくれた。
「マリアちゃんから本当の神様の話を聞いたんだよ。エレンには謝ろうと思う」
こう言ってエレンは頭を下げた。
「おいおい、何言ってるんだ? あんなカルト依存で昆虫食も大好きだったじゃないか」
エレンは面食らっていたので、マリアは事情を説明した。
「そうか。人類みな罪人という神様は理にかなってるぜ。実際、人間の心には、醜い感情がいっぱいあるからな」
彼は拍子抜けするぐらいあっさりとマリアが語る本当の神様を受け入れていた。
「本当に悪かったよぉ」
「まあ、こうしてハリスも謝っているから飯でも食べようぜ? おいおい、女みたいに泣くんじゃない」
「うわあああん!」
どうやらエレンはハリスを許したらしい。こんなあっさりと許してしまった事にマリアは驚いてしまったが、心理的に腹が減ってきた。肉体のお腹は全く減っていないのに、心は何か食べたい気分だ。
「よし、飯にしよう!」
エレンは小魚を木の枝にさし、焚き火で焼いていた。
「わあ、美味しそうな香り!」
「そうだな!」
マリアもハリスも魚の焼ける香りにすっかり目尻が下がっていた。
ハリスはさっきまで大泣きしていたのだが、焼きたての魚の香りには抗えなかったらしい。
こうして三人で焚き火を囲みながら、焼き魚を食べた。
「うまい! 涙が出るほど美味しいぞ!」
ハリスは魚の味に感動して泣いていた。全くうるさい男だが、こんなに美味しそうに食べている。やっぱり昆虫食は相当不味かったのだろう。元いた世界でも昆虫食を推していたが、頭がおかしいとしか思えない。
マリアが食前のお祈りをして、魚にぱくついた。確かに本当に美味しい。
「おぉ、そんなお祈りして食べるんだ」
エレンは食前のお祈りに食いついていた。
「ええ。私の神様は強制はしないけど、何か自然とやりたくなるのよねぇ」
「ふーん」
三人は黙々と焼き魚を食べていた。蒼い空の下で、みんなで食べるから余計に美味しく感じた。
ハリスは久々のマトモな食事に言葉を失い、静香に感動しているようだった。
「それにそても、エレンはすごいわね。こんな一人で生活しているなんて」
「そうさ。なんと言っても虫だけは食べたくないからね」
「それは同感よ」
しばらくエレンと話していた。気ままのテント生活は楽しいらしく、たまに都心にでて出稼ぎをしているという話だった。
「そうだ、君たちにとても素晴らしいものを見せようじゃないか」
エレンが一旦テントに戻ると、紙袋を抱えてやってきた。
「何?」
「なんだ?」
マリアとエレンは、紙袋の中を覗き込んだ。エレンは、ニヤリと悪戯っ子のような表情を浮かべていた。