ライオンの騎士2
ダイナゴンは全てを託すかのように、アスカロンに向かって最強の風魔法を放った。
「風の精霊、シルフィードよ! 我に力を!」
背後から突風を受けたアスカロンは、マントをはためかせながら踵で石畳の上を滑走する。蹄鉄のような靴裏から二筋の火花を散らすと、溜めに溜めた魔法力を爆発的に解放する。
その時ネクロマンサー・ヘカテは、両腕を胸の前で逆手にクロスし、10本の指を伸ばすと、人語とは思えない発音で呪文を詠唱し始めた。
重い盾を捨て去ったライオンの騎士が、一度きりの打ち込みに全てを掛ける。腰だめに剣を構え、型を儀式のように固める。
「フラックス・マッハ・ストローク! レベル99!」
「………………Царь–…………」
「うおおおおおお! 間に合うか!?」
ほんの一瞬であったが、ネクロマンサー・ヘカテが詠み上げる呪文の完成が遅れた。防御に隙ができ、騎士渾身の攻撃エネルギーを逸らすのに、全てのリソースを割いたようだ。
「今だ! ダメ押しだ! アビシャグ!」
「……今ここに、我が持てる力を全て捧ぐ! 対死霊魔術!」
ここぞというときに迅速に現れる、魔法使いアビシャグの練りに練った攻撃魔法が炸裂する。
異次元の光を放射する爆発的な力の衝突により、ヘカテ周辺の石畳は嵐のように吹き飛ばされたかと思うと、粉微塵となった。
「ついにやったか?」
いち早く戦果の確認に目を凝らした青騎士ルンバ・ラルが、勝利を確信したような声を張り上げた。
だが、結界魔方陣の中から姿を現したネクロマンサーは、まだ人の形を保っていたのだ。これには力を使い果たしたアスカロンも舌を巻いた。そして畳み掛けるようにルンバ・ラルが後を継ぐ。
「さすがだな、だがとどめだ!」
ふらつくネクロマンサー・ヘカテに対し、容赦なく一撃が加えられた。遂に被っていたフードが細断し、その衝撃で全身を覆っていたローブが千切れ飛んでいった。
「……何と! ……妖艶な……!」
あの無骨なルンバ・ラルでさえ、陽の下に曝されたネクロマンサーの正体には称賛とも思える言葉が漏れてしまった。
腰までの紫がかった黒髪に、幼さを残す整った顔立ち。双眸には淡い光が宿り、華奢でありながら肉感的な乳白色の体を覆う僅かな衣装からは、思わず庇護本能を掻き立てられるほどだ。
だが誰よりもネクロマンサー・ヘカテの容貌にショックを受けたのは、他ならないアスカロンであった。
「あ、あれは……ティ、ティケ……!!」
震えが全身に伝播したアスカロンは、力が抜けたように自らの長剣を足元に取り落としてしまった。




