戌年(いぬどし)特別番外小話「ダシバの大冒険」
2018年元旦のツイッター小説をまとめました。
1.駄犬は腹が減った
ケンネル王国建国1111年新年祭。
わんわんわんわんのゴロの良さに、宰相が一年を通して祝い事をすることを決めた。
リーゼロッテもバドもマルスも、準備に忙しく走り回っている。
だけどそれは事件の始まり。
皆忙しくて、テレサさんも留守。そして臨時雇いの駄犬ご飯係が、とうとうダシバのご飯を忘れてしまったのだ。
女王陛下の寝室の隅にある犬ベッド。
遅く起きたダシバは、毛布からのそのそと這い出してボウルをのぞき込む。
「きゅうん……」
空っぽだ。ぴかぴかになるほど舐めた、昨日のボウルままだ。
ダシバは仕方がないからご飯を探しに行くことにした。
第五部隊もマルスもいない。彼を見ているものは誰もいない。規則正しい嫁はリーゼロッテについて走り回っている。
彼はご飯を求めてケンネル中をさまようことになる。
2.駄犬、食堂に立つ
ケンネルの第一食堂は戦場だった。
正月料理と言えば犬モチ雑煮。犬モチはよく伸びるけどのどに詰まらない逸品だ。
ブラッドハウンド料理長は叫んだ。
「今年は特別ですよ! 犬モチマシマシ、お肉マシマシ! 伝統的な上品な雑煮じゃ陛下が太れない!」
「「はい!」」
「陛下は最近思春期に入ってしまった……いつもご自分は太っているとおっしゃられる。そんなことはない。陛下はもっとふくふくとされるべきよ!」
「「そうだ!」」
「あたしたちの美味しい料理で陛下を太らすよ!」
「「イエッサー!」」
バタバタと走る料理人たち。さすがに毛の混入を気にして、人の姿のものしかいない。
……そのせいだろうか。
気配を隠すつもりもないダシバがまんまと入り込んだ。
いつものことだがラッキーである。
「……!」
調理台からこぼれかけたバウ牛肉を発見。さっそくダシバは調理台に前足をついて齧りついた。美味い。引っ張ってはもりもり食べ続ける。
ついでに料理長のポケットからはみ出ているビスケットも齧る。
流石に気が付いたブラッドハウンド料理長は、激怒した。
「駄犬―!」
ダシバは逃走した。
後ろから山のような包丁が飛んでくるが当たらない。ラッキーである。
ドタドタと逃走するダシバは、やがて王宮の端の喫茶店に到着する。
3.駄犬、アフガンハムを知る
喫茶店の奥からマスターが顔を出す。
はっはっはっはっはと舌を出すダシバに、求められているものを察した。
「おや駄犬君。ご飯が欲しいのかい?」
「わん!」
「アフガンハムの切れ端でよければ、ほら」
優しいマスターは、赤い厚切りのハムをつまんで差し出した。
「わんっ!」
目を輝かせるダシバ。
喜んでハムの端に食いつこうとして――――。
はし。
大きな手に首根っこを掴まれた。
「見つけたぞ、駄犬……」
吊り上げられて、ぷらんと揺れる後ろ足。
見上げると、そこには怒りの水色の瞳。ウルフハウンド騎士団長だった。
「引導を渡してやる」
分かっていないダシバは、後ろ足をぷらぷら揺らした。
4.駄犬、牢屋でハムを乞う
ダシバは駄犬牢に入れられた。
駄犬牢。それはつまみ食いをした重罪犬を閉じ込める屋根裏部屋だ。
王宮のとある一角に作られており、窓からは遠く反省の木も見える。木に吊るされても反省しない犬を放り込む座敷牢なのだ。
殺傷能力の高い小型犬たち第五部隊が目を光らせる中、ダシバはハムを乞う。
「きゅーん」
『駄犬に食わせるメシはない』
「きゅーん、きゅーん」
『陛下がどんなに駄犬を好もうが、俺たちがお前を好きになることは絶対にない。いっそこのまま餓死をさせ「ダシバ様!」』
屋根を破って現れたのは、黒衣装の仮面の美形。
颯爽とした彼は、自分を畜生仮面と名乗った。
5.畜生仮面と駄犬
畜生仮面は第五部隊を倒していく。
最後にキャバリア副隊長を倒した仮面男は、ほけっと座るダシバに手を差し伸べた。
「ダシバ様に牢屋など似合いません。なぜ私に、一言お腹がすいたと鳴いてくださらないのです!」
彼は駄犬教の本部にダシバを連れさった。
後ろでは「駄犬が逃げたぞー!」「大導師をどうにかしろ!」という怒声が聞こえるが、ダシバも仮面男も気にしない。どちらも他人など全く眼中にないタイプなのだ。
到着したのは純――――いや、駄犬教の本部であった。
用意された色とりどりのおやつの山。
畜生仮面は膝をついてうやうやしくダシバに差し出した。
「さあダシバ様! 堕落の一途をお辿りください!」
「わうーん!」
宝の山に飛び込むダシバ。遠慮なく貪り食う卑しい姿に、駄犬教の信徒たちが涙を浮かべて喜んでいた。
「ああ、なんて卑しい」
「本当にダシバ様は本能だけなのね」
「あのたぷたぷ揺れる堕落の証がまぶしすぎる!」
信徒の喜びに包まれていた駄犬は、ふと気が付いた。
――――あのハム食べたかった。
……得られないものをこそ、犬は求めるのだ。
ダシバは食べるのをやめて、ぽてぽて出口に向かって歩き出した。
「ダシバ様!? 我々の誘惑が足りませんでしたか!?」
「どうか、戻ってください! たぷたぷさせてください!」
「駄犬様、カムバーック!」
泣き濡れる畜生仮面たちを袖にして、ぽてぽて歩き続けるダシバ。
そしてなぜか、次の日には西の果て、アフガンハウンド領に到着していた。
いつものミラクル技である。
6.駄犬、ハムを得られず
マスード・フォン・アフガンハウンドが呆れている。
赤毛長毛犬になって、ゆったり寝ていた彼の前で、ダシバは「きゅうん」とアフガンハムの在処を聞いた。
『馬鹿だよねえ。まあ君、馬鹿だけど。でも残念だね。アフガンハムは売り切れだよ』
「きゅーん」
『欲しければ自分で作れば?はいレシピ』
差し出されたのは一枚のレシピ。
だが。ただの犬に文字は読めない。
ダシバは困ってしまった。
7.駄犬、ハムを求めさまよう
口にレシピを銜えてとぼとぼ王都に帰るダシバ。
いつものミラクル技である。
王都に入ってすぐ、街角でゲームをする見知った顔に出会った。
第四部隊長マラミュート。
彼はもっさりと軍服を着たまま、カードゲームに興じていた。
技術的な問題は、第四部隊に頼めばたいてい解決できる。
ダシバは期待した。
……そもそも新年の行事で隊長連中は忙しいはずだが……ここで指摘する犬は一人もいない。当然ダシバも分からない。
ダシバはつぶらな瞳をキラキラさせて、レシピをマラミュートに見せた。
しかし、彼は一瞥して断った。
「……ご飯なんて食べなくても、ゲームをしてればいいじゃない」
「きゅーん」
職人犬と駄犬は同じようで、微妙に違う。
その壁に突き当たったダシバであった。
8.駄犬、優美犬に親切にされる
しゅんとレシピを銜えたまま座り込むダシバ。
そこに、フリルを巻いた優美な犬がやってきた。
ひらひら、ひらひら。
フリルはきっと女の貢物だ。
彼は視線で指し示す。
その先にある建物は「旅犬協会」。
そうか。商人犬に作ってもらえばいいのだ。
ダシバは希望を持った。
珍しく優美犬は他犬に親切をして去っていく。
ご機嫌に扉を開けたダシバが見たものは――――修羅場だった。
数人の女たちが、つかみ合いの喧嘩をしていた。
9.駄犬、ソーセージに出会う
「私がマゾ様におごるのよ!」
「いいえ、払うのは私よ!」
「店内でドッグファイトはやめてー!」
優美犬に貢いだ女たちが、誰が主に払うかで揉めている。
間に挟まれたレッド・ホット・ケルピー会長が悲鳴を上げていた。
ダシバは争いごとなど気にしない。
店の中をうろうろすると、棚の一角に目が吸い込まれれる。
ワンコソーセージ。
つやつやでお肉がごろごろして、とても美味しそう。
よだれを垂らしたダシバの口から、レシピこぼれていった。
「わん!」
ダシバは必死に棚を登る。そこにあるのはソーセージ。駄犬はとうとう商品を齧ってしまう。
美味。
ハムやレシピ云々の用件は、すべからくダシバの頭から忘れ去られた。
ちなみにレシピはケルピーの手に渡り、旅犬ブランドはさらに人気になった。
10.駄犬、嫁に怒られる
残りのソーセージを引きずりながら、ダシバは王宮に戻る。
第五部隊が怒りのままに走っているはずなのだが、幸運の犬は見事に裏口に入り込んだ。
どっさりと持ってきた、粗びき肉たっぷりのワンコソーセージ。
満足げに続きを食べようとすると――――頭にかかる大きな影。
見上げると強面の嫁がいた。
「ばう」
「「くーん」」
超巨大犬エリザベスと子供たちだった。
ぽろりと落ちるソーセージ。
ダシバはご飯のことで頭がいっぱいで、嫁と子供の存在をすっかり忘れていたのだ。
その飯、当然私たちのために持ってきたのよね?
無言のプレッシャーとエリザベスの威圧感に、何も言えないダシバ。
「ばう」
「……きゅうん」
結局。美味なご飯は、嫁に取り上げられた。
11.駄犬、札束をもらう
ダシバはトボトボ国境沿いを歩いていた。これもミラクル(以下略)。
空を多く巨大な影。竜だ。
『駄犬か』
空を飛んでいたのはリンドブルム王だった。
女王陛下の愛犬のために、わざわざ降りて人の形をとった。
知っている人=お菓子をくれる人。
犯罪者に騙されるような子供の思考を持ったダシバは、さっそく王にあの粗びきソーセージをねだる。
「ソーセージ……食料がないなら買え。陛下のおかげでうちも景気が良いからな」
王はダシバの頭に札束を載せた。
反応はない。
ダシバは食べられないものに興味はないのだ。
やがてぷん、と札束を振り落とした。
再び王が札束を載せる。
ぷん、と落とす。
いらりとした王は、黙ったままさらに多くの札束を取り出し、部下に赤い太ひもを用意させた。
腹や背中に札束を縛り付ける。
その様子に満足した王は、優雅に空へ去っていった。
12.駄犬、凶悪犬に札束の美味しい使い方を学ぶ
「駄犬に札束だぜ!」
「ひゃっはー!」
札束犬ダシバは、当然山賊に狙われた。
しかしそこに、一瞬で敵を蹴散らす黒い影。
凶悪な顔をした中型犬だった。
『修行に来てみればさっそくこれか。駄犬は常に面白いことをしてくれる。札束に困っている? ならば、正しい使い方を教えてやろう』
その場で凶悪犬はバウシシを狩った。瞬殺だった。
次に人になると、乾燥した木ぎれを集める。
最後にダシバの札束に火をつけた。
紙はよく燃える。
じゅうじゅうと、美味しい焼肉になった。
13.駄犬は新大陸に立つ
お腹も満足したのでダシバは王宮に帰ろうとして、新大陸にいた。
道迷ったのだ。これもミラクル(以下略)。
恐慌状態になったのはシバ一族だ。
たまたまその場にいた当主が、ヒステリーを起こしながら命じた。
「駄犬だ、殺せ! 一匹いたら百匹はいると思え!」
わんわんわんわん!
追い立てられているうちに、ダシバはヒグマーの領域に入り込んだ。
「きゅーん」
「クマ!」
「クマッ?」
あっさりとヒグマーに捕まるダシバ。
茶色い巨体に囲まれて、おしっこちびって動けない。
14.畜生仮面、再び登場
「ダシバ様―!」
そこに愛の力でやってきた畜生仮面。
ヒグマーに囲まれながらも、彼は奮闘し、片端から倒していく。
そんな中、ダシバは飽きた。
お腹もいっぱいだったし、やがて昼寝に入ることにした。
「そんなあなたが大好きです!」
畜生仮面の叫び声がミケベツに響く。
やがてすべてのヒグマーを倒した仮面は、血まみれになりながらも倒れてしまう。
そこに、大地が揺れた。
ラスボス・テディヒグマーが登場したのだ。
気配に気づく能力が全くないダシバは、相変わらずぐっすりだった。
14.駄犬、ヒグマーにも見捨てられる
超巨大ヒグマー・テディは戸惑った。
だらしない腹。
気の抜けた顔。
やる気のない耳。
これは犬人か?
うろうろ地面を揺らすテディに畜生仮面が息も絶え絶え忠告する。
「これは駄犬様……そこらの犬と一緒にするな……」
テディは合点がいった。
(そうか。分別が必要か)
彼はゴミ捨て場にダシバを捨てた。
燃えないゴミのマークを付けて。
16.駄犬、飼い主の元に帰る
「帰りますよ。ダシバ」
目を覚ますと、ダシバはリーゼロッテの腕の中にいた。
「重い……」
彼女は踏ん張ってダシバを抱え、戦車・リーゼロッテ号に向かう。
新大陸に、愛する犬を迎えに来たのだ。
「ダシバ。食べ過ぎはダメですよ。め!」
注意などダシバに届かない。
だから、駄犬は柔らかい飼い主の腕の中で、心地よく眠る。
最後に帰るところは、いつもここ。だけど本犬は意識しているわけではない。だから自然と帰っている。
「今に見てろよ……駄犬」
美形宰相の低い声が聞こえるが、ダシバにとっては、どうでも良かった。
駄犬は今日も、お腹いっぱいで幸せなのだ。




