第15話 アルフレイドの力
地上まで迎えに来た小型飛空艇に乗り、大空を浮遊する超大型飛空艇に向かう途中、ずっと遠くの甲板では多くの人が集まる姿が見えた。
その中でひときわ目立つ綺麗なブロンドの髪をなびかせる女性が立っている。超大型飛空艇に着艦後、イズは急いで甲板に向かうとその女性に駆け寄った。
「ルシアー! 一体どこ行ってたんだー!」
そう叫ぶと心配顔のルシアもイズの元に駆け寄って来た。
「それはこっちのセリフでしょ! なんであんたは目を離すとすぐに攫われるのよ!? 心配したじゃない!」
そう言いながらルシアは両手を広げるとイズを抱きしめてきた。ルシアの抱擁はとても柔らかくて、温かくて、いい匂いがして、心地が良い。
別に希望して攫われたわけじゃない。悪いのは攫おうとする奴らだ。でもルシアはそんなことわかっていて言っているのだろうし、毎回心配をかけているのは事実だ。
だから変に言い繕うより素直に謝ったほうがいいとイズは思った。
「心配かけてごめんな、ルシア」
素直に謝るとルシアの抱擁が弱まり、顔を覗いてきた。
「いいのよ。それより大丈夫だった? ラオフーから酷い目に遭わなかった? あいつ昔から性格悪いのよ」
「うーん。凄い目にはあったかも!」
「凄い目? 酷い目じゃなくて?」
「ああ。意外にも酷くはなかったから凄い目だ!」
「そう。それならよかったわ」
ルシアはホッと安堵の笑みを浮かべる。その顔を見てイズも安堵から笑みを向けた。
そうしてようやく様々な疑問が湧いてくる。
「あれ? ルシアってラオフーって男のこと知ってんの? てか何でアルフレイドの飛空艇に乗ってんの? アルフレイドとも知り合いなんだっけ?」
「アルフレイドは先輩、ラオフーは後輩。昔、魔術の学校で一緒だったのよ。なんでアルフレイドの飛空艇に乗ってるのかは後で話すわ」
「ふーん。そうなのか。――それよりルシア! 俺ようやく真理に辿り着いちゃったぜ! 俺が勇者になるためにはやっぱり仲間が必要らしいんだ!」
「え? そうなの? よくわからないけど――」
「――ルシア。話は船内でしろ。お前が見つかると面倒だ」
そう告げるアルフレイドはイズたちの脇を抜けて甲板の船尾まで足を運ぶ。
ルシアに手を引かれて船内に身を隠したイズはモニターから外の様子を確認する。そこには腰の刀を抜き、オーラを放出するアルフレイドの姿が映っていた。
「お前ら! いつでも逃げる準備しとけよ! ドラコミールは面倒だぞ!?」
船内スピーカーからアルフレイドの声が聴こえ、団員たちが慌ただしく動き始める。その様子が面白くて眺めていると見たことのある顔ぶれがあった。
「あっ!? ゴルゴム団の団長ゴルゴムじゃん!」
そう叫んで指を差すと大男はこちらに近づいて来た。
「ゴルフィート団の団長ゴルフィートだ! 坊主! お前は本当にクソ……活発なお子様ですね!」
手のひらを返していかついスマイルを見せるゴルフィート。隣に目を向けるとルシアがゴルフィートのことをジッと見つめていた。
察するにどうやらゴルフィートはルシアに頭が上がらないらしい。それは命の恩人だからか、それとも魔術師としてのルシアを怖れているのか、イズには判断がつかない。
いずれにしてもゴルフィートのような大男が下手な笑みでご機嫌を取ろうとするのは見ていて面白い。
「よっ! おじさん相変わらず面白いね!」
「ま、まあな……。それより坊主は相変わらず元気そうだな」
「ああ! 俺はいつも元気だぜ!」
そう言ってイズは白い歯を見せてニコッと笑ったところで船内が大きく揺れた。
急いでモニターに目を移すとアクソロティ協会のロゴマークが入った飛空艇が飛んでおり、その周辺には大小様々な異形の生物が空を浮遊している。特に目を引くのは飛空艇を遥かに上回る大きさの魚や昆虫を足し合わせた見た目の生物。あれはマレージョなのだろうか。
「なんだなんだ!? ――なあ、ルシア! あの怪物もマレージョなのか!?」
「いいえ。あれはディアタナに生息する魔獣と呼ばれる魔力を持った獣よ。そしてその魔獣を統べるのはマレージョ八貴族の一人ドラコミール。武闘派であるハルマトラン派閥の中で最大の軍事力を持つ者よ」
そうルシアから説明を受けたイズは首を傾げた。
今、モニターにはこの飛空艇を襲おうとする魔獣たちと相対するアルフレイドが映っている。それはまるでアルフレイド一人であの尋常じゃない数の魔獣と戦おうとしているみたいだ。
いくらアルフレイドが強いと言っても一人であの数の魔獣と戦うのは無謀すぎる。
「なあ! ゴルフィートおじさん! アルフレイド一人っぽいけど大丈夫なのか!? 他の団員もアルフレイドと一緒に戦わなくて平気なの!?」
するとゴルフィートは大きな体を震わせながらゲラゲラと笑う。
「大丈夫だ! むしろ俺たちが加勢すると親父の邪魔になる!」
「でもあの数大丈夫か!? それにマレージョ八貴族がいるならもっとやばいんじゃ――」
「――平気よ、イズ。あいつ強いから」
そう言ってルシアはイズの肩に手を置いてきた。その顔は安心しきった優しい表情をしている。
「いくらアルフレイドが強くてもあんなにいっぱいいるし。それにデカい奴だっているんだぞ?」
「それでも平気なの。あいつは……アルフレイドは……アレン様やハルマトランと肩を並べるほど強いから」
「アレンやハルマトランより……?」
確かにアルフレイドは強い。それは自分でも実感した。それでもこの状況を覆せるとは思えない。
そう考えながらモニターを眺めているとアルフレイドがオーラを放出した。次の瞬間、アルフレイドを中心に波動が生じてイズの体を通り抜け、腹の奥底に重く響き渡る。
一瞬意識が遠のく感覚があったため歯を食い縛って耐える。すると隣にいたゴルフィートの巨体が倒れた。
「おい! 大丈夫か!?」
そう問いかけてゴルフィートの巨体を揺する。
「大丈夫。アルフレイドの闘気に当てられて気を失っただけだから。すぐに目を覚ますわ。――それよりモニターを見てみなさい」
ルシアに言われてモニターに目を向ける。そこには腰の刀を抜き、紅蓮のオーラを激しく放出するアルフレイドがいた。
以前ルシアから紅蓮のオーラは終焉魔術の魔色反応だと教えてもらった。だけど終焉魔術を行使しているようには見えない。魔術のことはまったく詳しくないのでイズには判別できないが、それでもアルフレイドは終焉魔術以外の魔術を行使しているように見える。
そんなことを考えているとアルフレイドのオーラが急に鋭くなった。周囲の空間が歪み、大気を斬り裂く低い音が鳴り響き、遠くからでも近寄りがたい波動がイズの肉体を揺らす。
アルフレイドが構える刀身には身震いするほど恐ろしい魔力が込められている。その刃を振ろうとする相手は遥か後方から追いかけてくる魔獣たち。
届くはずがない。殲滅できるはずがない。そう考えるのに何故かアルフレイドの勝利する姿がはっきりと目に浮かぶ。
「イズ。アクソロティ協会における最上位階級『聖天大魔導士』はね。最後に神懸かりとも呼ばれる己を神格化させる究極魔術『女神の領域』の習得を目指すの。この魔術は神の足元に到達した証であり、世界でも数名しか扱えない人を超越した力。だから神化した者を倒せるのは神化した者だけ」
でもね、と言ってルシアの顔がイズに向いた。
「魔術をほとんど使えないアルフレイドは聖天大魔導士を倒す力を持ってる。その力はきっと……」
そうルシアが告げた直後、アルフレイドは刀を振った。
強大な魔力の塊は紅蓮を帯びた真空の刃となって刀から放たれ、空を跋扈する魔獣たちに迫る。迫るにつれて紅蓮の刃は侵食するように膨れ上がっていき世界を覆う。
心もとない刀から放たれた斬撃はいつしか無数の魔獣たちを飲み込み、飛空艇以上の大きさを誇る魔獣を一撃で両断すると、勢いをそのままにアクソロティ協会の飛空艇へと侵攻する。
こうして間もなく飛空艇に直撃すると思われたとき、甲板に立っていた白金の外殻を持つマレージョが振るう大剣から放たれた漆黒の魔力と紅蓮の魔力が衝突して空が赤と黒に染まった。
「今だ! お前ら! この隙に転移しろ!」
アルフレイドが指示を出す。すると待っていたと言わんばかりに船内から警報音が鳴り響いて騒がしくなり、その数秒の後、イズの視界は眩い光に包まれた。




