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第18話 総帝の産声

 黒紫色に染まろうとしている世界に住む生命全てを灰色に塗り潰す。そして肉体を分解、移動、再構築させるイメージを持つ。


 世界の侵食が終わると悪しき生命が次々と芽吹き始める。その悪しき生命だけを確実に補足し、腰の刀を抜いて斬りつけるイメージを持つ。


 最後に眼前の男が肉体から燃焼させている極大なエネルギーだけを斬るイメージを持った後、シンクは親指で押し込んでいた鍔を戻す。するとカチンと金属がぶつかる甲高い音とともに世界に色彩が広がった。


「き、貴様。なんだその力は……。その力はまるであいつらの力をかけ合わせたような……」


 ガルマードはわずかに退いた。その姿を横目にシンクは後ろを振り向く。創造の天使は消えてしまったがエリウェルやマレージョ化した人間は無事だ。そのことに安堵しつつ、シンクは再びガルマードに相対した。


 正直言って気を抜いていたさっきのガルマードなら余裕で仕留められた。後方で控えている教員たちもまとめて真っ二つに斬ることもできた。そうしなかったのは命を絶つことを恐れたからでも、情けをかけたわけでもない。まだこいつらには生きてチャイルドヘイブンに戻ってもらう必要があるからだ。


 ガルマードたちの乗る方舟に密航し、チャイルドヘイブンへの行き方を確認し、セカンドチルドレンの居場所も特定できれば後はミーシャたち内通者と一緒に逃げ出せばいい。どうせ遅かれ早かれ内通者の存在は露見するのだから役目さえ果たせば連れ帰っても問題ない。


 当初の作戦が難航した以上、シンクの独断でそういう作戦を考えたのだが――小細工を弄するのはもうやめだ。周囲と調和を取りながら冷静に判断し、なるべく事を荒立てず隠密に任務を遂行する。それがカッコイイやり方だと考えていたのだが、そのほうが凄くダサいと気づいた。


 イズは今一人でマレージョの八貴族ヴォイニッチと戦っていて、エリウェルは目の前の救える命のため、勇敢に恐怖と立ち向かった。ミーシャは発覚したら拷問の末、殺されることを知りながらも危険な任務に取り組んでいる。ガラハッドやイザークも二度と戻りたくないであろうチャイルドヘイブンに潜入しようとしてまで世界を変えようと戦っている。


 リコだってそうだ。今の現状が不満で何とかして変えたいともがき苦しんでいる。


 イズやルシアと離れ離れになって一人で寂しい気持ちを抱えながら、早く二人と気楽な旅をしたいと思っていた自分が情けない。みんな自分の許せないものと戦っているんだ。覚悟を決めたと自分に言い聞かせてカッコつけて、大人ぶったふりをして、戦ったふりをしていたダサい人間は自分だけだ。


 情けない。本当に情けない。自分を甘やかしていた自分が本当に情けない。


 だから決めた。本当に。本当に決めた。この戦いからは絶対に逃げないと決めた。そのための決意の証をみんなの前で見せた。レテルには悪いが自分だけ戦わずカッコ悪い無様な姿をさらすのはもう二度と御免だ。


 シンクは覚悟とともに言葉を口にする。


「ガルマード。あんたはこの引率の責任者だろう。だからチャイルドヘイブンに戻って状況を報告すればいい。その間、ここにいる魔術師たちは俺が借り受ける。俺の指揮下に入ってもらい、この街にいる人々を助けてもらう。もし拒否するってんなら俺はお前を本気で潰すぞ」


 先ほどまで動揺していたガルマードは拳を握り、オーラを激しく放出させ、表情に殺意をにじませる。そんなガルマードと相対して恐怖はある。けれどもう逃げないと決めた。何があっても正面から立ち向かう。


「ガキが舐めた口を。そんなに自殺願望があるなら俺がじっくり可愛がってから殺してやる。チャイルドヘイブンに戻るのはその後だ」


「お前じゃ俺は殺せねーよ、ガルマード。俺とお前じゃ生まれ持った才能が違う」


「なんだと? ガキの分際で才能などと……」


 そう言ってガルマードは固まった。ようやく感づいたのだろう。シンクの正体を。


 シンクは余裕の笑みを見せてやるとガルマードも笑みを浮かべた。今まで見たことのない満面の笑みを。勝ち誇ったような笑みを。


 そしてガルマードは高らかに笑い声を上げた。笑って笑って笑い抜いて。同僚や生徒たちが困惑して見つめることしかできないほどに笑い続けた後、ガルマードは背を向けた。


「貴様らはここで生徒たちと待て。俺とアリティエはチャイルドヘイブンに戻って状況の報告と外界実習の中止を上申する。その間、シンクとかいうガキに協力してやれ。人助けも大事だからな。――いくぞ! アリティエ!」


「わかりました」


 意気揚々と歩き始めるガルマード。一方、アリティエはこちらに近づくと耳打ちしてきた。


「荒れるわよ? これから。がんばりなさい。みんなと一緒に」


 そう言って妖艶な笑みを浮かべるアリティエはガルマードの背中を追っていく。その二人の背中を見送っていると袖を掴まれ、振り返るとエリウェルが優しい顔をしていた。


「シンク。すごくカッコよかったよ。すごく勇敢だった」


 シンクは思わず吹き出した。


「エリウェルほどじゃねーよ」


 そう言ってからシンクは振り返って生徒や教員に目を向けた。みんなこちらを凝視したまま口を閉ざしている。今のガルマードとのやり取りで驚いた者もいるだろうし、さっき行使した魔術に心当たりがあって驚いている者もいるのだろう。


 みんなの意識がシンクへと向いている。その胸にどんな感情を秘めているのかシンクには知る由もないが、注目されている今が絶好のチャンスだ。


 チャイルドヘイブンにいる全ての子供たちを奪還する目的である以上、ここにいる二百名だけを奪うわけにはいかない。けれどこの二百名の心を奪うことはできる。来るべきときに備えて。ここにいる二百名残らずロイケット社交界のメンバーとして迎え入れるための事前準備だ。


 シンクは心に燃え滾る熱を体に伝え、言葉にするため眼前にいる全てに声を上げる。


「まず初めにみんなに言っておかなければならないことがある。チャイルドヘイブンの先生方の中には既に気づいている人もいるかもしれないが……俺は聖天大魔導士レテル・ミラージェの実の息子。名前はシンクだ」


 生徒たちがざわつき始める。聖天大魔導士の名前は魔術師である者なら誰もが知っている。けれどレテルに息子がいることは知らないだろう。レテルの息子なら普通はセカンドチルドレンとしてチャイルドヘイブンに送られ、ここにいるみんなと学友になっているはずなのだから。


 それなのに誰もシンクを知らないということは何らかの事情で外界に居たのだと考えるだろう。そしてチャイルドヘイブンの子供ならば我が子を外界に逃がして処刑された親の存在を知っているはずだ。


 よって生徒たちは結論を出すだろう。レテルはアクソロティ協会を欺いて息子を外界に逃がしたと。そしてそれはアクソロティ協会では大罪であるということを。


 それを知ればきっとみんなはシンクに協力したいとは思わない。シンクに協力するということはアクソロティ協会に反旗を翻すということだ。だからこそ真っ先に伝えなければならないと思った。いずれ仲間にするのであれば早く打ち明けておいたほうがいい。仲間になった後で打ち明けると不信感を持つ者が少なからず現れる。


 誠実に、正確に、けれど大胆に、大きく夢を語らなければならない。そうしなければきっとみんなは着いて来ない。シンクたちが向かう先は茨の道だ。命懸けの道だ。でもそれはアクソロティ協会にいても変わらない。シンクたちが進むべき道には希望がある、夢がある。


 シンクはそのことをみんなに伝えられるよう、自分自身と向き合いながらしっかりと考え、心の中の熱い気持ちをゆっくりと言葉にする。


「みんなは……夢はあるか?」


 ざわついてたみんなの声が止み、再びシンクに視線が集まる。


「みんなが責任を負わないよう明言は避けるが、俺は今、仲間たちと一緒に世界を変える旅をしている。暴力の恐怖に支配され、自分のやりたいことも出来ず、ただひたすらに言われたことを必死にこなす。そんな毎日を過ごす人たちが大勢いる。俺はそんな虐げられる人たちが自由に楽しく暮らせる世界を作りたい。それが俺の夢だ」


 シンクの夢は勇者になること。親友と一緒に叶えようと誓った夢だ。では勇者とは何をすれば、何を持って勇者となれるのだろうか。困っている人を助ければ、悪い奴らを懲らしめれば、恐怖に立ち向かう勇気があれば、みんなに認めてもらえれば、勇者になれるのだろうか。


 勇者は目指してなるものではないし、名乗りを上げればなれるものでもない。物語以外で勇者と呼ばれる者を見たことがないのだからよくわからないのも当たり前だ。


 ただ、漠然として輪郭も掴めないような勇者という存在が世界に誕生するとすれば、それはきっとイズなんだろうとシンクは思う。


 単に強いとか弱いとかの問題じゃない。どんな恐怖も困難もイズと居れば乗り越えられるような気がする。イズと居れば辛いことや悲しいことも楽しみながら笑い飛ばせる気がする。


 誰にも負けない強い存在になろうと、どんな困難にも屈しない勇敢な存在になろうと、それは勇者になる一つの要因であって全てではない。きっと勇者とは一緒にいるだけで自然と笑顔で溢れ、楽しい気持ちになって嫌なことを忘れて、大変なことが起きても何とかなるかも、と思わせるような人物なのだろう。


 それならきっと自分には無理だ。自分はイズのようにはなれない。勇者になるという夢を追いかけることはできない。


 けれど勇者をサポートして肩を並べることはできる。勇者が安心して戦えるような環境を構築し、人々が安全に暮らせるような環境を構築し、巨悪が現れても世界に蔓延らせない環境を構築することはシンクにもできる。むしろ環境を構築して人を管理するほうが自分には向いている気がする。


 エリウェルが以前言っていた。世界を統べる勇者とは総帝というのではないかと。


 だからシンクは総帝を目指すと決めた。アクソロティ協会とは違う本当の自由と正義と平和のためにこの世界を統べる。それならシンクにも出来そうな気がする。


 本当になりたい勇者とはだいぶランクは下がってしまうが、シンクが考えていることも広い意味では勇者を目指しているようなものだ。これならイズと一緒に夢を追っても嘘じゃない。これからも一緒に居ていい理由になる。

 

 だからこれから――。


「――俺は将来、世界を統べる王様、総帝になりたい。みんなが笑って暮らせる世界を作るために。その第一歩としてこの街を襲うマレージョたちから人々を救いたい。けど、俺だけじゃ救える命に限度がある。だからみんなにお願いだ。俺と一緒に街の人々を救って欲しい。今だけでもいいから俺と一緒に夢を歩いて欲しい。――だから頼むみんな! 俺に力を貸してくれ!」


 そう言ってシンクは頭を下げた。どこまで気持ちが伝わるかはわからないが、言いたいことは言ったし、秘密を打ち明けた以上、もう後戻りはできない。


 何の反応もないため不安になりながら頭を上げる。そこには生徒たちの前に一列に並ぶガラハッド、イザーク、エリウェル、ミーシャの姿があった。


 四人は胸に手を掲げ、片膝をついて首を垂れると息を合わせた。


「― 総帝の御命令のままに ―」


 訪れた僅かな静寂。その静寂を強く噛み締めるように拳を握るシンクの瞳には全ての生徒と教員たちが胸に手を掲げ、片膝をついて首を垂れていた。


「「― 総帝の御命令のままに ―」」


 その言葉を聞き、シンクはのしかかる重責を跳ね除けるように笑みを浮かべた。


「ありがとう、みんな。よろしく頼む」

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