表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/84

第17話 翻弄される男

 大きな爆発音が聴こえて目を向けると少し離れた場所で炎が激しく燃え盛りながら黒煙が立ち昇っていた。さきほどガルマードたちが向かった方角だ。チャイルドヘイブンに帰還するための何かに問題が生じたのだろうか。


「なんだ? 何かあったのか?」


 イザークがそう呟くのを聞きながらアリティエとリコの様子を盗み見る。二人とも表情を曇らせていた。シンクと考えていることは大体一緒なのだろう。


 そう思いながら再び燃え盛る炎の先に目を向ける。すると生徒たちを引き連れたガルマードたち教員が逃げるようにこちらに向かって来るのが見えた。


 アリティエはすぐにシンクたちの前に出るとガルマードたちを出迎える。


「おい! アリティエ! 何故貴様がセカンドチルドレンと一緒なんだ! そいつらはレテルの弟子だろう! それにその銀髪のガキはなんだ!?」


 開口一番疑問を呈するガルマード。何か問題が生じたから来た道を急いで引き返してきたはずなのにしっかりとシンクたちを疑ってくる。ガルマードらしいと言えばらしい。


「こちらはルシアの連れ歩いている子供です。どうやらルシアとレテルはこの街にいるようなのですが、マレージョの襲撃で二人とはぐれてしまったらしく、私が子供たちを保護しました。――それよりそちらはどうしたんですか? 何か問題があったんですか?」


 アリティエはもっともらしい理由で強引に返答し、続けてガルマードに質問を投げて会話の主導権を取った。口は回るし嘘をつく度胸もある。そして優しさなのかシンクたちをかばってくれた。


 やはり敵に回したくない女だ。そう思いながらアリティエを見つめる。


「チャイルドヘイブン行きの方舟が破壊された」


「破壊された? ガルマード卿がいながら何をやってるんですか。これは始末書じゃ済みませんよ?」


「起動と同時に爆発したのだ。あれではどうすることもできない」


「一体誰がそんなことを。――でも予備の方舟が一隻あるでしょう? そちらはどうなったんです?」


「もう一隻は奪取された。だから取り返すために戻ってきたのだ」


「奪取? なぜ取り返すのに逃げて来たのです?」


「ふん。あれを見ろ」


 ガルマードが目線を向けた先を辿る。教育実習助手の二人がこちらに向かって歩いてくる。人と呼んでいいのか疑わしい姿で。


 下半身はかろうじて人間と呼べるが、頭部は半分ほど大きな花が咲き誇っている。胴体は土色の根が張っており、よく観察すると骨格が木の根のようなものと入れ替わっているようだ。


 体はところどころ藻が生えており、剥がれかけの皮膚の下には黒光する外骨格を備えている。あれはもう人間の表皮を被った別の生き物だ。


「何かに寄生され、人間とは呼べないほど侵蝕されている。あれではもう助からないと思いますが……まさかガルマード卿がこんなにも同僚想いだったとは知りませんでした」


「嫌味か貴様。俺がそんなお優しい性格だと思うか?」


「全く思いません。場を和ませようとした冗談じゃないですか。笑ってください」


「笑えん。この馬鹿者が」


 ガルマードは自分でも優しくない性格だと認識しているらしい。そしてそんなガルマードに対して笑顔で嫌味を言うアリティエ。上下関係はあるのだろうがアリティエは上手にガルマードを手玉に取っているようだ。


 そんなガルマードは近づいてくる二体の化け物に手を掲げる。すると化け物たちに無数の蜘蛛が群がり始めた。


 ガルマードの魔術だろうか。そう思って観察していると突然小さな破裂音と共に次々と蜘蛛が弾けていく。続けてガルマードは掲げた手を握ると前方の空間が圧縮されていく。しかし途中で圧縮は止まり、最後に握った拳を持ち上げ勢いよく振り下ろすと局地的に重力が強まり、化け物たちの肉体を圧し潰す。


 体はひしゃげており、普通はこれで生きることは不可能だ。けれど化け物たちは瞬時に肉体を再生させ、元に戻ってしまった。


 鼻を鳴らすガルマードはアリティエに目を向ける。


「魔力量の少ない術は放散し、半端な物理攻撃は無効。威力の高い物理攻撃でも肉体を瞬時に再生する。つまり魔力量の高い術で攻撃せんと奴らを殺せん」


「ですが強力な魔術をぶつけると方舟も破壊してしまう。だから距離を取ったと」


「そういうことだ。このタイプが方舟をわんさか取り囲んでいる。まあ、寄生した宿主の魔力量によって能力が異なるようだから今のところ手こずる相手は前方の二体だけだろう」


 そう口にするガルマードは再び化け物たちに手を掲げる。ずっと前方の空に黒紫色の球体が発生したな、と思って見ていたら急激に膨張を始めた。球体は木々も土も何もかも飲み込んで侵食を続け、シンクたちの目の前まで膨れ上がったところで動きを止めた。


 それから球体は一気に収縮していき、小さな点となり消失する。前方にあった障害物は一切無くなり、山を抉って広大な窪地が出来上がった先に小型船がある。あの形状は一度見たことがある。飛空艇と呼ばれるものだ。以前見たものより小さいので小型飛空艇と言ったところか。


 ガルマードはあの小型飛空艇を巻き込まないように魔術を行使した。そこから察するに、あれがチャイルドヘイブンを行き来するための方舟なのだろう。けれど方舟の周囲にはまだ三体のマレージョが船体に張り付いている。さっきのような円球状の攻撃だと当てずらい。


 するとアリティエは右手で銃のような形を作って一体のマレージョに指先を向ける。そして狙いを定めると本当に撃ったようで、方舟に張り付く一体のマレージョが破裂した。


 アリティエは続けて残り二体のマレージョを破裂させると右手を元に戻し、ガルマードに目を向ける。


「あの怪物は寄生された人間ではなく合成獣でした。街中を襲っているのも寄生された人間ではなく、どちらかと言えばマレージョに変態した人間のように思います。――多種多様な生物の創造。こんなことができるのは奴しかいません」


「ああ。十中八九ヴォイニッチだろうな。だが確か奴はオルティアナ派閥だったはず。武闘派の部下が多いハルマトラン派閥と違い、オルティアナ派閥は知略策略派の部下が多い。だから単独でこれほど大規模な侵攻をするとは思えぬが……仲間を大勢連れて来ているのか、それとも余程勝算があるのか」


 そう話すガルマードとアリティエの顔が急に上空を向いた。シンクも同じ方角に顔を向けると光の檻に閉じ込めた複数のマレージョを吊り下げる白い翼の生えた三体がこちらに向かって飛んできていた。


 最初は新手のマレージョかと思ったが近づいて来るうち、あの人物が何者なのか判明した。光の檻を地面に置いた三体のうち、一人の女の子が翼を折りたたんで地上に足をつける。そして光の檻を消したところでガルマードが拳を握り、それを振り下ろした。


 拳は黒紫色のエネルギー帯となって女の子に襲い掛かる。その初動は見えたのですぐに助けに行けたはずなのにシンクは躊躇してしまった。ガルマードに自分の正体や実力を明かさないほうがいい、と脳裏によぎってしまったからだ。


 その一瞬の迷いが助けに入るタイミングを逃した。目の前で黒紫色のエネルギー帯が障害物とぶつかり合い、爆発して土煙が立ち昇る。奥歯を噛み締めながらその土煙が晴れるのを待つ。


 そして鮮明になった先には二体の天使が女の子を守る姿があった。一体はわからないがもう一体は見たことがある。創造の天使ガブリエルだ。


「エリウェル! 大丈夫か!?」


 シンクはエリウェルに声を掛けながら近くまで走り寄る。一方のガルマードは殺意に溢れたオーラを体中から放出している。


「エリウェル・ブラックベル。貴様を戦争犯罪人として今ここで処分する。マレージョと行動を共にした時点で人類の敵。これは単にアクソロティ協会の規則だけではない。メルトリア人の総意だ」


 マレージョに対するメルトリア人の憎しみや恐怖は根深い。だからガルマードの言っていることは正しい。けれど何の事情も聞かないで一方的に戦争犯罪人として判断し、断罪するのは間違っている。


 それに相手はエリウェルだ。エリウェルは人の痛みや悲しみに寄り添える優しい女の子。そんな子が戦争犯罪人と呼ばれるような悪事の片棒を担ぐとは考えにくい。少なくとも何か深い理由があるはずだ。


「待ってください! ガルマード先生! 私の話を聞いてください!」


 エリウェルは叫ぶ。けれどガルマードは有無を言わさず拳を振り下ろそうとしたため、シンクは急いでその間に割って入る。


「待ってくれ! まずはエリウェルの話を聞いてくれ!」


「黙れガキ! 貴様の話など――」


「――ヴォイニッチが住民たちに悪魔のアクソロティを投与しています!」


 悪魔のアクソロティ。そんなもの聞いたことないが――不穏な名前だ。そう思ったのはガルマードも同じようで握った拳を解いた。どうやら興味があるようだ。


「なんだ。その悪魔のアクソロティというのは」

 

「ヴォイニッチが開発した人間をマレージョ化させるアクソロティです。十秒ちょっとで肉体をマレージョに変化させ、体が順応すると教わらなくても魔術を行使できるようになります。しかも人間の自我を無くさず、空から落ちて肉体が欠損しても瞬時に再生できる能力も有しています」


「そんなこと何故貴様が知っている! まさかヴォイニッチと内通しているのではあるまいな!?」


「違います! 私も、後ろの人たちもヴォイニッチに攫われて悪魔のアクソロティを投与されたんです! そこでマレージョ化した人たちの能力を知りました! ヴォイニッチが言ってたんです! 悪魔のアクソロティはまだ試作品だからティンバードールを実証実験場にするって!」


「ということは貴様もその悪魔のアクソロティを投与されたのだろう。それで何故貴様はマレージョ化しないのだ」


「一定のレベルに到達した魔術師は悪魔のアクソロティが作用しないらしいです。でも一般人は間違いなくマレージョ化する代物です。けど……今なら私の能力でマレージョ化した人間を元に戻せます! 悪魔のアクソロティが肉体と完全に順応したらもう元に戻せません! ――だから助けてください! 空にも地上にもヴォイニッチが放った合成獣がたくさんいて悪魔のアクソロティの解除ができないんです! 解除するまでの間、私を守ってください! それと……ずっと遠くの空に母艦があって。そこで私の大切な男の子が……イズがヴォイニッチと一人で戦ってるんです! そちらにも応戦に行って欲しいんです!」


 瞳を潤ませながら必死に懇願するエリウェル。その表情は前に見たものと全然違う。甘さが消え、覚悟を決めたような強くたくましい顔をしている。


 エリウェルはきっと成長したのだ。単に肉体のことじゃない。覚悟を持って戦うと決めた強い心が備わり、精神的にとても立派になった。それなのに俺は――とシンクは拳を握る。


「なるほど。事情はわかった。確かに今の説明に辻褄の合う状況に直面した。貴様の性格上、嘘や誤魔化すようなことはせんだろうしな。つまり今の話は真実。――だが助ける気など毛頭ない」


「な、なんでですか!?」


「俺はあのイズというガキが嫌いだ。生意気な外界のガキなどさっさと死んでしまえばいい。それに街の住民など俺たちが守る義務もない。――エリウェル。貴様はチャイルドヘイブンから卒業した外界の住人だろう。それなのに自分が困れば厚かましく助けを乞う恥知らずの馬鹿ガキだ。我らではなく行方知れずのルシアかレテルに助けてもらえ」


 そう吐き捨てるガルマード。今の状況はわからないがガルマードたちに助けを求めたということは本当にルシアと離れ離れになってしまったようだ。それにイズは今ヴォイニッチと戦っているらしい。


 初めからガルマードに期待はしていない。こうなったらガラハッド、イザークの三人でエリウェルとイズを助けるしかないだろう。かなり難しいがやるしかない。そのことを三人に提案しようとしたとき、エリウェルの目力が強まった。


「お二人の行方がわかったらそうしてます。でも街がこんな惨状なのに姿を現さないのはきっと何かあったからです。――お願いです、ガルマード先生。私は亡き母の遺志を継いでお医者さんになるのが夢なんです。みんなを癒し、命を繋ぐお仕事がしたいんです。そして今……目の前に救える人たちがいる。それは多分この場では私しかできないことで……でも周りの人たちに協力してもらわないと成し遂げられないことです。だから協力してください! 暴力に使われることの多い魔術を、私は人を救うために使いたいんです!」


「貴様の想いなど知るか! 馬鹿者が! 貴様たち女は優秀な魔術師の子を産むだけで十分な要職に就け、職にある程度選択の自由がある! だが男は有無を言わさず戦場の最前線に送られ、生き延びてようやく落ち着いた職に就いたときには魔術師としての成長の機会を失っている! 魔術師の質の高さが出世に直結するアクソロティ協会においてそれは致命的だ! それなのに貴様の夢のために協力しろだろ? 我々は貴様たちの踏み台ではない!」

 

 はっきりとは口にしない。けれどガルマードはアクソロティ協会の体制に不満があるようだ。それを受け入れて生きている。それ自体は立派だ。でもそのことをエリウェルにぶつけても仕方ないし、助けられる人々を助けない理由にはならない。


 そんなガルマードに対し、エリウェルは悲しそうな顔を向ける。


「アクソロティ協会に、魔術という力に翻弄され、隣人を愛する機会を失った憐れな人。あのときルシア様に対し、執拗に迫ってきたのは愛して欲しかったからなのね。さっきの話が本当なら、ルシア様との間に子供が授かったってあなたは出世しないもの。それなのに関係を迫ったということは寂しかったのよね? 隣人への愛の伝え方がわからなかっただけなのよね?」


 エリウェルの言葉遣いはまるで幼子に接するときのように優しく穏やかだ。そんな対応を受けたガルマードの反応はわかりきっている。


「愛は高尚だと驕る信教者め。貴様が俺をどう思おうと一向に構わんが……もう取り返しはつかんぞ? エリウェル・ブラックベル。もう殺すことが確定した」


 ガルマードは黒紫色のオーラを激しく放出する。一方のエリウェルは至って冷静で、焦る様子はない。


「レストランでイズが言ってたこと。あのときはわからなかったけど……今の反応ではっきりと理解しました。ルシア様のご息女がセカンドチルドレンの最高傑作様と呼ばれて特別扱いされているのは知っています。チャイルドヘイブンの現生徒なら誰でも。それなのにイズにご息女が特別扱いされていることを周囲に知られたらまずいのではと指摘され、動揺したのは別の機密事項があるからですよね? その機密事項を守り、ルシア様のご息女を特別扱いしない者は排除する。そうすることで得られる恩恵があるんですよね? 恩恵とは出世。――では、その機密事項とはなんでしょうか。当ててみせましょうか? 当てられたくなかったら私に協力を――」


「――もういい。エリウェル・ブラックベル。貴様はもう死ね」


 ガルマードはそう告げるとエリウェルの頭上から黒紫色のエネルギー帯が降り注いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ