第16話 弟子と打ち明け
遠くで爆音が鳴り、近くで大人たちの声が聴こえる。
「一度チャイルドヘイブンに戻ったほうがいいのでは? 子供たちに何かあっては後々問題になる」
「しかし所定の場所以外で帰還するのはまずい。追跡される可能性がある」
薄目で周囲を確認するシンクの瞳に教員たちが話し合いする姿、生徒たちが隊列を組む姿、街から立ち昇る黒煙が見えた。
大屋敷が爆発してすぐ教員の誰かが瞬間移動を使ったようでシンクたちは郊外からさらに離れた小高い山の上に避難している。
他の生徒たち同様、シンク、ガラハッド、イザークは爆発の影響を受けず逃げられたのだが、転移した影響なのかミーシャに施してもらった変装が崩れ、顔が変形してしまった。だから仕方なく死体のフリをしている。
「では私はしんがりを務めます。みなさんは先に行ってください」
アリティエの声だ。しんがりと言うことは後退する際、後を追われる可能性があるということ。はっきりとした状況はわかっていないがおそらく追ってくるのはマレージョだろう。
「ほう? 殊勝な心がけだな、アリティエ。マレージョを大量虐殺し、東方の三賢者などと呼ばれた過去の栄光が懐かしくなったか?」
この嫌味な言い方はガルマードだ。直接喋ったことはないが生徒だけではなく同僚の教員からも嫌われていると耳にした。
「あれは三人の戦績ではありません。多くの仲間たちの屍の上に成り立ったみんなの戦果です。――それよりガルマード卿。このマレージョの襲撃。場所もタイミングも完璧なのに我々に対する追撃がほぼ皆無です。多分、別の目的があると思います」
「そんなことはわかっている。しかし奴らの目的の一つは間違いなくセカンドチルドレンの抹殺だ。我々がチャイルドヘイブンに戻る機会に乗じて居場所を特定する腹づもりか、はたまた別の目的か。いずれにせよこいつらをチャイルドヘイブンに連れ帰らねばならん。そもそも今チャイルドヘイブンは手薄だ。心配はないだろうがこんな事態だ。早く戻るに越したことはない」
そう話した後、ガルマードたち教員は生徒を引き連れてどこかに行ってしまった。本来ならリコから情報収集するところだが、もうそんな状況ではなくなってしまった。こうなっては一度レテルの元に戻りたいところだが、アリティエがいるためこの場から立ち去れない。
仕方がないのでこのまま死んだふりを続けるつもりだったが、腰を落としたアリティエが妖艶な笑みを覗かせてくる。
「もういいよ。シンクくん? それにセカンドチルドレンの二人」
やはりバレていた。しかしいつバレたのだろう。他の教員にはまったく正体はバレていなかったのに。やはり侮れない女だ。そう思いながらシンクは身体中を覆っていた生徒の外殻を剥がして抜け出した。
「ガラハッド、イザーク。もういい。本当にバレてるから。それにアリティエは敵だけど敵じゃない」
そう話しかけると二人は渋々と言った様子で生徒の外殻から抜け出してきた。抜け出した早々イザークは舌打ちする。
「何故俺たちの変装がバレたんだ。――ガラハッド。貴様が上手く生徒になりきれなかったからじゃないのか?」
ガラハッドはやれやれと言った様子で笑みを浮かべる。
「屋敷で大暴れしたイザークのせいだろ? 僕のせいにしないでくれないか?」
「なんだと貴様! この俺に向かってその口の利き方――」
「――そうだね。口の利き方が悪いよね? イザークくん?」
そう言ってアリティエはイザークに顔を近づける。いつもなら反論の一つも言うところだがイザークは顔をしかめて身を退いた。
「アリティエ様に……言ったわけではありません」
「そう。でも仲の良いお友達でも口の利き方は気をつけようね? ――それとあんまり大声出したら先に行った先生たちに聴こえちゃうかもしれないし」
「そうですね。すみません……」
さすがのイザークも聖天大魔導士アリティエ・ノヴァには口ごたえできないようだ。やはりチャイルドヘイブン出身者はしっかりと上下関係を躾けられている。こういったことはシンク自身あまり好きではないのだが、言うことの聞かないイザークに手を焼いていた立場としては今の光景は胸がスカッとした。
「シンク。この状況……どうする?」
近づいて耳打ちしてくるガラハッド。確かにアリティエに見つかってしまった以上、追及されるのは間違いない。けれど素直にチャイルドヘイブンの場所を探して聞き込みしようとしていたとは話せない。
「ねえ、シンクくん。それにガラハッドくん、イザークくん。何もわからないまま見て見ぬふりしてあげたんだからさ。生徒に変装していた事情、私に話してくれるよね?」
早速アリティエからの問いかけ。このまま逃げても確実に掴まるし、適当な嘘をでっち上げてもアリティエは絶対にそれを見抜く。頭のいい女であることは一度身をもって経験している。
とりあえず何か会話をするしかないだろう。個性的な性格だがガラハッドとイザークは賢い。普通なら下手なことは言わないだろうがチャイルドヘイブンでの辛い経験がある。脅迫じみた詰められ方をされたら口を割るかもしれない。シンクが会話の主体となるしかない。
「アリティエは知ってるかもしれないけど……ガラハッドとイザークは最近レテルの弟子として受け入れが許可された。許可が通ればセカンドチルドレンは外界に連れ出せるらしいな」
「うん。勿論知ってる。一年くらい前にできた師弟制度でね。シンクくんはセカンドチルドレン限定みたいに言ったけど優秀な子供なら身分関係なく師弟関係を結べるよ。この制度は特級大魔導士以上しか弟子を持てず、弟子の人数は最大三名まで。弟子を持てる条件の一つとしてはチャイルドヘイブンより効率的に優秀な魔術師を育成できる場合。定期的に監査も入るから気軽に弟子は受け入れられないんだよね。育成水準がチャイルドヘイブンにいるより低ければその魔導士の評価も下がるから。最悪制裁されちゃうし」
「へえ。そうなんだ。制度は詳しく知らなかったから勉強になったぜ。教えてくれてありがとな、アリティエ」
「いえいえ。どういたしまして。――それじゃあ今度はシンクくんの番だね。私の質問に答えてくれるよね? 答えてくれないなら力づくで聞くしかなくなる。セカンドチルドレンの二人に。優しいシンクくんはお友達にそんな辛いことさせないよね?」
わかっていたことだがやはり痛いところを突いてきた。話を逸らそうとしても無駄か。何かアリティエの興味のある話題を振るか交渉出来るネタでもあれば良いのだが、残念ながらシンクの手持ちにそんなものはない。
腹を決めて打ち明けるしかないのだろうか。打ち明けるにしても事実をありのままには話せない。真実と嘘をうまく織り交ぜて隠せる情報はとにかく隠す。もうそれしかアリティエを納得させてこの場を切り抜ける方法は思いつかない。
そう考えていると茂みから誰かの気配がした。シンクはその気配の先を睨む。するとアリティエに肩を掴まれた。心配ない、とでも言うように。
「隠れなくていいから姿を見せなさい」
アリティエがそう伝えると茂みの中から黒髪の女の子が姿を見せた。
「委員長のリコ……か」
シンクは独り言ちる。隊列を離れたリコが何故戻って来たのだろうか。もしかしたら話し声が聴こえて確認に来たのだろうか。それなら非常にまずい。死んだと思われていた生徒の抜け殻が捨てられ、その上にシンクたちの姿がある。
急いで教員たちに報告するだろうか。そうなったら今は穏やかなアリティエでも保身のためシンクたちに冷酷な態度を取るだろう。拷問されて、口を割られ、用済みになったら殺されて終わりだ。
さてどう対応するべきか。そう考えたシンクの苦悩とは裏腹にリコの目線は一貫してアリティエに向けられている。シンクたちに全く興味を示さない。
「学友に変装している三人も、内通者として一番怪しい教育実習助手のミーシャ様も、私が見つけて私がアリティエ様に密告しました。セカンドチルドレンほどじゃないけど魔術の成績もいいし委員長だって任せられています。私、結構優秀だと思います。アリティエ様の優秀な部下として将来お側にお仕え出来ると思います。――だから私をアリティエ様の弟子にしてください!」
リコがシンクたちに興味を示さないのはアリティエにしか興味がなかったからか。いや、興味はあったのだろう。学友に変装していた三人を見つけた優秀な自分を売り込む踏み台として。
「き、貴様か!? リコ! 俺たちを売ったのは!」
怒鳴り声とともに殴りかかりそうなイザークをガラハッドと一緒に止める。
「落ち着けイザーク! まずはリコたちの話を――」
「――これが落ち着いていられるか!? こいつのせいで俺たちの作戦……」
そう言いかけたところでイザークは口を閉ざした。子供たち三人だけでチャイルドヘイブンの生徒に変装し、潜入していたなんてこと普通は考えられない。間違いなく背後に大人たちがいると考える。なので今さら多少口を滑らせたくらいでは問題にならない。それにアリティエは鬼気迫るリコへの対応に追われてそれどころではなさそうだ。
「リコちゃん。何度も言うけど私は弟子をとる気はないの」
「何故ですか!? 私がメルトリア人じゃないからですか!? 私が超常の災害で転移してきた地球人の夫婦から生まれた子供だからですか!? そんな下等種族の私は弟子にとってもらえないんですか!?」
「そんなこと一言も言ってないでしょ?」
「言わなくてもわかります! あんな下等種族の親から生まれなかったら……私は今頃こんなに苦労してなかったのに!」
「リコちゃん。お腹を痛めて産んで育ててくれた親御さんにそんな酷いこと言わないで。私は生まれや血筋で差別なんかしない。私が弟子をとらないのはそういった理由じゃない。私の弟子になったらリコちゃんに辛い道を歩ませちゃうからお断りしているの」
「そんなのアリティエ様の考えであって私の考えじゃない! 私が辛いかどうかなんて私じゃなきゃわからないじゃないですか!」
問い詰められてアリティエはかなり困っている様子だ。けれどこの状況はシンクたちにとっては都合がいい。その機に乗じてうまくアリティエの追及を煙に巻けるかもしれない。
「バカか貴様。認められたいのなら相手が認めざるを得なくなるまで努力しろ。自分の価値を相手の査定だけに委ねるな」
「はあ!? なんなのあなた! 偉そうに! 生まれながらに才能があって周りから評価されてるセカンドチルドレン様がウザイのよ!」
アリティエが困っている間に煙に巻く計画がイザークの言葉によって台無しになった。リコのヘイトがこちらに向いてしまった。これではむしろこちらの立場が悪くなる。
「口は悪いがイザークの言う通りだ。それに僕たちだって文字通り死に物狂いで努力している。その結果がセカンドチルドレンというブランド価値を担保しているに過ぎない。勿論、そんなくだらないブランドのために努力しているわけではないけどね」
駄目押しにガラハッドの口撃。けれどそれはもっともだと思う。二人だって努力したからこそ今の立場がある。努力の結果、テレルの目に留まって二人は弟子として受け入れてもらっているのだ。
生まれながらにスタート地点が違うのはどうしても避けられない。けれどそれを羨んだり憎んだりする分だけ努力のロスタイムが生じる。自分の努力次第で巻き返しも可能なはずだ。それを今、悩み苦しんでいるリコに伝えても納得しないだろう。
こんなときイズならなんと言って声をかけただろうか。理詰めで語るのは得意だが相手の気持ちに寄り添って納得させるのはあまり得意ではない。気持ちに寄り添って相手を納得させるのはいつもイズの役割だった。
けれど最近このままではいけないのではないかと思うようになった。イズと一ヶ月間離れ離れになってつくづく実感した。生まれてからずっと一緒だったから自分の不得意は相手に補ってもらえばよかった。それで事足りた。シンクとイズは二人で一つ。
でも船の中で頼れる親友がいなくなり、志を共有する仲間と生きる必要が出たとき、この世界ではなんでも自分でやらなければいけないのだと身に沁みた。仲間とは互いに協力して助け合って生きるけれど、考えて、決めて、行動して、責任を負うのは最終的に自分一人だ。
自分では何でもできるしっかり者。そんな風に思っていた。けれどそれは思い込みだったらしい。イズがいたからスムーズにこなせたことがこんなにもいっぱいあったのだと気づかされた。
だからイズは凄い奴だと改めて実感したし、今直面している問題も自分で考えて解決に導かなければ駄目だとシンクは思った。
「嫌な思いをさせたな、リコ。二人に変わって俺が謝るよ」
「なんだと貴様! カッコつけて大人ぶりやがって! そもそも貴様は――」
「シンク! それはひどくないか!? 僕たちは仲間なんだから一緒に――」
二人の外野は非常にうるさいがシンクは無視してリコに笑みを向ける。リコは意外そうな顔をしたがすぐに不機嫌な顔に戻った。
「謝られてもなんにもならない。全然気分が晴れない。むしろあなたたちが言いたいこと言ってスッキリしたぶん私が不愉快だわ」
「そう言うなよ。その代わりリコにいい話してやるから」
「いい話? 何それ?」
「ああ。さっき言っていた弟子になりたいって話。俺、レテルになら口利けるからさ。制度上は無理だけど、リコが望むならレテルの弟子に推薦してやれるぜ?」
「あなたが? レテル様に推薦する? そんなことできるわけないでしょ。あなたの言葉なんかレテル様が聞くわけない」
「聞くさ。俺が推薦すればリコは絶対にレテルの弟子になれる。その代わり俺たちの仲間になってくれないか? 俺たちの仲間になって色々協力して欲しいんだ。――どうする? 俺たちも急いでるから今すぐ返事をくれなきゃもう推薦しないぜ?」
「あなた正気なの? そもそもレテル様を呼ぶとき様をつけないなんて頭がおかしいとしか思えない。そんな人の話なんて信じられないわ」
それが正常な反応だ。知らない同い年くらいの子供が突然レテルの弟子になれるよう口利きしてやるなんて言われて信じるはずもない。チャイルドヘイブンにいる子供ならなおさらだろう。
けれど確実な担保をリコに提示できる。アリティエがいる今だからこそ。けれどこれはもろ刃の剣だ。それでも今使うべき切り札だとシンクは確信した。そして覚悟も決めた。今ここでリコに自分はレテルの実の息子だと打ち明ける。そうすればきっとアリティエは何かしらの反応を示す。その反応があれば聡明なリコはきっとシンクの言ったことが本当だと考える。
一方でこれはアリティエに弱みを握られることにもなる。元々アリティエはアクソロティ協会に反旗を翻そうと画策するレテルの証拠を集めており、それを材料にもっと高い地位に上り詰めようとしていたくらいだ。アリティエがこの情報をどう使うかにもよるが、場合によってはシンクとレテルはアクソロティ協会からお尋ね者となる。
でもそうじゃない可能性だって十分ある。アリティエはイズとルシアのことを信頼して見逃してくれた実績がある。人の気持ちにつけ込むのは好きではないが、アリティエは淡白そうな性格に思えて案外人情味がある。余程の道理がなければ親子を無理やり引き離すようなことはしないはず。今はその可能性に賭けるしかない。
そう考えながらシンクはリコの目をしっかりと見つめる。
「ふーん。そうか。それならレテルに推薦しなくていいんだな? きっともうこんなチャンスないと思うけど本当にそれでいいんだな? 多分この世界で俺くらいしかレテルに無理を通せないと思うけど」
「「おい! シンク!」」
ガラハッドとイザークが制止する。そのことに信ぴょう性を感じたのかリコの表情が変わった。
「いいわ。もし本当にそんなことができるなら私をレテル様に推薦して。その対価として私はあなたたちに何でも協力する。――でもその前にレテル様があなたの推薦を受ける理由を聞かせて」
その言葉を待っていた。言うのは今しかない。
「ああ、勿論だ。よく聞け? 俺はレテルの――」
シンクが秘密を打ち明ける瞬間、大きな爆発音が鳴り響いた。




