学友コレッタ嬢の焼き菓子
シェリィが大荷物を使い魔であるカイルに持たせ、市場を出て歩き始めてしばらく経った頃。
シェリィの名を呼ぶ声とともに、小ぶりな馬車が彼女とカイルの隣に止まった。
窓を大きく開けて中から顔を出してきたのは、同じ王立グランデ学院の友人で、ポーレビン辺境伯令嬢のコレッタだ。
半年前、シェリィの父親が行方不明になるなり、学院の貴族の友人たちはシェリィが最早自分たちと同じ階級にいないことを敏感に察知したのか、徐々に距離を置くようになった。
そんなシェリィを友人として変わらず扱ってくれるのは、母親が平民出身のコレッタだけだ。
黄色の生地に真っ赤なバラの花模様が入った、やや奇抜なデザインのドレスを着たコレッタが、目をパチクリと大きく開けてシェリィとその隣を歩くカイルを見ている。
「さっきキャドベリー公爵邸の裏門に寄ったところだったのよ。庭師小屋に……あなたの家に行こうと思って! 留守だから帰ろうとしていたところなの。ねぇ、ソレまさか守護妖精?」
シェリィの隣で守護妖精のように輪郭がうっすらと輝き、足元に光を落としている男性は、どう見ても守護妖精だった。コレッタは話しかけながらもキョロキョロと視線を彷徨わせて、バードの姿を探していた。いつもシェリィのすぐそばにいる黒髪の守護妖精は、なぜいないのだろうと思いながら。
「そうなの。さっき自分で召喚したの。私もやればできたわ」
「ええっ⁉︎ 自分で呼んだの? すごいじゃない! やっぱり公爵家の人達は違うわね」
シェリィは曖昧に笑った。
「正直、私もまさか妖精界から呼べてしまうとは思っていなかったんだけれど。カイルって名前にしたのよ。よろしくね」
カイルの顔をじっくり見たコレッタが、思わせぶりな顔でニタニタと笑って彼に言う。
「カイルっていうのね。よろしくね。ーー貴方、めちゃくちゃカッコイイじゃない!
「それはどうも」
カイルが冷めた調子で返事をし、彼の反応に目を瞬いてからコレッタが苦笑する。
「あぁ〜、なんて言うか、案外バードに似て可愛げがない使い魔ね」
その名を聞いて、ずっと一緒に過ごしてきた黒髪の使い魔を思い出し、シェリィの気持ちがドッと沈む。
正直に言えば、バードの手の温もりが恋しい。
子どもの頃、母を早くに亡くしたシェリィは退屈になるとバードと手を繋いで、広い公爵邸の庭園を散歩した。彼の手は小さな彼女にとって、びっくりするくらい大きく感じたものだ。
「呼び出せたのはいいんだけど、実は問題がちょっとあって。呼び出したばかりだからか、まだ彼に触れないのよね」
「触れない? 変ね、そんな話聞いたことないわ」
守護妖精に触れないとはどういうことか、とコレッタが興味津々といった様子で車内から手を伸ばし、人差し指をカイルの肩に突き出す。コレッタの指はスカッと宙を描いた。念のため手を左右に往復させるが、カイルの透けた体の中でバタバタと動いているだけだ。
「あらびっくり。どうして触れないのかしら! まぁでも、今晩は貴女の使い魔も妖精界に一旦戻るでしょう? 妖精は寝ないから、夜に妖精界に戻るもの。妖精界で色々体調を整えてきて、明日の朝には触れるようになっているわよ」
「そうかしら。きっとそうよね……。人間と違って、妖精は自由に行き来するものね」
「ところでバードはどうしたの?」
馬車から首を出してバードを必死に探すコレッタを見て、シェリィはうっと答えにつまった。
コレッタは昨夜卒業パーティにいたから、シェリィが王太子に婚約破棄を言い渡されたことや、その相手が従姉妹のアンジーだと言うことも知っている。
その上アンジーにバードを盗まれた、と教えるのは恥ずかし過ぎた。だが例え今話さなくても、いずれバレるだろう。アンジーはバードを今日から、自慢げに連れ歩いているに決まっているから。きっと王太子と一緒に。
バードの様子を確かめたい気持ちはもちろん、ある。だがアンジーに仕える姿を目の当たりにするのは、怖かった。それに予定外とはいえ、カイルという新しい使い魔をもう召喚したと知られるのも、抵抗がある。
シェリィが代わりの守護妖精を求め、バードがいた場所にすぐに他の妖精がおさまったことを、彼はどう思うかが、シェリィは心配だった。たとえ彼が先に彼女を見限り、捨てたのだとしても。
シェリィは声を落としてコレッタにいった。
「バードは……盗まれたのよ。アンジーに」
「なんですって? はっ? 何それ、どう言うこと⁉︎」
コレッタが身を乗り出し過ぎて窓から落ちそうになってしまい、同乗しているコレッタの使い魔が彼女を引いて戻す。
「お嬢様、危のうございます」
コレッタの使い魔は初老のダンディな紳士だ。少し前に大流行した、執事と令嬢が謎解きをしていく小説に影響を受けた彼女は、「自分に付ききりで世話をしてくれる執事」という存在に憧れており、いかにも執事らしい風貌の男性を希望して使い魔を召喚したのだ。彼女の母親は平民出身だったが、コレッタは父親に似て魔術が得意だった。
興奮がおさまらないのか、コレッタが再び窓に身を乗り出す。
「要するにアンジーは、貴女の屋敷や婚約者を奪っただけでなく、使い魔まで強奪したってこと?」
「そうね、そういうことになるかな……」
「あんの泥棒猫が!」とコレッタが拳を握って馬車の中で怒りに任せて立ち上がり、勢い余って頭を馬車の天井に打ち付ける。
すると直後にコレッタの執事風使い魔が「お嬢様、どうかお心をお鎮めください」と言ってコレッタに甘い木苺味のボンボンを渡し、宥めるように続ける。
「シェリィ様に、焼き菓子を持ってこられたのではありませんでしたか? お渡しするのに、絶好のチャンスでございますよ」
シワに埋もれた優しげな瞳で使い魔がコレッタに提案する。
コレッタはあっと叫んでから、馬車の中から大きなバスケットを抱えて窓越しにシェリィの方へ突き出した。
「さっきシェリィの家に行ったのは、渡したいものがあったからなのよ。――その、貴女ったら卒業パーティーを急いで帰っちゃったから、色々心配で。貴女今、実質一人暮らしだし。これ、貴女の好きな焼き菓子のセットよ」
バスケットの蓋を軽く開け、コレッタがシェリィに見せる。中にはマドレーヌやクッキー、タルトがぎっしりとつまっていた。
バターと甘い香りが微かに漂い、シェリィが思わず口元を綻ばせる。
「ありがとう、コレッタ。貴女が焼いてくれたの?」
「もちろん! 私の手作りのお菓子を喜んでくれる友達は、シェリィだけだし」
ポーレビン辺境伯夫人は平民出身だったので、今も屋敷で料理をするのだ。
母の影響でコレッタも菓子作りが得意だったが、貴族ばかりの学校の友人たちは「手作りだなんて! はしたないわ」と笑い飛ばすだけで、誰も受け取ってくれたことがなかった。
「コレッタのクッキーがどれほど美味しいか知らないから、みんなそんな勿体無いことができるのよ。すごく嬉しい……。遠慮なくいただくわ」
両手で受け取ろうとするが、コレッタはツイッとバスケットを軽く引き、シェリィには直接渡そうとしない。彼女は代わりにシェリィの後ろにいるカイルを、咎めるような目で見た。
「コラ、お前はシェリィの使い魔でしょう? ご主人様に持たせないで、ちゃんと代わりに受け取りなさい」
カイルの顔が引き攣るが、お構いなしにコレッタがシェリィに言う。
「貴女の召喚した使い魔ったら、顔と体はピカイチだけど忠誠心は今後、ビシバシ鍛えどころが多そうね。ご主人様に対して、態度がまだまだみたい」
「そうなの。なんだか少し個性的なのよね、カイルって」
「これからゆーっくり、時間をかけて躾けていけばいいわ。ご主人様へのマナーをね。ほら、カイル。バスケットを運ぶのは、貴方の仕事よ!」
叱責を浴びたカイルは、地を這うような低い声で「かしこまりました」と答えてバスケットを受け取った。




