カイルとパーティーへ
思えばパーティーに行くために、家まで男性に迎えに来てもらうのは、これが初めてだった。
父が公爵だった頃は王宮のパーティーには父と出かけ、共にダンスをするマティアスは王宮の大広間で待っているだけだった。
学院の卒業パーティーはマティアスが公爵邸まで迎えに来てくれたが、馬車を何台も並べて他の卒業生達と一緒に会場に向かったので、二人で待ち合わせて出かけたわけではない。
(でも今日は違うわ。ガーデンパーティーに、カイルが迎えに来てくれて二人で行くんだもの)
興奮する自分の心臓を落ち着かせようと、深く深呼吸をする。
卒業式で着たピンク色のドレスと、タフタの手袋。公爵邸から持ってきた指輪の中で一番高価な、ダイヤモンドの指輪。
何より今日は大粒のサファイヤが煌めく青のティアラをつけている。
この格好なら、ミラベル侯爵家に行っても、恥はかかないはずだ。
カイルの到着を、まだかまだかと庭師小屋の中で待つ。
シェリィは廊下の壁にかかる等身大の鏡を、何度も覗き込んで化粧が変になっていないかを確かめた。
「もう少し鼻にファンデーションを塗った方がいいかしら。う〜ん、口紅の色はもっと濃い方が魅力的だったかしら?」
呆れるほど何度も確かめたはずなのに、またティアラの位置を調整してしまう。
カイルに綺麗だと思って欲しくて。
やがてガラガラと馬車の車輪の音がして、シェリィはドキドキと高鳴る胸で裏門に向かった。シェリィはドアに張り付いて彼を待ち侘びていたが、「バレたら恥ずかしい」と考えてゆっくりと歩いた。
やがて裏門の鉄格子の向こうにカイルが見えて、シェリィは息を呑んだ。
カイルは花束を抱えて立っていた。
しかも今日の彼は、発光していない。
紺色のジャケットを纏い、縁に緻密な刺繍がついた分厚いマントを肩から流している。銀色の髪は丁寧に後ろへ流され、実に品の良い貴族の男性がそこにはいた。
見違えてしまう。
(妖精に見えていた時も、いつもカッコよかったけれど。でも今は、もっと磨きがかかって素敵だわ)
当たり前だがこの姿はもう、人間にしか見えない。
カイルはシェリィと目が合うなり、春風のように爽やかに笑った。
ゴダイバ帝国の帝都からリンツ王国の王都までは、馬車を飛ばしても丸2日はかかる。だがカイルはまるで疲れた様子を見せなかった。
「やっと会えたな、シェリィ」
シェリィも感激に満面の笑みを浮かべて、彼を見上げた。
「元の体に戻れたのね。本当の貴方に会えて、嬉しいわ」
シェリィが門を内側から開けて、カイルと向き合う。
カイルは右手を少し突き出し、首を少しだけ傾けて、ヒョイと片眉を上げた。
「生き霊じゃないか、試しに……俺に触ってみるか?」
そう尋ねるカイルの青い目が、少しだけ躊躇いがちに揺れたのをシェリィは見逃さなかった。どうやらカイルもシェリィとついに触れ合える事実に、かなり緊張しているらしい。
躊躇する姿勢を見せつつも、カイルはシェリィから目を離さなかった。
「それじゃあ、早速本物のカイルか、確かめさせてもらうわね」
「ああ、頼む」
ドキドキと一層高鳴る胸を抑えつつシェリィが右手を上げて、花束を持つカイルの手に触れる。
シェリィの指先はツンとカイルの大きく逞しい手に当たり、彼女はあっと小さく叫んだ。
「触れるわ! 私たち、本当に出会えたのね」
「ああ、やっと出会えたな。やっとだ」
二人はしばらくの間、万感の思いでもこもったような眼差しで互いを見つめあった。
カイルが心から嬉しそうに、綺麗な笑顔を見せる。
「これでシェリィの手を取って、馬車に乗るのを手伝えるな」
「腕を組んで堂々と侯爵邸のパーティーに行けるし、ダンスもできるわ」
その通り、と頷いたカイルの視線が、シェリィの頭上で止まる。彼は微笑を消して真顔になると、優しい声で尋ねた。
「綺麗な青いティアラだな。もしかして、それは例の『青のティアラ』か?」
「ええ、そうよ。叔父から取り返したの。私ったら、凄いでしょ?」
「うん、凄いぞ」
「カイルからなかなか連絡が来ないから、私ももっと強くならなくちゃいけないと思って」
「待たせて悪かった。意識が戻っても、起き上がって普段通りの生活を取り戻すまで、時間がかかったんだ。それにしても、なんだかオーラまで頼もしく変わったな、シェリィ」
「全部、貴方の力よ。今日も久しぶりのパーティーなの」
「それをいうなら、そなた自身の力だろう。では、行こう」
カイルが花束をシェリィに押し付け、空いた手を彼女の腰に回した。
馬車の中で、シェリィはカイルが体に戻ってからどうしていたのかを尋ねた。
カイルは自分の意識が別の国を彷徨っていたことは、家族に内緒にしているため、とにかく体の回復に努めたと説明した。
「シェリィのことは、信頼している我が家お抱えの魔術師と側近にだけ、話したんだ。だから今回の滞在も長居ができない」
「ゴダイバ帝国とは距離があるものね。でも、忙しいのに会いにきてくれて、嬉しいわ。ありがとう」
カイルは肘置きの上に置かれたシェリィの手を見つめてから、彼女に問いかけた。
「――手に、もう一度触れてもいいか?」
「もちろんよ」
照れ臭そうにシェリィが答え、カイルがそっと彼女の手を握る。
触れ合えることがこんなにもドキドキすることだなんて、シェリィは思っていなかった。
馬車の中に誘導するカイルの手の温もりが、揺れる車内で自分を見つめてくる本物の彼の息遣いが、ミラベル邸に停車した勢いで当たった彼の膝の硬さが。その全てが彼女の心臓を激しく鼓動させ、顔を熱くした。
(カイルも、私と同じ気持ちでいてくれたら……)
祈りにも似た想いが、幸せと切なさという矛盾した気持ちとなってシェリィを揺さぶる。




