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王太子とアンジーの幸せの絶頂

本日2話投稿しております。

こちらは2話目ですので、ご注意ください。

 シェリィが婚約の解消を一方的に主張されてから約二ヶ月。

 この日、キャドベリー邸では王都の有力な貴族達を招待した夜会が開かれる予定だった。

 貴族に社交は欠かせない。シェリィの叔父である公爵は、失敗がないよう入念に準備をしているに違いないが、残念ながら昼過ぎから雨が降り出し、時間と共に雨脚は強くなる一方だ。

 シェリィは雨に霞む白い公爵邸を見上げ、固く拳を握りしめて気合を入れた。


(今日ここで青のティアラを見つけて、返してもらうのよ。あれを置いてガレル州にいくわけには、いかないもの)


 入念に準備した変身術で顔を変え、シェリィは今夜、「誰でもない誰か」になりすましている。

 古着屋で購入した侍女の制服を着て、シェリィは庭園を縦断し、アンジーと叔父が住む屋敷にこっそり入った。いや、正確にいえば、帰還した。

 中古の制服だからか、白いエプロンには微かにシミがついていて、ウエスト周りの花の刺繍飾りの一つが取れかかってはいたが、じっくり見なければ気づかないレベルのものだ。

 シェリィは幸い、夜会の時に侍女達が何をしているか、そして彼女達の動線をよく知っている。

 玄関から大広間までの屋敷の中を、徹底的に清掃するのだ。

 今日のような大きなパーティーの時ばかりは、臨時で雇った侍女達が多いため、屋敷の者達も使用人同士も見知らぬ顔の者が一緒に働いていても、気にしない。

 シェリィが箒で床を掃いていると、副料理長が彼女めがけて廊下を走って来る。

 まさか不審者が入り込んだと気づかれたのだろうか、と身構えるも、彼はシェリィの左腕を掴んで廊下を駆け戻り出す。


「ちょっと君、廊下の掃除はもういいから、こっちを手伝ってくれよ! 全く、厨房の料理を運ぶ奴が全然足りてないんだよ」


 応接室の脇を通りかかったところで、副料理長はテーブルを拭いている侍女にも声をかけた。


「君も! もうテーブルは十分ピカピカだろ。厨房に来てくれ!」


 副料理長は両手で借り物競走のようにシェリィともう一人の侍女の腕を掴んで廊下を走りながら、文句を垂れ流した。


「まったく、ここだけの話だけどさぁ。新しい公爵様と来たら、人材配置が全然わかってないんだよね。それなのにヘマがあると、烈火のごとく叱責なさるから、堪ったもんじゃない」


 もう一人の侍女は屋敷の主人に対する不平を聞かされ、少し困った様子だった。

 だがシェリィはどうやら必ずしも叔父が使用人達に受け入れられているわけではないことを知り、安心してしまった。いかにも同調してほしそうな副料理長に、相槌を打つ。


「パーティーの時に一番忙しいのは、どのお屋敷でも厨房ですもんね」

「そうなんだよ! よく分かってるね。経験が長い使用人は、公爵様が代替わりした時にほとんど首にされちゃったから、本当残留組は困ってるんだよ。前の公爵様は、とても優秀な方だったのに」


 シェリィは自分の父親が褒められるのを聞き、少しだけ嬉しくなった。

 北部山脈で全滅した父の部隊をけなし、多くの人々は前公爵のことを不名誉な死を遂げたのだと蔑んだ。

 だが父は確かに、使用人たちに慕われ、認められていたのだ。


 公爵邸の大広間では次々と料理や花々が運び込まれ、あと少しで客達が集まり始めるところだ。

 天井近くには、魔術によって光らせた七色のガラス球が浮いて漂い、明るく楽しい雰囲気を醸成している。

 大広間で忙しなく働いている侍女達のほとんどは、シェリィが知らないもの達だった。叔父は公爵位を継承するや否や、長年働いてきた侍女達を解雇し、自分の屋敷から新しい使用人達を連れてきたのだ。

 演奏を発注されている管弦楽団は既に楽団員が全員集合し、大広間の隅の席についていた。

 客が来る前に準備を、と楽団員達は楽器のチューニングをしている。

 やがて大広間に公爵邸の執事が現れ、夜会の準備が整ったことを最終確認し、満を辞してシェリィの叔父である現キャドベリー公爵が登場した。

 公爵は赤色の派手なジャケットを着ていた。

 外はより一層天気が悪くなっているのか、大広間の一面を埋め尽くす大きな窓は、全て灰色に染まって大粒の雨が忙しなく打ち付けている。

 だが絢爛なシャンデリアによって明るく照らされた大広間の中にあっては、不穏な雨音すらも夜会を盛り上げるためのドラムを叩く音に聞こえる。


 日没から時間が経ち、招待客達が屋敷に次々と到着し始めると、公爵はでっぷりと前に出た腹を揺らしながら大広間を歩き回り、彼らを出迎えた。

 もちろん、シェリィが大広間の片隅にいることには、気づきもしない。そもそも公爵は使用人達のことを、装置の一つとしてしか考えていない。一人一人の顔を見ようなど、発想すらない。

 この様子なら、使用人達の名前も覚えていないのだろう。

 そうして客達がほぼ集まった頃、皆の注目を集めながら大広間に登場したのは、アンジーと王太子のマティアスだった。

 一斉に皆がざわつき、すぐにマティアスに向かって膝を折っていく。

 大広間の中央にいたアンジーの父――公爵が、栄光の時を味わう恍惚とした顔でアンジー達を迎えた。

 公爵が大広間中に聞こえるよう、大きな声で二人を紹介する。


「お集まりの紳士淑女の皆様。本日皆様をお招きしましたのは、我が王国の最も高貴なる王太子殿下と、この私キャドベリー公爵の長女アンジーが、婚約したことをお知らせするためであります」


 おおっ、と招待客達が顔を綻ばせ「なんておめでたい」「やはりな」などと口々に呟く。

 シェリィは心の中で苦笑する他ない。


(まだ私は婚約破棄の書類にサインをしていないのに。法的には殿下と私は婚約中だというのに、マティアス殿下とアンジーは待ちきれないのね)


 二人から少し離れた所にいる一部の貴族達は、「でもシェリィ嬢はどうなるの?」と困惑気味だ。


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