シェリィがまず取り返すもの
王都郊外にある真新しい男爵邸で、コレッタの悲鳴が響き渡る。
コレッタは黒曜石のように黒い目を、転がり落ちそうなほど見開いて叫んだ。
「嘘でしょう⁉︎ 本当に貴女、シェリィなの?」
コレッタの目の前にいるシェリィが、首を大きく縦に振る。
「そうよ。結構上手く変身できてるでしょう? 髪の色も変えたし」
カイルがいなくなってから、一ヶ月。
シェリィは魔力を溜めて、高等魔術である変身術を自分にかけたのだ。
身長だけは変わらなかったが、目はつり目気味に、そして頬骨は高く、薄い唇にそばかすの散る金色の髪の女性に姿を変えていた。
「じ、じゃあ確認させて。王立グランデ学院の三年生の時に貴女が取った数学の人生最低点は、何点だった?」
「48点よ。勉強が苦手なジョージが35点だったと知っていたから、私は60点くらい取れたと思っていたんだけど。ちなみにコレッタは16点だったわよね」
コレッタが引き攣る笑いで続ける。
「そ、そうよ。よく覚えてるわね。じゃあ、貴女が嫌いな食べ物と好きな食べ物は?」
「私が好きなのはマッシュルームのクリームスープで、苦手なのはアスパラガスよ。貴女は牛肉が大好きよね。一年生の時は給食で牛肉が出ると、肉が苦手なドロシーからいつももらっていたでしょう? でも二学期の時に、ローストビーフだけは食べられるドロシーが珍しく肉をくれなくて、かなり不満そうにしていたわよね」
コレッタが苦笑してから降参のように両手を上げて、天井を仰ぐ。
「なんてこと。分かった、認めるわ。間違いなくシェリィのようね」
途端にシェリィが顔を綻ばせ、安心したように胸に両手を当てる。
「よかった。コレッタでも見破れないなら、この変身術はかなり確かよね。自信が持てるわ」
「貴女いつの間にそんな大技ができるようになったの? 魔法の実技の授業はいつも苦手だったのに」
「人間、切羽詰まれば出来るようになるんだと分かったの。火事場の馬鹿力とも言うかしら」
「よく分からないけど、でもそんな変身術をして、どうしようというの?」
「今度ね、キャドベリー公爵邸で夜会が開かれるの。当日は人の出入りが激しくなるし、夜会対応用に期間限定で使用人をたくさん雇うから、公爵邸の侍女のふりをして堂々と中に入るつもり。公爵家の侍女の制服は、古着屋で今勝手に売られてるのよ。叔父がちゃんと数量管理をしていないから……」
「それで、屋敷のみんなに貴女だとバレないように、この変身でいくということ? 公爵邸の中に入って、何をするつもりなの?」
「私の母が遺したティアラを取り返そうと思って」
シェリィの話を聞いて、コレッタは合点がいったように「ああ」と何度も頷く。
「貴女が学院でよく話していた、青のティアラね。でも変身術の効果は、最大でも一時間だと聞くわ。それ以上かかると、人の目は魔術で誤魔化されなくなって、真実の姿を見つけるはずよ」
変身魔術の効果が保てるのは、上出来でも一時間程度なのだ。
「大丈夫。時間内にきっかり終わらせるわ。今は叔父達が住み着いているけれど、公爵邸は自分の家だもの」
シェリィが神妙な顔で大きく頷き、コレッタは風船から空気が抜けるように息を吐いて脱力した。
「なんだか、シェリィったら卒業したら変わったわね。大胆になったわ!」
「そうかしら?」
「母親のティアラを奪われたままでいるわけには、行かないものね。マティアス殿下は誰かさんにあげちゃえば良いのよ。屋敷だって、これから居心地のいい家を自分で買えば良いの。でも、親の形見『代わり』はないもの」
二人の間にあるテーブルの上のマシュマロを怒涛の勢いで口に放り込み、もぐもぐと咀嚼して糖分を摂取し終えたコレッタが、テーブルにドンと両手をつく。
「私、決めたわ。貴女を手伝う。確か母のところにキャドベリー公爵邸の夜会の招待状が来ていたの。母に頼んで、同行させてもらうわ」
貴婦人が自分の身内の未婚の若い令嬢を、素敵な男性と出会わせるために、貴族の家の夜会に連れていくことはよくある話なのだ。
「母は昔からシェリィのことが好きだし、私が頼めば絶対連れて行ってくれると思う。当日、公爵邸で何か困ったことがあったら合図して頂戴。きっと何か力になれるもの」
「コレッタったら。――こんな無謀な計画に付き合ってくれて、ありがとう」
コレッタは照れ隠しなのか、皿に残されたマシュマロをさらに頬張った。
全てはシェリィの計画通りだった。
皇太子との婚約を解消する文書にサインをするために、シェリィは叔父から三千万ドランを受け取ることになっている。
亡き母の指定した財産管財人との相談のもと、お金は贈与税がかからないよう、時期をずらして三分割して銀行に入れてもらうことになった。既に初回の一千万ドランを叔父は支払った。
残りの二千万ドランも、二回に分けて一月ずつあけて支払われる予定だ。
きっちり全額を受け取れる二月後に、正式に婚約破棄の書類に署名をすることになる。
学院生活も終わり、もう王都にはなんの未練もない。
今の気掛かりは、カイルからなんの手紙もまだ来ていないことだった。彼が体に戻ってから一ヶ月がたつ。
そろそろ手紙を出せるくらいには回復したと思いたいのだが。
シェリィはあれから何度か図書館に通い、生きている人間から意識だけを呼ぶ術があるのかを調べた。
だが歴史書にも、魔術大全にも、そのような術についてはどんなに調べても載っていなかった。
ましてやカイルがいなくなって一月も経つと、まるてあの生活が嘘か幻のように思えた。
二人の絆は確かにあったのだと思いたくて、シェリィはカイルからの手紙をずっと待っていた。
庭師小屋に届く住所をカイルに教えたのだが、もしや屋敷に届いたかもしれない、と思って手紙が来ていないか、数回ほど執事に聞きに行ったほどだ。
シェリィはもうすぐ、王都を出てガレル州の荘園に立つ屋敷に引っ越そうと思っている。長閑すぎて若者には退屈な所だと財産管財人は言っていたが、今のシェリィにはむしろ王都の煩わしさから遠ざかって田舎に住む方が、精神的に安らげそうだった。
ただ、問題は住所が変わってしまったら、カイルの手紙を受け取れないことだ。
それに引っ越す前に、シェリィは叔父達に奪われた「青のティアラ」を取り返す予定だった。




