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カイルの優しさ

「妖精……じゃない?」

「なんらかの術の間違いがあったんだろうな。俺は生きている人間で、ゴダイバ帝国人なんだ。意識だけこうしてシェリィに召喚されてしまった」

「いやいや、そんなまさか。何を言っているの。しかも帝国人だなんて。貴方は妖精のはずだわ……だって薄っすら光っているもの!」

「ずっと打ち明けられなかったが、俺は人間だ。繰り返すが、妖精ではない」

「そ、そんな。だって、私はちゃんと王立グランデ学院三年生の魔法学の後期の教科書を見て、一言一句違えず呪文を唱えたのよ」


 シェリィは混乱していたが、カイルが嘘を言っているようにも見えない。彼女は真実がどこにあるのか確かめるべく、彼を質問攻めにした。


「じゃあ、帝国のどの街が故郷なの? 魔獣討伐に参加していたというのは、嘘なの?」


 カイルが腕組みをする。


「生まれも育ちも、ゴダイバ帝国の帝都だ。俺は先月、北部山脈の魔獣討伐に参加していたんだ。――皇太子殿下が率いる討伐隊だ」


 そういえば、とシェリィは思い出した。カイルは新聞記事を読んでいた時に、皇太子の容体を気にかけていた。あれはカイルが、皇太子の部下だったからなのか。

 カイルは妖精にしてはまったく魔術を使わないし、何より互いに触れられない理由は気になっていた。


(最初に会った時、たしかに年齢が22歳だと言っていたわよね。召喚される妖精にしては若過ぎると思ってはいたけれど)


「そんな。でも……ちょっと何を信じればいいのかわからないわ」


 カイルが視線をシェリィから外し、夜風に揺れる川沿いの木々の枝葉を見つめた。

 今まで見聞きした状況から、カイルが冷徹に結果を分析する。その上で、腕組みをしてシェリィを見下ろし、彼女を本格的にといただす。


「――正直に申せ。召喚術は金がかかると有名だ。術の発動に欠かせない材料はちゃんと揃えたのか?」

「もちろん! 値段のはるガチョウの卵を惜しげもなく二つも使ったし、魔法陣を作るのにちゃんと大量の絹の糸も使ったわ」

「シェリィ。しょぉ〜じきに申せ」


 再度掛けられた圧にやや屈し、シェリィが伏目がちになって手をモゾモゾと動かしながら小声で打ち明ける。


「そ、そりゃあラピスラズリにちょこっとだけ砂利を混ぜてかさ増ししたし、ユリの種子はアサガオの種子で代用したけれど……」

「それだ! それがいけなかったんじゃないのか? ラピスラズリと砂利では、全然違うだろ。なぜそんなことを。ユリとアサガオは花という一点しか共通していないぞ!」


 シェリィが材料をケチったことを知ったカイルが両手を自分の腰に当て、急に不機嫌になった。

 実はダイヤモンドの粉の代用としてガラス片を使ったのだが、さすがにシェリィには今それを明かす勇気はない。

 魔術の材料は料理に似ている。オリーブ油の代わりにヒマワリ油を使うこともあるように、まったく同じである必要はない。

 ただ、技術や才能でカバーできない場合、風味が大幅に変わることもある。

 シェリィが首を引っ込めて、言い訳がましく反論する。


「術道具屋に行った時は、買うつもりだったのよ。でも、ツケ払いはだめだと言われて、買えなくて」

「いいか? お前は多分、一部に別の材料を使ったことで、召喚術ではなく別の術を成立させてしまったんだ。俺が光っているのは妖精だからではなく、おそらく本体が生きているからだ」

「まさか。つ、つまり材料を変えたせいで私は妖精ではなくて、意図せず……」

「『生き霊を呼ぶ術』を成功させたということだな」


 涼やかな青い瞳でギロリと見つめられると、結構な迫力があった。ツー、とシェリィの背中を一筋の汗が伝い落ちる。暑いからではなく、もちろん冷や汗だ。

 シェリィはついに事態を把握し、己の過ちを認めた。


(まずいわ。やらかした。とんでもない術を発動させてしまったのね……)


 妖精を呼び出せたと思ったら、生きた人間の魂を呼んでしまった。バードを呼び戻すのに失敗したとは思っていたが、まさか召喚術そのものに失敗していたとは。

 そろりそろりとシェリィはあとずさり、気づけば川沿いの芝の上に乗り上げている。だが同じ歩数だけカイルも前に進んだため、遠ざかりたかった彼は未だ目の前にいた。いや、脚の長さが違うせいで、今や彼はさっきよりも近づき、至近距離から彼女に対する複雑な気持ちに堪えているような強い目で、彼女を見下ろしている。


「それ以上後ずさると、川に落ちるぞ」

「それじゃカイルの、じゃなくてカイルさんの……カイル様のご本体はどこに?」


 もはやカイルはシェリィの使い魔などではない。それが分かり、彼女は平身低頭するしかなかった。

 シェリィは涙目で続ける。


「おっ、お体は今どうなさっておいででしょう。まさかどこかで……」

「今更敬語を使わんでよろしい」

「ほ、本当にごめんなさい。私一体どうしたら」  


 カイルが人間だった。そしてシェリィは彼の意識だけ呼び寄せてしまったのだ。


「でも、なぜすぐ言ってくれなかったの? ずっと妖精界の話をしていたのは、どうして?」


 カイルは一度口を真一文字に結び、少しの間考え込んでから言った。


「俺も何が起きたのか分からなかったから、本当のことを話すのが怖かったのだ。正直に言えば、シェリィのことも疑っていた」

「そ、そうよね。カイルの立場になれば、そうなるわよね……」

(どうしよう。とんでもなく、取り返しようのない術を発動させてしまっていたなんて……)


 自分の引き起こした未熟な魔術の結果があまりに大惨事で、シェリィは完全にパニックに陥っていた。

 カイルは元の体に戻れるのだろうか。

 焦るシェリィの肩にカイルが手を乗せ、触れられないなりにも落ち着かせようとポンポンと叩く素振りをする。


「そう怯えるな。――察するに、そなたもいろいろあったんだろう」


 怒っているはずなのに、カイルの声は存外優しかった。

 シェリィは恐怖に震えるウサギのような非力さで彼を見上げた。

 シェリィは事態の深刻さに蒼白になっていたが、彼女とは対照的に、見下ろすカイルは急速に冷静になったようだった。

 カイルはもう一度、不躾にもシェリィを観察した。

 デザインの古い靴。

 荒れた手に、上位貴族の娘なら着ないような簡素なワンピース。

 シェリィを構成する全てのものが、彼女の今置かれた不幸な境遇を物語っていた。カイルが一度目を固く閉じてから、深いため息をつく。


「そなたを今責めても、どうにもならん。最初は腹が立ったしどうしていいか迷ったが、今はそんな気持ちなどない」


 シェリィはブンブンと首を横に振った。


「私のせいだわ」

「意図しなかったのは、もう十分分かった。それに召喚をされた時はちょうど周りに人がたくさんいたから、本体は問題ない。腕の立つ魔術師も同行していたから、適切に保存してくれているはずだ」

「カイルの体は、いま……」

「おそらく俺は戦いの途中で魔獣の氷術を受けて、意識を失っているはずだ」


 意識を飛ばした瞬間に不運にもシェリィの召喚術が暴発し、カイルの魂をさらったのだろう。カイルは今回の件をそう結論づけた。


「騎士達は……帝国の軍病院で治癒術を用いた手厚い手当てを受けるから、きっと俺の本体もそこで治療を受けているのだろう」


 多少の希望を見出し、シェリィの緊張がやや和らぐ。天下のゴダイバ帝国軍のお抱えの医者や魔術師が治療に当たってくれているのなら、きっと順調に回復してくれる。


「もしかして、本体が回復すればカイルも体に戻って、元通りになるのかしら?」

「その通りだと思う」


 カイルはどう表現したらうまく伝えられるかを考えるように、宙を見つめた。


「なんというか、初日はなかった感覚が――帝都の方角に意識が引き寄せられる感覚が徐々に強くなってきているんだ。自分の身体に呼ばれている感覚がある、と言うべきだろうか」

「体に呼ばれる……?」


 どういう状態なのか想像がつかないシェリィに、カイルが説明をする。


「よく分からないが、この感覚は自分に糸がついていて、引かれているような気分にさせるんだ。その上、体の方へ戻そうと引く糸が、日に日に太くなっている……と言えばいいのか」

「そうなの? じ、じゃあ近いうちに元に戻れるかも知れないのね。ああ、良かった……」


 シェリィはもっと安心して喜ばねば、と思うものの、なぜか気分が跳ね上がることがなかった。あまり感情をこめることができず、棒読みで反応してしまう。


(カイルがちゃんと自分の体を取り戻せる。私の間違って発動させた術が解消できるんだから、良かったと思わないといけないのに……)


 とはいえシェリィの後ろめたい気持ちとは裏腹に、カイル自身もあまり浮かない表情で「本当に、良かった」と言うだけだ。

 シェリィが逡巡した挙げ句、手をポンと叩いて提案をする。


「明日、在リンツ王国のゴダイバ帝国の大使に書簡を出そうかしら。信じてもらえないかもしれないけれど、貴方のことをまずは文面で状況を知らせようと思って」


 カイルは少しの間腕組みをして考え込み、やがて首を左右にゆっくり振った。


「やめておけ。帝国を怒らせるだけだ。国家間の問題になる」


 それは本望ではない。

 しでかした自分の魔術の失態に、シェリィがどうしたものかと頭を抱える。その仕草をおかしそうにカイルが屈託なく笑う。


「シェリィに事実を打ち明けるべきかを迷ったんだが、いつ急に俺が本体に戻るか分からんからな。守護妖精が消えたとそなたが取り乱したら……なんというか、面倒くさいだろう? だからちゃんと伝えておくことにしたんだ」


 シェリィは頭を抱えていた腕をゆっくりと下げた。

 面倒くさい、なんて乱暴な言葉を使って説明しているが、シェリィはカイルの本心はそうではない、とわかる気がした。

 わざわざ帝国の人間だ、と打ち明けたのはシェリィが彼を失って、ショックを受けるのを避けるためだ。

 カイルは自分がいなくなった後の、シェリィの心のケアをしている。


(いつも態度は偉そうなのに、優しいんだから……)


 カイルは夜風に吹かれて、帰り道に視線を投げている。彼を見上げながら、シェリィは胸の奥がじんと温まるのを感じた。

 この二週間、シェリィとカイルはずっと一緒にいた。

 カイルは守護妖精としては風変わりだけれど、シェリィ自身は素敵な妖精だと満足していたのに。

 カイルがいなくなった日々を想像するのは寂しいが、彼が置いていく思いやりは素直に嬉しかった。

 シェリィはまた守護妖精を失う寂しさと、召喚術が失敗していた悔しさに蓋をして、カイルに優しく微笑んだ。


「打ち明けてくれてありがとう。少なくとも今夜は二人で一緒に、同じ場所に帰ることができそうね」

「そうだな。我が家に帰ろう」


 二人は同じ方向を見つめ、再び歩き出した。

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