婚約者は、私の従姉妹を選ぶ
最終話まですでに書き終えています。(※完結保証)
推敲しつつ、毎日投稿予定です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです!
うららかな春の日差しのもと。
心地良いそよ風が、甘い菓子と芳醇な酒の香りを運ぶ。
広大な庭園で開かれたガーデンパーティーは、着飾った若者達で盛況だった。
リンツ王国の由緒正しい貴族や王族だけが通える、王立グランデ学院の卒業ガーデンパーティーにて。
青春の最も華やかな1ページとなるはずの、この日。
元公爵令嬢、シェリィ・キャドベリーは人生最悪の瞬間を迎えていた。
(そんな。誰か嘘だと言って……)
シェリィは今日、王太子マティアスとダンスを踊るはずだった。見目麗しい彼は、赤ん坊の頃から彼女の婚約者だったのだ。
だがマティアスの隣にずっといたのは、シェリィの従姉妹のアンジーだった。
マティアスがアンジーを大切そうに優しく抱き寄せ、シェリィに告げる。
「シェリィ、僕はガリ勉で生真面目な君より、明るくて気の利くアンジーにそばにいて欲しいんだ。君との婚約は、破棄させてもらうよ」
アンジーが当然のようにマティアスの胸に身を寄せながら、申し訳なさそうにシェリィを潤んだ目で見つめた。
庇護欲を掻き立てるような柔らかに緩くウェーブがかった蜂蜜色の髪に、エメラルドのように鮮やかな緑の瞳。目鼻立ちはガラスケースに入れて大切に飾られる人形のように整っている。
学友も教師達も、突然の婚約破棄劇に驚いているものの、大半の者達がアンジーをまるで恋愛劇の舞台のヒロインのようにうっとり見つめた。中には「殿下となんてお似合いなんだ!」と感激している男子生徒までいる。
マティアスはいつも優しかった。
半年前にシェリィの父が、北部へ危険な魔獣討伐に赴いた時も。
マティアスは父の出発前にわざわざ公爵邸まで激励に来てくれた。
その後父の遺体すら帰らなかった時も、学院を長く休んでシェリィを慰めてくれた。
マティアスは「きっとキャドベリー公爵は北部山脈で遭難されているだけで、お戻りになる」と言ってシェリィの頬にキスをしてくれた。久しぶりにしてくれたそのキスが、とても嬉しかったのを覚えている。
だが祈り虚しくシェリィの父は戻らず、彼は国から死亡宣告をされた。
その結果、公爵位を継いだのはシェリィの叔父だ。
叔父は王都の広大なキャドベリー邸に娘のアンジーと越してくるなり、公爵邸の模様替えを始めた。彼は全寮制の軍人学院に通っているアンジーの弟が、学院を卒業する前に屋敷の改装を終えたいらしかった。
そして叔父はシェリィの「部屋の改修」を理由に、彼女を屋敷の庭師小屋に仮住まいさせた。
庭師小屋には、寝室が一つしかない。他には小さな居間と台所、洗面室や納戸があるだけの質素な建物だ。
ちなみに部屋の改修はいつまでも終わらず、シェリィはいまだに屋敷の中に部屋がない。改修は永遠に終わらないのだろう。
その時もマティアスはシェリィの支えになってくれた。「心配ないさ! 僕と結婚すればどうせキャドベリー公爵邸を出るのだから」と言って。
だがその先には、まさかの展開が待ち受けていた。
ずっと優しかったマティアスが突然の婚約破棄を宣言したのだ。
振り返れば思い当たるふしはあった。
週に一度のデートはここ数ヶ月、マティアスから何かと理由をつけて断られていたのだ。
(公務や卒業試験で忙しいと仰っていたのに。あの頃から気持ちが離れていっていたのね。気づかなかった自分が、恥ずかしい……)
シェリィは自分が世界で一番みっともない存在になった気がして、世話になった教師や親しい友人への挨拶もそこそこに、パーティー会場を逃げ出した。
婚約破棄を知った皆からの同情と興味本位、そして嘲笑の混ざった視線に耐えられなかったのだ。
帰宅すると、シェリィは泣いた。
公爵家の使用人は庭師小屋に滅多に来ないため、慰めてくれるのはシェリィの守護妖精のバードだけだ。
わずか半年でシェリィは父も、屋敷も、公爵令嬢としての地位も、婚約者も失ったのだ。
もうこれ以上、失うものはない。ーーシェリィはそう思った。
だが、シェリィが本当に全て奪われるのは、この日の夜のことだった。
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