さすらいの笛が鳴く
アズーたちと別れた次の日の朝。
疾斗は教都アブソールへの道中にあるニリファース高原へとさしかかっていた。持ってきた地図をひろげ、そのことを確認した疾斗は大きなため息をつく。
「まだこんなところか。アブソールがこんなに遠かったなんて……」
ふぅ、とため息をつき、朝露でキラキラしている野原を眺めていると、
ピュルリピュルリピュルリララ
という笛の音が少し先の大きな岩の上から聞こえてきた。
疾斗がそっと近寄ってみると笛の音が急に止まり、笛を吹いていたと思われる男の声が彼に尋ねてきた。
「さっきから風が教えてきたのはアンタのことかい?」
「さあな。あいにく風の言葉を習うほどヒマじゃなかったもんで」
「ハハハッ、アンタ面白いな。男でオレを笑わせたのはアンタが初めてだぜ」
そう言うと、その男は巨岩から飛び降りてきた。
センター分けの紫髪は夏の夜空のような深みを持っている。目は切れ長で少し垂れ気味。服装は動きやすそうな軽装だ。
「そりゃどうも。それよりここで何をしているんだ?」と疾斗。
「見てわからないかねぇ。笛吹いてんのさ」
「は? なん」
「おっと、“なんのため”なんて野暮な質問はよしてくれよ? オレはこの笛の音色で心に空いた穴をうめてんのさ」
興味が薄れてきた疾斗は「はぁ」と適当にあいづちを打って一礼。
「それはそれは。演奏の邪魔をしてしまったようで。それでは!」
「きゅ、急に他人行儀になるなよ〜。オレを笑わせたご褒美だっ。特別に名乗ってやるからよ〜く聞いとけよ?」
面倒くさい男だなと思っている疾斗の気など知らずに男は続ける。
「オレの名はヤルバー=ケドック。人呼んで、『恋笛のヤルバー』さ!」
「へえ、『恋笛のヤルバー』か」
「お、やっぱり知ってるかい? いや〜オレも有名になっちま……」
「知らね」
バッサリと言い放つ疾斗にヤルバーは返す言葉を失ってしまった。しかしそれでもまだ何か喋ることがないか探している様子だ。
「そうだな〜。そうだ、アンタの名前は?」
「知らない人には名前言うなって、お袋が言っ」
「いや、子どもかよッ!? …あ〜、なんかアンタと話してると調子狂うぜ」
そう言いながらも切れ長の目を細めて笑うヤルバー。そしてなおも疾斗の名前を聞こうとする。
「なぁ、いいだろ〜? なんかの縁だからさ」
「……疾斗だよ。倉持疾」
「ハヤトか! オレのことはヤルバーって気安く呼んでくれよな!」
お互いに名前を知ったところでヤルバーがさらに尋ねる。
「ハヤト、アンタひょっとして教都アブソールに向かってんのかい?」
「ああ。でも、なん」
「“なんで分かった?”ってか? 旅の笛吹きの勘さ」
「何でも良いけどその人のセリフ遮るヤ」
「“人のセリフ遮るヤツやめろ”って言いたいのかい? ハヤトが嫌ならやめるぜ?」
「……」