背中押す声
さてさて時は流れ、道すがらにすれ違う人々に場所を聞きながら、どうにかこうにか疾斗はヤルバーとヨンメルが向かったとされる正剣兵団の拠点の目の前までたどり着いていた。
大きな石レンガが積み上げられたそれはまさしく要塞と呼べる代物で、見た者に威圧感を植え付けるには十分すぎるほど巨大であった。そして周りは堀で囲まれており、要塞に入るためには唯一の門の手前にかかるつり橋を渡らなければいけないようだ。
そのつり橋は二人の兵士によって守られている。
疾斗は注意深く身を隠しながらできる限り彼らに近づき、何か有用な情報が出ないかと聞き耳を立てる。
ほどなくして少し小太りであごひげを蓄えた兵士が口を開く。「おい、あのヤルバーという男、何者なんだ?」
それに対して同じく小太りだが髭がなく肌つやの良い兵士が答える。「なんでも団長の昔馴染みだそうだ。俺もうわさ程度しか知らないが、それならここへ来てすぐに団長と面会できたのにも納得だな」
「なるほどなぁ…。しかしヤルバーも胡散臭いが、あの小娘は本当に運供の儀の贄で間違いないのか?」
「それについては世間で贄がさらわれたと騒がれてるから信じるしかないだろうな」
「たしかになぁ…。それで贄は”今日の夕刻に処刑”、で合ってたか?」
「ああ、俺たちはここにいなきゃならんからその場に立ち会うことはできないがな」
ここまで聞いた疾斗の身体は無意識に疾走符を掲げ、次の瞬間には兵士二人を堀の底へ向かって蹴り込んでいた。
ドッボォォォォォォォン
堀は深かったらしく、兵士たちはなかなか浮かんでこない。その様子を見据えながら疾斗が悲痛につぶやく。
「ヤルバー、なんでだッ…?!」
その解答はヤルバー本人にしかわからない。それを確かめるためにも、そして何よりヨンメルの無事を確認しここから助け出すためにも、一刻も早く眼前の要塞へ乗り込まなくてはいけない。
それは理解している。十二分に理解しているのだ。しかし疾斗の足は珍しく一歩踏み出すことをしてくれなかった。確かめたい気持ちより、確かめてしまう怖さがそれをさせていた。またアズーの両親の時のように間に合わないのではないか。その悪しき経験が、ぬかるみのように疾斗の両足にまとわりついて離れないのだ。
「くそッ、こんな時に限って…!」
そんな時、そのぬかるみを取りさらうかのような声が背後から響く。
「がんばれ、ハヤト」
驚き、振り返る。気のせいだった。誰でもなかった。誰でもなく、誰でもあった。これまでの旅で疾斗の中に蓄積された人々とのふれあいが彼の背中を内側から、今まさに押したのだ。
「ありがとう、みんな」
その一声をその場に残して疾斗は駆け出していた。その眼には確かな覚悟が宿っているようであった。




