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贄の運び屋  作者: ニシキメサイコ
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負けない方法

自分に隠された秘密や自分の祖父たちが企んでいた計画を知った今、疾斗の中には自分にはこの状況をどうにかできる力があるかも知れないという高揚感や、自分がそんなことを考えられるのかという動揺、そんなものが渦巻いていた。


そんな疾斗が最も深く考えていたのは八糸の存在の危険性だ。


彼は自分の立場を話したあとで謎の薬物を投与してゴン爺の一部の不都合な記憶を消した。


もし、疾斗が八糸の話を覚えていることに彼が気付いたら、という不吉な想像が疾斗の脳裏をよぎる。


だが、兎(と)にも角(かく)にも、今の疾斗には選択肢がなかった。


記憶があることを悟られないためにはゴン爺と八糸が待つ小屋へ戻らなくてはならない。


そうして修行に勤しむ好青年を演じなくてはならない。


疾斗がやるべきことは多かった。


しかし疾斗が小屋へ戻ると、そのやるべきことをグンッと減らしてくれるありがたい事が起きていた。


「あれ、ゴン爺さん、ヤイトは?」


「ヤイトとな? 誰じゃ、ワシはそんな者知らん」


ヤイトが姿を消し、なんとゴン爺から彼に関する記憶が綺麗さっぱり失われていたのだ。


そこで疾斗は考える。


八糸はいったい何がしたいのか、と。


最初に接触してきたみきピロという男は、「護衆に加わって欲しい」と言っていた。あれは護衆の中で共通の意思ではないのか。


もし八糸や疾斗の祖父が独立して行動しているのだとすれば、こちらに有利に働くことが何かしらあるのではないか。


そういったことを疾斗が考えていると、ゴン爺が、「疾斗よ、おぬしはこれから何をするんじゃったかの?」と問うた。


答えようと口を開いた疾斗。だが、すぐにそれを閉じてしまう。


なぜならその質問は、疾斗自身が一番知りたいものだったからだ。


あらゆることが一遍に起こったせいで彼の容量はいつ溢れてもおかしくないほどに満たされていた。


「正直、もうなにがなんだか…」


途方に暮れて疾斗がため息をつくと、ゴン爺はそれを諫めた。


「これ、疾斗よ。ため息なんぞは吐くものではないぞ」


「そんなこと言われても…」


「ならば質問を変えよう。おぬしが今、一番大切にしたいものはなんじゃ?」


一番大切にしたいもの。この言葉を聞いた瞬間疾斗の頭に浮かんだのはアズーとヨンメルの顔だった。


「仲間の、笑った顔です」


これを聞いて予想通りだったのか、予想外だったのか、ゴン爺が、「それがおぬしの柱じゃよ」と表情を緩ませた。


「柱?」


「人は誰しも柱を持っておる。ある者にとっては地位、ある者にとっては名声…。そしてまたある者は子どもの笑顔、か」


不思議なほどしっくりきたゴン爺の言葉に、自分の心の柱が子どもの笑顔であることを再認識した疾斗は、たった今思いついたことをゴン爺に話し始める。


「ゴン爺さん。俺、アズーのところへ行かなくちゃいけないんです。だからあと2日で俺を鍛えてくれませんか?」


ゴン爺は黙っている。


しかし、しばらくしてやっと口を開いたかと思ったら彼の口から出てきたのは「いや」であった。


「1日じゃ。1日でおぬしを鍛え上げてみせよう」


正直に言って、ゴン爺は気が狂ったのではないかと考える読者もいることだろう。


しかし、この疾斗の目の前にいる老人は正気も正気の大正気であった。


「1日? 1日でどうやって…」


「疾斗よ。絶対に負けない方法とは何じゃと思う?」


疾斗の言葉を遮ってゴン爺がそう問うた。


「え、えっと…。やっぱり『強くなる』ですかね」


「不正解じゃ。正解は『戦わぬ』ことじゃよ」


そもそも戦わなければ負けはない。そう言われてみれば納得しなくもない。


「でもこれからは戦わないことなんて…」


「できぬ。そう思うんじゃな?」


「はい。そりゃまあ…」


そうかそうか、と頷きながらゴン爺は小屋から出て行こうとする。


「え、どこに行くんですか?」


「なに言っておる。おぬしも来るのじゃ」

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