純白のミイラ男
静寂の中、目を開き最初にしたのは左腕の有無の確認だった。
「あ……」
それは、あった。
斬られたはずの左腕はそこに、あるべき場所にしっかりと付いていた。何度か掌を握ったり開いたりするが、そこには一切のラグなんてない。
なんか腕全体に純白の包帯が巻いてはあるが。どうやら腕の再生には成功したらしい。
「おめでとう、君の夢纏は成功した。ひとまず、お疲れさん」
小柳先生は軽く拍手をしながら立ち上がると、俺の左手をぐっと握りしめ、強制的に握手する。
「いえ、こちらこそ……。で、あのこれ、こんなのでいいんですか?」
「なんだよ、冷静過ぎんだろお前」
「あぁ、いえ、冷静というか……何にも考えられないというか……」
「まぁ、そうだろうな。じゃあもっと混乱してもらおう」
そう言うと小柳先生は俺の困惑をよそに、壁面のボタンを押して、地面からスッと巨大な鏡を出現させた。
そこに映るのは当然、俺。
──だが。
そのあまりの風貌に俺は一瞬、息をのんだ。
「……なっ……」
「……まぁ驚くのも無理はないさ。お前の目線からの景色は今までと同じように、透けて見える様にしてあるから、そんなに変化があるようには見えないかもしれないけど、俺から見えているお前はこんな感じなんだぜ」
【ミイラ男】
鏡に映った俺を見た途端、ふと脳裏を過ったのはその四文字。
そこら辺にいくらでもいる男の体の上から雑に、グルグルと純白の包帯を巻きつけただけのその姿は、まさしく漫画に出てくるミイラ男。
きっと小学生でも、見た瞬間に「ミイラ男だ!」と言って逃げ出すような、そんな風貌。
ここで間違えて欲しくないのは、【ミイラ】ではなく【ミイラ男】であるという点だ。
内臓をくり抜かれたり血を抜かれたカラッカラの状態の、所謂ちゃんとした【ミイラ】ではなく、あくまでも、そのミイラがこの世に復活を遂げ再び肉体を手に入れた【ミイラ男】(ちょっと包帯が取れながらも呻き声をあげながらゆらゆらと迫ってくるあれ)が、俺の今の姿である。
「これが、俺……」
「そう、これがお前の夢の鎧、【夢装】だ」
俺の【夢装】。
己の心を、夢を具現化して纏う。夢の鎧。
俺の左腕を治せるという代物で、霧原が着ていた銀色の中世の鎧。
てっきり、あんな感じのかっこいい物になると思ってたんだけど、ミイラ男って……。
「これって、どういう……」
「どういうもなにもねぇよ、それがお前だ」
「……」
なるほど。これが俺か。
霧原は銀で、俺は白。
一位と二位の差はこんなにも離れているという証明とでも言いたいのか。
全く、嫌みなもんだな。
「いや、違う。そうか……」
冷静に考えてみれば簡単な事じゃないか。
夢纏するあの一瞬、俺の想像していたものは間違いなく包帯を巻く霧原──じゃなくて包帯だし、コアから出てきたのは中世の鎧ではなく、純白の帯、差し詰め【純白の包帯】だった。
それが俺の身体へと巻き付いたのだ、そりゃあこんな姿になるのも無理はない。
疑問も晴れた所で、さぁ本題。
「あの、小柳先生。これで俺の左腕は治ったんですか?」
俺を一瞥し、デスクに置いてあるコーヒーを一口啜ると、小柳先生は自慢げに喋り始める。
「あぁ。形だけは、だけどな。残念ながらそもそも【夢装】にそこまでの治癒力は無い。まぁ、霧原は別だけど。
今回のそれは、あくまでも腕の形を形成しただけ、何度も言うが治した訳じゃない。
本来【夢装】ってのは、どうしても対抗出来なかったあのクソ野郎マリスと闘うために作られた夢の鎧なんだよ、造るのだって大変らしいぞ、あんま知らないけど」
なんか、訊いてもないことも言っている気がする(というか大半)な気もするけど、聞いている限り、どうやら形だけは治ったらしい。
「そう……ですか、ありがとうございます。でも、そんな大層な物、俺にあげていいんですか?」
「あげないよ、貸してるだけ。まさか巻き込んじゃうとは思わなかったし、しかも腕を無くすのは流石に不味いかなということで一時的に貸してあげてるだけ」
なんだよこの人、口は悪いけど思いの外優しくていい人じゃないか。そんな人に霧原もあそこまで怒らなくてもいいのに、まったく幼稚な奴だなぁ。
「ところであの、小柳先生これってどうやって解除するんで──ってちょっと、なんで逃げるんですか?」
俺が近づくと、なぜか後ろにこそこそと下がる小柳先生。
「いや、だって……」
「だって?」
「怖いし」
なんだその雑な理由は。
怖いって、この人絶対三十歳は越えてるだろうに。てかまず、何に怯えているんだ。
俺か? 俺なのか? さっきまで普通に話してた筈なんだけど。
「いや、怖いって言われても、解除してもらわないと困るんですけど」
「怖いもんは怖いんだよ!」
また一歩俺が近づくと、今度は発狂したように叫びながら、扉への猛ダッシュを決める小柳先生。
「逃がすかっ!」
ここまで来たら意地だ。よくわからないけど、なんとしてでも解除させてやる。
俺は小柳先生を追いかけるように、思いっきり助走をつけて扉に飛び込んだ。
瞬間、なぜか何もないところで転ぶ小柳先生。
「え?」
一旦口に出しては見るが、俺は既に彼に向かって飛んでおり、現在位置は空中。しかし、その目標はすっころんで本来ならいるであろう位置にはいない。
つまり、その先は虚空である。
──いや、普通に扉である。
瞬きをする間もなく、重機が建物を破壊するかのような衝撃音がこの部屋全体に行き渡る。
そして何故か急に開く扉。
「ねぇ! ちょっと今の音な……え……黒金君──?」
そこから、現れたのは駆け足で来たのか、少し息を仕切らした霧原で。
──その目に真っ先に映るのは、何故か扉を貫通しているミイラ男で。
嗚呼、なんてタイミングの悪い奴なんだお前は。




