はじめての「へんしん」
その青年は、ぼさぼさの黒髪に黒いコートを身に纏い。
室内なのに黒い手袋をはめている。
そして彼は、そんな全身黒一色の如何にも怪しい格好で、こっちに近づいて来た。
「小柳先生、なにが話は聞かせてもらったよ。よ! 私から話聞いてるんだからさっさと入って来てよ」
「うるせぇなぁ、別にいいだろかっこよく登場したかったんだよ! そんな細かい所、気にすんなって。で、その少年の左腕を治せばいいんだっけ?」
「少年じゃなくて、黒金君だけどね」
「はいはい、まったく君は厳しいなぁ」
──な、なに楽しそうに話してるんだこの人達は。
いやまて、別に引くほどのことではないだろう。
この年頃の女性が気軽に話せる男性というのは意外と限られているが、いないわけじゃない。
学校の先生とか、部活のコーチとか、父親とか。
……とは、思ったけど。少なくとも学校の先生では無さそうだな、残念なことに彼の姿を見るのはここで初めて。
となると、霧原の通っている塾の講師という可能性は有るかもしれないが……お父さんという可能性も無くはないのか。
いやまてまて、さっき小柳先生って言ってたからそれはない。
でも知り合いであることは確実だろう。
あの才女感溢れる霧原が、あんなにフランクに話しているのがその証拠だ。
──と言うか、あの人さらっと「俺の左腕を治してくれる」とかなんとか言ってなかったか。
容姿で人間を決めつけるのはダメだとはわかっているが……あんな人が本当に治せるなんて到底思えないなぁ。
切られて直ぐ氷漬けにした左腕をくっつけるならまだしも、消えてしまった腕を元に戻して、治して見せるなんて聞いたことすらない(当たり前だ)。
「おい、黒金君だっけ? 聞いているのか!」
「はっ、はい」
──あぶねぇ、この人なんか話してたのか。
「あーもうこの調子じゃ聞いてないな、もっかい説明しなきゃいけねぇじゃねぇか、めんどくさい」
「あー。すっ、すみません!」
「こーらー、ちゃんと聞いてなきゃだめでしょ! 黒金君!」
「は、はい……」
二人揃って、そこまで怒らなくってもいいじゃないか。
◇◇◇
小柳先生とやらは俺の横に腰を掛けると何か大事なことが書いてありそうなファイルをプラプラと取り出し、話し始めた。
「さっきも言ったとおり、俺は今からお前の左腕を元の形に戻してやる」
「はぁ……」
「はぁ……。じゃなくてだな、治してやるってんだよ。まあもちろん無料でもないし腕も完全に戻るわけじゃあないけどな」
そういうと小柳先生とやらは俺のほうにさっきのファイルから取り出した何かの資料を渡してきた。
「そこに書いてあるのは、お前……じゃなくて黒金君の身体データだ。君が寝ている間に勝手に採らせてもらった」
悪いね、と浮かべた笑顔は差し詰めマッドサイエンティスト、悪の科学者だ。
なんだこの人。全くキャラがつかめない。
いや、掴めたところでどうしようもない事はわかるのだが。
「勝手に連れて行ったと思ったらそんなことしてたの!?」
「いやだから必要だったんだってば、仕方ないんだよ。も―まったく君は厳しいなぁ」
「あの、話を」
仕方なく遮らせてもらう。
というか俺の身体のデータについてのことでイチャイチャしないでもらいたい。この場にいる俺はどうすればいいのかわからなくなる、本当に。
「おぉ、悪いね。話を続けよう、取り敢えず君には夢を纏う資質がある。だからこそ身体データが必要だったんだ」
「夢を纏う? ってどういうことなんです?」
俺の口から出た、そんな誰もが抱くであろう質問、疑問に、霧原が小柳先生に代わって唄うように答えた。
「夢を纏う、それすなわち夢纏≪むてん≫。腕に取り付けた夢核に夢板を差し込み己の夢を具現化しそして纏うこと。それは己の傷を修復し、マリスに対する唯一の対抗手段となるだろう」
「まぁそういう事!」
「いや、全然分からないんですけど」
唐突な霧原の詠唱はさておき、小柳先生のドヤ顔サムズアップには正直少しイラっと来てしまった自分がいる。
「あれでわかんないのか? 君本当に学年二位?」
「先生やめなさい。私が実演した方が早いわ」
俺への煽りを叱ると霧原はこれまたスカートのポケットから謎のデバイスを取り出し、腕時計よろしく自身の左手首に嵌めた。
「未来、今はまだ夢纏しないほうがいいんじゃねぇの? 疲れてんだろ。さっきまで黒金君の上で寝ていたぐらいだし」
「あ、ちょっとなんでそれを! もしかしてずっと見てたの? そうなのね! って、ちょっと待って、その憎たらしい顔はまさかあれも見てたの?」
「さあねー、俺はしらん。あ、黒金君とりあえずいま彼女が取り出したのが夢核ってやつね」
「あー! 話逸らそうとしてるでしょ! もう知らない!」
と、散々イチャイチャしたあと、顔を真っ赤にして霧原は部屋を出てしまった。
何なんだこの人たちは。
もう話がまったく入ってこない以前の問題だ、霧原の意外な一面どころか霧原のかわいらしく怒っているところまで見てしまった。
しかしこれは大量だぞ、これで悪評を広めてしまえばきっと霧原は……じゃなくて今は俺の左腕について聞くんじゃないのか! 落ち着け俺。
「あーあ、未来の奴せっかく人が来たってのに出て行っちまいやがった。まぁ話しやすくなるからいいんだけど」
小柳先生は小さく呟くと、俺に向き話を続ける。
「で、さっきの話の続きなんだが、君の夢を纏う素質によって君の腕を戻してやろう」
「あの、だから夢を纏うってどういうことなんですか?」
「うーん。あーめんどくせぇ!! もう説明は後だ!」
「は? いやちょっと!?」
座っているソファが倒れんばかりに仰け反り、ヒステリーじみた叫声をあげると、小柳先生は俺の右手を強引に掴み、その手首にさっき言っていた夢核と呼ばれるものを固定した。
「痛っ、何するんですか!」
「大丈夫防水だから!」
「そんなこと聞いてないです! これ……ってあの全然取れないんですけど!」
なんですでにお風呂に入る時の心配してるんだよ。
そんなことより、夢核に歯を立てて引っ張ったり、遠心力で振りほどこうとしても微動だにしない。寧ろこちらの手が取れてしまいそうな具合である。
もしかしてこれって一回取り付けたら一生取れなくなる系統のものだったり……。
「当ったり前だろ、むしろ取れたりなんてしたら逆にあぶないわ」
「そんなもの、なに勝手に付けてるんですか!」
「いやいや、付けないと左手治せないし、そんなことで泣くなよ。あとで腕時計型にするやり方教えてやるから今は落ち着け、めんどくさい」
急に冷静に返してきた小柳先生の言葉に俺は黙ることしかできなかった。
あと泣いてない。
「よっし黙ったな。あとはこの夢板を夢核のホルダーに差し込んで閉じれば終わりだ。ちなみにこれはお前専用だから他の人には扱えないようになってる。質問はあるか?」
「質問っていうか……そんな簡単な手順でいいんですか?」
もっとこう謎のコードだらけの部屋に連れていかれて、最新のバイオテクノロジーで強制的に人間の再生能力を活性化させる薬だとか、そういうのを使って再生させられるのかと思っていたけど……というかそういうSFチックなことを少しは期待していたんだけど。
誰にでもできそうな手順二つで腕が治るなんてそれこそ夢のような話だ。
期待外れというか、なにか腑に落ちない。
「あー、まあ多少の痛みはあるだろうけど、基本的にはそれだけだぜ。というわけで行きますか」
「もう行くんですかって! いやちょっと、まだ心の準備がっ!! ああああああぁぁぁああ!!」
小柳先生はまた、その細身のどこからそんな力が出るのかと言うぐらいの力で俺の手を掴み直し、夢板を夢核に無理やり押し込んだ。
刹那、体中に稲妻が走った。
腕から放たれたそれは脳ミソをぐちゃぐちゃに駆け巡ると、全身を亀裂が入る程の痛みで抉ながら、暴れ狂う。
その痛みに奥歯をひび割れんばかりの力で噛み締め、耐える。
耐えるがしかし、痛みは一向に治まる気配がない。寧ろその痛みは段々エスカレートして行っているようにも感じる。
「あぁ、そういや言うの忘れてたわ。なんでもいいからイメージしろよ! 自分の左腕が治る様子をイメージするんだ! そうしないといつまで経っても修復しねぇぞー。じゃあ俺はコーヒーでも飲んでるから」
「ぐっ……」
先に言えやぁぁぁ! なんて口に出して突っ込んでる余裕は一切ない。
コーヒー片手にゲーミングチェアに腰を下ろした小柳先生を横目に、俺は思考する。
畜生! イメージ、イメージするんだ自分の左腕が治る様子を……。
ってそんな簡単に出来ねぇよ! そんな非現実的なことが想像できるわけがないじゃないか! 腕が取れるなんてそんな体験したことないんだよ! 今回が初めてだったんだぞ。
あーくそ! なんかないのか、自分の腕が治る想像ができるものって。
──腕を治すったってそんなの手術ぐらいしか思いつかねぇ、あぁ手術と言えば病院か。
あ、そういえばあの憎き霧原は俺の為に、看病してくれたんだっけ。
確か、俺の上に乗ったリ、包帯巻いたり……。
──包帯だ!
そうだ! これならいけるぞ、イメージ、俺の左腕に包帯が巻かれて行って。
巻いた箇所からじわじわと腕が再生していって。それがいつの間にか俺の体全体を包んで……。
──途端、コアから大量の包帯? が溢れ初め、それが螺旋状に身体を包んでいく。
「おっと、結構早いね、いいじゃんいいじゃーん。じゃっ、最後にカッコ良く夢纏って言ってみようか」
何で俺がこんなになっているのに、この人はこんなにおちゃらけているんだと、かなり苛ついたが……いいさ、この際だ。
──言ってやるよ。
「夢纏」
『coating complete』
次の瞬間、夢核から響く電子音とともに俺の周りを螺旋状に回転していた純白の包帯が一気に収束し、俺は初めて【夢を纏った】。




