第63話「淡紅色の喫驚」
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「ねぇ、いつまで寝てる気?」
アッシュではなく少女の声が枕元から降ってくる。吃驚に瞼を持ち上げ、声のする方へ顔を向ければ、アリスさんとレノスが私の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、ございます」
「全然、驚かないとかつまんないんだけど」
いや、とても驚いているのだが、それを表情に表せないだけなのである。瞬きを繰り返してからアッシュの姿を探すも見当たらなかった。
「アッシュは……?」
「さぁ、外に行ったわよ」
「二人はどうしてココに?」
「アシュリーが入っていいって言ったから」
私の傍に人を近付けるだなんて彼にしては変わった行動である。疑問符を浮かべながら彼女を見据えてると、彼女も此方をジッと見据えてきた。視線が絡み、なんとも言えない空気が流れる。小首を傾げていると、寝室の扉が開いた。
「おはよ、椿」
「おはよう」
「お腹空いたでしょ? 椿の好きそうなお店を見つけたから行こ? 二人はとりあえず出てって。椿は着替えたらコッチに来てね」
「分かった」
穏やかな笑みを浮かべた彼が二人を引き連れて出て行く。制服を身に付け終わると、再び扉が開いた。
「今日はどんな髪型がいい?」
「任せる」
ベッドに座るよう指示され、大人しく従う。今迄通り髪を弄るアッシュの手は優しかった。彼が膝立ちしたことでベッドが揺れる。すぐさま髪を結い終わった彼は、私に鏡を差し出してきた。
「動きやすくていいでしょ?」
「うん、可愛い」
サイドの髪を三つ編みにしカチューシャのようにしてピンで留めている。残りの髪は全て結い上げられ、ポニーテールになっていた。微笑を浮かべるのはアッシュ。私の表情筋は動かないが、彼には私の気持ちが伝わっていた。
「珍しいね。キッチンがあるのにアッシュが作らないのって」
「今日で帰るんでしょ? だったら家で好きな物作ってあげた方がいいかなって。おすすめの店もいくつか聞いたし。アリスに不老不死の話は聞くの?」
「一応聞くけど……戻り方が分からないんじゃ、分かるわけがないよね。それに……マイヤーさんが何の為に私と接触を持とうとしようとしたのかの方が分からないし。帰る前に確かめるなら、そっちかな。不老不死は、この国では見つからなさそうだし」
別段、諦めたわけではない。それでも燃え尽きたかのような症状が私を襲う。それとこれとは話が別だが、マイヤーさんに無理矢理話を聞こうとするよりも、少しずつ距離を縮めて行った方がいい気がした。
「そう。じゃあ、椿が朝ご飯食べ終わった後にでも合流出来るように話を付けてくるよ」
「珍しいね。アッシュが自分からなんて」
「今はローブもないから、あんまり危ないことをして欲しくないんだ」
「ごめんなさい……」
自ら捨て去ったローブに想いを馳せる。申し訳なさが身体を這い、私の心を深く沈めた。そんな私を彼は優しく抱きしめてくれる。「またあげるから気にしないで」との言葉に涙腺が刺激された。
「泣き虫」
「返す言葉もございません」
目元への口付けに反射的に目を瞑る。引っ込んだ涙に「もう大丈夫でしょ」と言われれば、頷くしかなかった。




