第62話「紅梅色の女心」
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「成る程、悪魔にも人間みたいなコミュニティがあるのね~、話には聞いてたけど面白いわぁ」
「全てを思い出してアイツの行動の意味が何となく分かった。チェスターは……まぁ情か何かだったんだろう」
「世界を守りたいってのは嘘じゃないわ。だってあの子は一回世界を壊しかけてるもの」
「恋人だったのか?」
「さぁ、でもあの子達は〝刹那〟に耐えられなかった。その結果、人生を違えてしまったけれど……それはそれで運命だったのよ。こればかりは外野にどうにか出来ることじゃないわぁ」
不幸を辿ったのなら俺が知り得る必要はない。俺に必要なのは人を愛するという刹那的な幸福なのだから。
「さっきの話、リアちゃんにはしてないんでしょう?」
「当たり前だ。伝えるのは椿の心が成長してからだ。不老不死がなくてもいい、そう言ってくれたら俺は……」
「多分、悪魔君が言ったら彼女の旅は終わるわよ?」
「終わるわけないだろ。アイツは凄く頑固なんだから」
「女心ってやつを分かってないわねぇ、そんなんだから不安がって〝時間〟を欲しがるんでしょ?」
不安がる、とはなんのことだ。彼女はもう不安など感じていない。にも関わらず、怒ったように顔を顰めるクリッシーに俺は首を傾げた。
「いいから、さっきのを伝えてプロポーズしちゃいなさいよ」
「何言ってんだよ。てか、お前聞いてた話と随分違うな」
「なんのことかしら?」
「花を手折るのが好きらしいけど?」
「そのことねぇ、花を手折るのは好きよ。だって幸せでしょう?」
意味が分からない。やはり物騒な思考の人間というのは一定数存在するようだ。椿が起きる前に殺してしまおうか、と思っていればカルロスがクツクツと笑っていた。
「悪魔、マイヤーの言葉を真に受けていたら身が持たないぞ」
「は?」
「彼女は魔女嫌いなんだ」
「どういうことだよ」
「つまり〝魔女なんかにならず女として幸せになって欲しい〟と思ってるんだよ」
意味が分からない。二人の顔を見比べていると、今度はカルロスの顎を捕まえるクリッシーがいる。彼女がデスクに腰掛け身を捩る様は、確かに妖艶だった。しかし、魅力を感じるかといえば別である。冷ややかな眼差しに笑みを浮かべるのを眺めていれば、分かってやっているだろうことが分かった。
「〝手折りのマイヤー〟などという二つ名だから勘違いされがちだがな。彼女は女性に女としての幸せを手に入れて欲しいと思って魔女をやめさせるんだ」
「なんでだ?」
「ウィッカって損をするのよ。天使も死神も見えるのに願いを叶えて貰えないなんて損じゃなぁい?」
やはり何を言っているかが分からない。なんて返すべきなのか思惟していると、彼女はそのまま話を続けた。
「まぁ、それを悪魔君に言っても分からないでしょぉ? 兎に角、アタシが言いたいのはね。これだけ大勢の人を巻き込んだから、帰るまでにプロポーズしなさいよってことよー」
「それは俺の勝手だろ」
「アリスちゃんって頭に付けるものなら何でも作ってくれるのよぉ」
「だからなんだ」
「一個ぐらいいいわよね?」
「好きにしろ。どうせアイツに今依頼はないだろ」
「ところで、俺を無理矢理呼び出して脅した理由ってなんだよ」
「確認よ、確認」
「確認?」
「そう、メルキオールに嵌められたってのが腹立つのよねぇー、でも貴方達が幸せになるのは大歓迎よ。リアちゃんを魔女じゃなくしてあげて」
「……言われなくてもそうするよ」
「あと、悪魔君って、リアちゃんをショッピングに連れてったことってないでしょ?」
「あ?」
「連れてってあげて。女の子はそういうの好きよ」
「分かったよ」
今日、引っ張り回してたのは椿の為か。と思い、疲れ切った彼女の顔を想起する。違うな、と思ってから扉を開けると、カルロスに引き止められた。
「不老不死はもういいのか?」
「椿はそうみたいだね」
「そうか。じゃあ帰るのか?」
「いや、やりたいことがあるからな」
そう言い残し、扉を閉める。暗い廊下を歩んで椿の部屋に戻れば、穏やかな寝顔の彼女がいた。




