第60話「桃花色の密会」
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「主の言うことしか利かないかと思ったら意外と融通が利くのね~」
「アレは脅しだろ」
皆が寝静まった午夜、俺はクリッシーに呼び出され、昼間通されたカルロスの部屋を訪れていた。
部屋、といっても仕事をしていたあたり執務室か何かなのだろう。軍の人間は寝泊りも此処でしているらしく、レノスとアリスもこの階に住んでいると言っていた。
「椿にも話してないのに何で知ってるんだ」
「交渉するならもう少し上手にやらないとダメよぉ」
「触るな」
人差し指と親指で顎を引かれる。すぐさまその手を振り払うと、余裕の笑みを浮かべるクリッシーがいた。
カルロスはといえば、相変わらずの鉄仮面でデスクにのさばっている。俺の視線にも知らぬ存ぜぬを通す様が気に食わなかった。
「チェスターといい、お前といい、なんなんだお前らは……俺達の仲を引っ掻き回して何が楽しい? アリスの話もそうだ。どうせ鏡の中にいる時しか作用しない〝不老不死〟なんだろ」
「あらぁ、さすが悪魔君~、ご名答よぉ。でもリアちゃんも気付いていたみたいだけどね」
「知ってる。これは椿から聞いたことだ」
「〝直接〟?」
「いや」
「そういうのって趣味悪いわね」
「昼間はロマンチックって言ってたのにか?」
「アレはリアちゃんに魔女を辞めさせたいから言ってみただけよ~、他人に心を覗かれるだなんて冗談じゃないわぁ、企みが全部バレちゃうじゃない」
「それで、その企みとやらはなんだ? それとも三賢者は俺達に構っていられるほど暇なのか?」
「随分と久しいわよね。二つ名持ちの魔女が現れるのは」
「そうみたいだな。ところでカルロスには聞かれていい話なのか?」
「俺のことは気にするな。この国で行動を起こす時は何一つ隠さず報告しろ、という条件にしているからな。報告を怠る方法として思い付いたのがコレらしい」
「そうか」
盗み聞きは趣味が悪いと言っていたくせに、見せるのはいいのか。日本で液晶画面に向かって叫んでいた時から思っていたが変な女だ。
「話を続けるわね。薔薇十字団は団の名称に因んで、力の強いウィッカに二つ名を継承させることがある。リアちゃんの場合は〝カメリア〟ね。でもあんな若い子におかしいと思わない?」
「何が言いたい? 継承には三賢者の署名がいる。許したのはお前らだろう」
「だからおかしいのよ」
この女が何を言いたいのかが分からない。睥睨を向け先を促せば、眉を顰めた彼女が厚ぼったい口唇を開いた。
「私はサインした覚えはないの」
「どういうことだ」
「つまり私以外の誰かが書類にサインし、異世界へ渡る為の通行証を渡した。じゃあ誰が何の為にそんなことをしたんだと思う?」
「意味が分からない。あの頃の椿は……確かに魔力は強かったけど利用するほどの価値なんて……」
「そう。でもね、最近答えが分かったのよ」
「どういうことだ?」
「犯人はメルキオール。彼はバフォメットと協力して彼女にカメリアの称号を与えた。何故だと思う?」
「そのバフォメットって……」
「メルキオールはクレイグと呼んでいたわ」
あの二人は本当に色々としてくれる。何をそんなに画策する必要があるのだ。お陰で椿を無駄なことに巻き込む羽目になってしまったではないか。けれども彼女が〝カメリアの君〟であった為に三賢者全員に会うことが出来たのも事実だ。恨むべきなのか、感謝するべきなのか。
それでも自身のことを知ることが出来たのは僥倖だったのかもしれない。椿と向き合うことが出来たのに関しては感謝しかなかった。
「全ては貴方の封じられていた〝記憶〟を呼び覚ます為だったのね」
「……封じられていた記憶は二つ。俺がバーゲストになる前の記憶、つまり子犬として産まれ新しい墓が出来る際に殺され埋められた記憶だ。そして、それをエノーラが知っていて、俺と主従契約を結んだという事実。
エノーラは少し特殊だった。輪廻転生した魂が記憶を持ったまま次の人生を生きることが出来たんだ。俺を殺したのは前世のエノーラの父親、その罪滅ぼしに彼女は俺を墓守から解放し、自由にさせようとした」
「けれども悪魔君は想像以上に主に傾倒してしまった。全ては、そこから始まったのね」
チェスターに無理矢理眠らされ思い出した記憶を想起した。彼女との思い出は、どれも程度が過ぎる。
追憶はいつも優しくて痛い。無意識に眉を顰め、腕を摩る俺は、未だ呪縛を昇華出来ていない事実を思い知った。




