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椿の花が枯れるまで【ノベル大賞2次落選作】  作者: 衍香 壮
第2章「心を侵された二人と奇病探偵」
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第28話「深緋の覚醒」

「……ウィッカなんだから飛ぼうよ私」


「椿!?」


「アッシュ」


「良かった」


 私が倒れてからずっと腕に抱いてくれていたのだろうか。身体を抱き起す間もなく抱きしめられる。息苦しさに彼の背を叩いてみるも、離してくれそうにも無かった。


「問題は無さそうですね」


「イッカ」


「少し脈を診てもいいでしょうか?」


 アッシュの背中越しに会話する私達。そっと手首を握るイッカに為されるがままにされていると、アッシュが恨めしい声を発した。


「いつまで触ってんだよ」


「安否確認をしていただけですよ。目も濁っていませんし……頭痛、吐き気、目眩等、変わったことはありませんか?」


「ないと思う」


「なら良かったです。強制的に眠りについて貰ったので、人によっては副作用があるのですよ。では元の世界にお帰り頂いて結構ですよ。僕もこれから治療を始めなければいけないので、構っていられなくなるでしょうし。ツバキさんも早く帰って調べ物なりしたいのではないですか?」


「そうね」


 三賢者の容姿を知れただけで大収穫である。ディランの時のように、老人にも関わらず見た目は少年だった、ともなれば見つけるのだけでも一苦労だ。三〇前後という点や乳香を名乗っていたあたり、壮年の姿の賢者と見て間違いないだろう。美人が好きということは、美人の多い国を絞って渡ってみるのがいいかもしれない。


「ふざけんなよ。お前のせいで椿が……!」


「アッシュは黙ってて。ところで、私はどれくらい寝てたの?」


「二日丸々寝てたんだよ!」


「嘘」


「嘘じゃない! 滅茶苦茶心配して……」


 慌てて懐中時計を確かめる。時刻は日本時間にすると八時数分前、つまるところ急いで戻らないと学校に遅れてしまうのだ。


「アッシュ、帰るよ」


「俺の話聞いて!? どんだけ心配だったか……」


「説教は後! 遅刻する!」


「こんな時でも学校の心配かよ!?」


「当たり前でしょ。こんな時の為に制服で出歩いてるんだから」


「俺の話ちょっとくらいは聞けよ」


「心配かけてゴメンね」


「雑! しかも思ってない! 俺には分かるんだからね!?」


「はい、黙って。捕まって。ダッシュで帰るよ」


 色々と物申したいことはあるようだが、今はそれどころではない。私は立ち上がると魔法を使うべく何もない空間に手を出した。徐々に青い光に包まれていく。レ―ヴィは驚いたように目を瞠っていたが、イッカはいつも通り人好きのする笑みを浮かべていた。


「ツバキ、貴女の望みが叶うかは分かりません。でも願うことに意味が無いと言うことはないと思います」


「イッカ?」


「悲劇はいい。喜劇より愉しく、残忍で、残酷で、美しい。酔いしれて佳麗なまま死ぬというのは素敵ですよね。でも貴女は悲劇のヒーローでもヒロインでもない。素敵に死ぬことが叶わないなら、素敵に生きましょう」


 言葉を返すことは叶わなかった。転送が始まってしまえば私の手には負えないのだ。それでも彼の紡いだ最後の言葉が胸に傷跡を残す。恐らくコレが今回の旅で得た〝お土産〟というやつなのだ。


「椿、帰ったら覚えておいてね」


 説教のお土産など持って帰りたくない。それでも置いていかれることを嫌う彼にとって、この二日間は、よっぽど怖かったに違いないのだ。それを思えば、笑い飛ばすことなど出来なかった。


「大丈夫。忘れて(・・・)ないよ。不安にさせてゴメンね」


「反省してよね」


 いつも繋がってるだけあって、今回繋がりが切れてしまったのは予想外のアクシデントだった。繋がりというのは依存心を高めるのかもしれない。相手のことが分かるという矜持は、思っている以上に濃厚な余波を残すのだろう。


「独りにしないよ。また調べものが終わったら行こうね。私はアッシュを残して逝ったりしないから」


 出来るのなら生きていたい。彼と共に生きていたい。けれども、探し物が見つからなければ心中も同義である。


 そうならなければいいと願う未来に何が在るのだろう。少なくとも今は不安しかなかった。

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