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椿の花が枯れるまで【ノベル大賞2次落選作】  作者: 衍香 壮
第2章「心を侵された二人と奇病探偵」
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第14話「銀朱の口付け」

「でも不死ではないのね」


「おや、興味が湧きましたか?」


「少し」


「椿!」


「アッシュ、お座り」


「俺は犬じゃな……犬だけど!! 犬だけどそういう犬じゃない!!」


 何を言っているか分からないが、どうやら彼にも主張したい事柄なるものがあるらしい。私は、それを無視し少年を見据えた。


 この世界には〝奇病〟なるものが存在する。ピーターパン症候群は五~十四歳の間に成長が止まる病。死期が不明の為、治さないと寿命ぶん生きられるか分からず、その逆に人の寿命を超えて生きることもあるそうだ。故に発病者は、いつ死ぬともしれない恐怖と戦わなければならない。先程、彼は実年齢を二十六だと告げていたが、この貫禄は三十路手前で現れるものではないだろう。私は逡巡し、やがて開口した。


「そちらの彼は?」


「彼は、レ―ヴィ・ユリネン。僕と同じ併発患者で夢遊病と醜いアヒルの子(パティート・フェオ)症候群(シンドローム)を患っています」


「パティ……?」


「〝醜いアヒルの子〟は、ご存知ですか?」


「醜いと言われ続けたアヒルが実は白鳥だった、ってやつだよね?」


「はい。醜いアヒルの子の症候群は、幼少期、容姿が醜かった子供がかかる病で、成長するにつれて美しくなっていく病なんです」


 この国を訪れるにあたってある程度〝奇病〟について調べたつもりではいたのだが、つもりはつもりだったようだ。黙って耳を傾ける私に、少年は親切にも説明してくれた。


「そこだけ聞けば『なんだ綺麗になるならいいじゃん』と思いますよね。実は、そうでもなくて、それはもう整形レベルで変わるんですよ。肌の色、目の容、それこそ骨格までね。そして身の回りの人間は患者を受け入れられなくなる。当たり前ですよね。容姿が変わってしまうのですから。そして患者は親や友達に認識して貰えないことから精神を病んでいく。精神を快復し、住む土地を変えても、容姿のせいで厚待遇を受けるものだから、人間不信に陥りやすくなるんです。

 そしてここからが醜いアヒルの子症候群の最大の特徴です。一度は美しくなった容姿も、歳を経るにつれて醜く戻っていくのです。戻っていくのなら、まだいいのでしょう。中には人の容をしていない者もいます。故に、この病は早く治すべきなんです。再び醜さに怯える生活なんて恐怖以外の何物でもないですからね。因みに劣化の時期には個人差があるんです。彼も明日にはゾンビのようになってるかもしれませんね」


「そういうこと言わないでよ!? ただでさえも毎日恐怖なんだから!?」


「レ―ヴィ、ご挨拶は?」


「うっ……アレまだやるの?」


「当たり前でしょう」


 なんだか母と子のようである。私は目の前に立った美青年を、まじまじと見つめた。彼は居心地悪そうに切れ長の目を逸らすと、再び緋色の眼差しを向けてくる。銀に近い金糸は絹のように滑らかだし、手触りがとても良さそうだ。レ―ヴィは私と目が合うと、覚悟を決めたかのように息を呑んでいた。


「失礼」


 そう言ったかと思えば左手を取られる。彼が自らの方へ引き寄せたかと思うと、次の瞬間、美しい顔が降りてきた。


 疑問符を浮かべていれば、手の甲に柔らかなものが触れる。スッと遠ざかる淡い温もりを目で追っていると美しい微笑が降り注いできた。


「貴女のような美しい女性に出会えて、俺は幸せ者です」


 普通の女性なら顔を真っ赤にするところなのだろうが、生憎、私の心は全く揺らがない。沈黙と共に気まずい空気が流れたかと思えば、先に赤面したのは美青年の方だった。


「え、えっと……ご、ごめんなさい!!」


「え、いや、だって挨拶なんでしょう?」


「そう、なんですけど……これはイッカが……」


「君は、あと一押しが足りないんですよ。美しい顔で虜にしないで何を使うんです。取り得なんて顔くらいでしょう」


「酷い!! 酷いよイッカ!!」


「はいはい。早く慣れてくださいね」


 すぐさま落涙する彼は子供のように泣きじゃくっている。それを気にする様子もない少年の姿に、ああ、いつものことなのか、と溜飲を下げた。


「コイツに触るな」


「アッシュ」


「そんなに警戒しなくても、もうしませんよ。レ―ヴィは女性慣れしてなくて、このままじゃ目を離した隙に食べられちゃいそうなので、まず女性に挨拶をすることから慣れさせている最中なんです。所謂リハビリってやつですね」


「それリハビリなの?」


「ええ、荒療治ってやつです」


 本当にそれで治るんだろうか。疑問符を浮かべていれば、その間にアッシュに抱き込まれていた。離して欲しい、との意思表示に胸元を押すも、離す気は更々ないらしい。毛を逆立てた猫のように威嚇する様に溜息が漏れた。彼は、どうにも過保護過ぎる。


「早く治してやればいいだろ」


「残念ながら奇病は併発してしまうと治せないんです」


「どういうこと?」


 眉を顰めて訊ねる。さすれば、これ幸いとばかりに莞爾として笑う少年がいた。

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