第8話 グルコースとクエン酸
今回は22話までの公開です。よろしくお願いいたします。
四月十一日木曜日午後四時三十分。
三脚の上、セラミック付き金網に載せられた三角フラスコ内が沸騰し始めた。
これは理科実験道具で紅茶を入れる工程のひとつ。
つまりはまあ、学園探検部のいつもの光景だ。
入学式から僅か三日後、既にここに慣れてしまった自分が悲しい。
「今日はグルコースとクエン酸がいる人はいるですか?」
「私は自分でいれるからいいぞ」
「私はグルコース一匙、自分で入れますわ」
「僕もストレートだからいい」
勿論紅茶の葉っぱ以外は全部薬品庫から調達した物だ。
グルコースとはいわゆるブドウ糖。
なおクエン酸はレモン代わり。
間違えて小さじ一杯なんて入れるととんでもない味になる。
二日目の僕のように。
僕はその後紅茶をストレートでしか飲めなくなった。
無論この部屋限定だけれども。
よい子は決して真似しないように、トラウマになるからな。
「さて、早速だけれど土曜日に地下道体験会をやろうと思うんだ。いいよな」
「待っていたのです!」
早速佳奈美が飛びつく。
「ただ体験程度でも最低限の装備は必要だ。それで明日の放課後、街に買い出しに出かける。百円ショップで買えるものを買って、残りはホームセンターで揃える。全部込みで一万円はしない。大丈夫か」
「大丈夫ですのよ」
「私も大丈夫ですわ」
「僕もなんとか」
一応教科書代や着替え等購入費として家からそこそこ貰ってきている。
一万円位なら何とかなる額だ。
「行きは保健の香取先生の車に乗せて貰う。これは既に交渉済みだ。
帰りは駅からタクシーの予定。これは多分三千円ちょっとで、1人九百円あれば余裕で足りる。これを含めて一人一万円予算になる訳だ」
うん、それなら買い出しにも行けるな。
僕らは頷いて同意を示す。
神流先輩はそれを見て、印刷済みの紙を僕ら三人それぞれに配った。
「これがこの学園の地下道を体験するのに必要な装備一覧だ。あらかじめイメージしておけよ」
どれどれ、僕ら三人は早速プリントに目を通す。
○ ヘッドランプ
○ ヘルメット
○ 雨具上下
○ 長靴
○ 軍手
○ ゴム手袋(分厚い物)
うん、雨天決行という感じの装備だな。
「何か水がたまっていたりする場所があるんですか」
「それもあるし、上から水しぶきが落ちてきている場所もある。あとは汚れ防止というところだな。この格好なら多少汚れても気にならないだろう」
なるほど。
「今回はお試しコースだからガイド用のタコ糸やザイル、ハーケン、ボルト、ハンマー等の登攀具はいらない。まあ登攀具は先輩が残したものがあるけれどな。
あと場合によっては武器も必要だ。でも今回はいらないだろう」
「何で武器がいるんですか」
「今回はいらないから気にするな」
おいおいおい。
「きっとゴブリンでも出るのですよ」
いやそんなの現実にいないから。
「洞穴ですとゴブリンよりオークとドワーフですわ」
雅もだいぶ違うから。
さて、雅のことは最初は石動と名字で呼んでいた。
でもそのたびに、
「雅と呼んで下さいと言ったはずですわ」
と何回も言われたので雅と呼ぶようになった。
そして雅は僕の事は名前で朗人さんと呼ぶ。
この件でも教室では大分言われた。
でも今日の昼には誤解も解けてきたように思う。
雅が強烈天然系である事はクラスの皆さんも既にご承知だし。
神流先輩も律化と呼んでいいのよと言われている。
でもこれは断固として神流先輩で通す予定。
そうでなくても何か誤解を生んでいる今日この頃だ。
無用な誤解は最小限にしたい。
さて。
「初めての探検わくわくなのです。カメラマンさんと照明さんも欲しいのです」
「隊長はその後から入るのですわ」
佳奈美と雅は妙な感じで盛り上がっている。
それはテレビ番組の探検隊だ。
しかもネタが四十年くらい古い。
何でお前らそんなの知っているんだ。
僕もだけれど。