第9話 先輩の特権
金曜日七時限目の眠くて長い古文の授業。
その終わりを告げるチャイムの音が高らかに鳴り響いた。
さて今日は買い出しだ。
さっさと教室を出ないと面倒な事になりかねない。
僕は雅より佳奈美より早く教室を出る事を心がけている。
昨日からだけれども。
その方が面倒な事案が起こらない事を学習したのだ。
万が一何か起こっても教室内より廊下での方が被害が少なくて済む。
どうやって誤解を解こうか苦心する朝はもうたくさんだ。
そう思ったのだけれども。
「朗人く~ん、早くお買い物、いこ!」
いきなり教室出口からそんな声がする。
おい何なんだ。
見るとすらっとした長身の一見美人に見える女子が出口から僕の方を見ている。
言うまでも無く神流先輩だ。
教室内の視線が怖い。
「今度は先輩に手をつけたのか」
「同好会の買い物です!他意はありません!」
交野に白い視線で返された。
僕はとっさに助け船を求めて雅の方を……
奴め、既に教室を出ていやがる。
「本当に同好会の買い物ですから」
「お買い物したらお食事して帰ろうね」
こら先輩、ダメ押しするな。
「そうやって普段と違う口調まで使ってからかうのはやめて下さい」
「えーっ、昨日約束したじゃない。お買い物してお食事しようって」
「食事までは聞いていません」
あ、何かだんだんまわりの視線が辛くなってきた。
「あくまで同好会の買い出しですからね」
「ごゆっくり」
交野に非常に抑揚のない声でそう言われてしまった。
視線がかなり厳しい。
うん、これ以上この場で傷口を広げるのは避けよう。
とりあえず現場離脱だ。
僕は速やかにカバンを手に持ち。
そして逃げるように教室を後にする。
逃げるように、というのは違うな。
今回は本当に逃げたのだから。
「はあー」
ため息一つ。
「どうした。ため息をつくと幸せが逃げると言うぞ」
ため息の原因の口調はもう元に戻っている。
「誰のせいですか、誰の」
「後輩をからかうのは先輩の特権だ」
「そんな特権使わないで下さい」
そして後ろをそしらぬ顔でついてきている二人にも一言。
「雅も佳奈美もああいう場合、少しは助けて下さいよ」
「いえ、お取り込み中に口を挟むのも失礼かなと思いまして」
雅さん、そんな心遣いは別の場合にして下さい。
「とりあえず面白そうだから観察していたのです」
佳奈美は完全に有罪だ。
まあそれが確定したところで言い訳する相手ももうここにはいない。
全て手遅れだ。
今度はどう釈明しようか気が重い。
「まあ気を落とすな。昔の人も言っている。『あとは野となれ山となれ』」
「完全放置ですかい」
僕はもう一度、大きくため息をついた。




