74.秘密の場所
取り合えず、俺は、スポーツバックの中にバスタオルを詰め込み、水着を引っ張り出した。まさか本当に使うとは思わなかった。水着は、親父が絶対に休み取って俺と川エビ取りをしたいと俺に懇願したから、仕方なしに詰め込んできた代物だ。親父に懇願されて新品のゴーグルとシュノーケルが入っていた。一つで良いってと言い張る俺に親父が頑張って懇願してこうなった。部屋で手早く水着を履き、先ほどのTシャツと短パンを身に着ける。サンダルは前の休みに忘れていったものがあったのでそれを履いて。
俺が準備が出来たのを見て愛美は満足そうに一つ頷くと、さ、行くぞ。と、俺の手を取った。
俺は赤くなりながら、振りほどくことをせずに、そのまま愛美の柔らかな手に引かれるように進む。
俺と愛美の家の丁度中間の位置にある川は、澄んでいて、とても綺麗だったが、遠目から見ると川の色はエメラルドグリーンのように澄んだ緑色で俺は、不思議に思う。
なだらかな川の表面はてろりと光を柔らかく反射し、鳥がすぅっと水面にすべっては、ほんのちょっと嘴を差し込んで、すぐについばむ様に一瞬で空にまた滑っていく。
川の向こう側には、深く豊かな山が色のグラデーションをつくりそびえていて、川の橋の上から下の川を覗くと、びっくりするぐらい高いことが解る。
橋の隅の方に、川の方へ下れる車も通らないような細い道があり、俺と愛美は、連れ立ってそこに降りて行った。そろそろ、夏の日差しが強くなり、水面はまばゆいほどの光を放つ。きらきらと揺らめいて、とても綺麗だ。
川の水は、近づけば近づくほどに透明さを増し、上から見ても、底が透けて見えるほどの透明度だった。
愛美に言われてこわごわ足を水に浸すと、湧き水なみに冷たい透明な川の水が俺の足に浸り、思わず俺は、ひゃっと、情けない声を上げる。
俺のそんな様子の何が面白いのか、愛美が、そんな俺に愉快そうに笑った。笑顔がきらきらと光にそまって、鈴の音のような声が耳に心地よくて、水に浸る愛美のすんなりした足にも目がいって、俺は見惚れる。
短パンをぎりぎりまで引き揚げた俺のむき出しのはだしの足に、くすぐったく小さなフナだろうか、小さな黒い魚が悪戯をする。
足の長い川エビがスーッと俺のはだしの間をすり抜けていって、俺は、声を上げた。
弾けたような笑い声をいつの間にか俺もあげていることに気づく。
俺と愛美は暫く、川エビや小さな魚やカニを探すことに夢中になって。
暫く遊んだだろうか。
ふと、川の奥まったところに、巨大な大きな岩が出っ張っているのが見えた。そのそばには、色鮮やかな黄色とマゼンタ色の川用カヤックが二艘立てかけてあって、目を奪われた。その横に鮮やかな緑のパドルが立ててある。
愛美が面白そうに俺を見つめる。
「気になるか?あれが、度胸試しの飛び込み岩だ。お前もいく?あのあたりは、川が深くなっているから、泳げないと飛び込んだ後、自分で泳いでまたこっちまで戻ってこないとだけど?」
挑発するような愛美の言葉に、俺は、めずらしく目を輝かせて、行く。と、頷いた。泳ぐことは実は、得意だ。
それなら、秘密の場所、教えてやる。と、愛美は言い、俺の手を柔らかい手でまた掴むと、濡れた足にサンダルを滑り込ませて、また橋を渡り、向こう岸側に行く。
道などなかったが、勝手知ったる秘密のスポットなのか、子供が一人やっと通れるぐらいの緑の穴があり、そこを四つん這いで通り抜けると、なんと、だだっ広い、平たい岩の上に出た。
俺が驚いていると、愛美はそのまま俺の手をそろそろ汗ばんた温かい手で引き、そこから更に進む。
岩は、とんでもなく高い場所にあって、そこから下を覗くと、目がくらみそうだったけれど、その分、愛美が得意気にいうように、秘密の場所という言葉にふさわしい、特別さをはらんでいた。
ここからだと、先ほど自分たちが居た場所が凄く小さく見える。
そこから伝って下に降りていくと、先ほどの出っ張った大きな岩。度胸試しの岩が見えてきた。
俺は、そろそろ、ばあちゃんの危ないことはしないという約束を破ってしまっているような気がしていたけれど、あまりにも楽しくて、あまり考えられない。愛美が教えてくれる遊びは、俺には、冒険のように刺激的で、あまりにも魅力的だったからだ。
出っ張った岩の上に二人連れ立って降り立つと、愛美はそこにべったりと漢のように胡坐をかいてどっかりと座った。
俺は、未だかつて胡坐などかいたことはなかったけれども、愛美のやることを見様見真似でやってみる。意外と、胡坐は、快適だった。




