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72.福

 朝ごはんを食べ終えて、日が指してきた縁側に座って昨日の読みかけの銀河鉄道の夜を読んでいたら、にゃあ、という声がした。


 目をふとやると、まるまるした、猫のフク(オス)が、俺の前に来るとどけというように鳴く。(オスなのに、こいつはめずらしく三毛猫だ。特に背中の少し赤茶けた茶色と下地の白、黒が面白い感じで入っている。目は金茶色。もふもふむっちりになる前は、都会猫で木にも登れねえスレンダービューティフルな猫だったが、今では見る影もねえ。こいつが食に異様な興味を示すからだ。因みに猫の癖に未だに雀は早すぎて狩れねえ。他の猫には負ける。少し前の休みにばあちゃん家に来た時、でかい鳩は狩って腹いっぱいになっていたが、ありゃ、あいつが食べさせてもらえた鳥刺しの味を知ったからだろうな。食い意地の張った奴め。因みに、こいつはこの間、鳥を追いかけて高い屋根に上がり、降りれなくなっていたという。猫にもこんなやつがいる。まあ、憎めねえやつだ。猫ながらな)


 こいつの定位置だったらしい。朝の縄張りを見回るいつもの日課を終えて、帰ってきてみたら、俺が気に入りの場所に座っているから、モノ申したところだろうな。と、俺は、じっと福を見つめた。


 因みに俺は、どいてやる気はさらさらねえ。


 こいつはまるまるふとったからだで、美味しい飯をもらえる時しか俺に媚びを売らねえ猫の中の猫な奴だからな。あの、むちむちしたうしろででんでんと短いしっぽをふりふり歩く姿はなんともふてぶてしく、俺は、福をすげえとは思うが、猫だからって俺はねこっ可愛がりはしねえぜ。


 ふんっと、目を福から本に向けたとき、


 「福ーこんにちはー」


 という、鈴を転がすような涼やかな声が左前方から聞こえて、俺は、ビッとかたまった。


 目を本に向けたまま、耳に全神経を集中したのが解る。


 本の内容は当然ながら頭にはいってこねえ。


 にゃあと、福はさっそく、愛美に媚びを売り始めた。愛美は福の喉を細い指先で擽り、福は夢心地でゴロゴロと腹まで見せ始める。


 おい。男としての誇りはどうした。と、俺は心の中でのみ、福につっこむ。先ほどすげえと思った俺の言葉を返せ。


 「トシ、トシってば!」


 愛美の言葉に俺は、ゆっくり顔を上げた。平常心だと自分に唱えながら。


 そうして、俺は固まった。


 

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