62.宮沢賢治(2)
「おやおやまあ、遅かったねえ。心配していたんだよ?」
ばあちゃん、と、声をかけて、部屋を覗くと、部屋の奥からばあちゃんが小柄な身体を覗かせて、俺に応じた。
割烹着姿のばあちゃんは、夕飯の準備をしていたらしい。なにかわからないけれど、温かでおいしそうな匂いがふわっと目の前に広がった。
「ごめん、ばあちゃん、実はさ。」
そういって、俺は、ばあちゃんに遅くなった理由を説明する。ばあちゃんは、バス停であった、少女と、ばあちゃんの話を目を丸くして聞いていた。
「おやまあ」
そんな風にばあちゃんは言うと、何もなくて良かった。と、俺をねぎらってくれて、まんまるした、でも、やわらかく、かさかさした、大好きなばあちゃんの手で、俺の頭をぽんぽんと軽く撫ぜると、ごはんもう少しだから、敏郎は、お風呂入っちゃいなさいなと、俺を家に上げた。
俺は、素直に頷いて、肩に下げていたスポーツバックをその辺に置こうとすると、ばあちゃんが、笑いながら言った。
着替えなんかは、部屋に片しちゃいなさい。今はもう使っていない功労の部屋がそのままだから。と、笑って俺に即した。
俺は、少し複雑な気分で、頷いて、功労おじさんが使っていた2階の部屋、に荷物を置いてくる、ことにする。
功労おじさんは、父さんの弟。今は、もうここには居ない。ばあちゃんは寂しそうだけど、……田舎に、好き好んで帰ってきたりはしねえよな。って俺は思う。功労おじさんは、俺や、俺の父さんなんかとは違って、本が好きだったみたいだ。……それも、俺が絶対読まねえような、純文学とか、小難しそうなものばっか。漫画なんて一冊もねえ。天井まである本棚は、本で埋め尽くされていて、机の傍には、天体望遠鏡が置かれてある。俺には興味もない、小さな地球儀まで右横には置かれていて、俺は、功労おじさんの部屋に来ると、少し息苦しい。
「……あーあ。なんか、ここに来ると、俺、」
ぽつっとこぼした俺の言葉は、掠れて消えていくみたいだ。腹の中にぐるぐるしたもんが、めちゃくちゃに混ざって、俺を覆いつくすかのような気がしてきて、俺は、小さな苛立ちに包み込まれるかのような気がする。




