-15話- いきなり休日?〜これが本当の異世界ライフ〜
どとうの派遣生活がおわりました。
——二十歳のときハンサムでなく、三十のとき強くなく、四十のとき財がなく、五十のとき賢くなけりゃ、結局一生なんでもない。
たしかイギリスにあることわざですね。
俺の場合、二十の時に大学辞めて、三十前で派遣切り、ここから想像だが、四十の時も職が無く、五十になっても家すら無い。
多分、日本でこのまま生きていたら陥っていたであろう、派遣のことわざです。
現在二十九歳……、ことわざで言うと、色んな困難を撥ね除ける力と体力が兼ね備わっていなければならない歳が刻々と近付いている訳です。
異世界に来て、件の幼女の部屋からくすねた大学ノートに書き始めた日記も一体いつまで続くのでしょうか。
昨日は、久々にお酒と言う物を飲みました。
一応異世界ですがキンキンに冷えたビールが出ます。
格別に美味しかったです。
明日は、いよいよまともな休みになります。
……三十前に何とか強くなりたい。
それじゃお休み。
「んぁ……、頭いてぇ」
目覚めてすぐ、頭を内側からぶん殴るような鈍痛が響く。随分と久々に感じる痛みだった、派遣社員だった頃は飲み会参加なんてまず出来なかったし、酒を購入するお金すら勿体無かった。
コンビニ弁当だとか、缶コーヒーだとか、自動販売機に売ってる炭酸ジュースは頻繁に購入していたのに、何故かお酒やタバコ類の嗜好品は買う気になれない。
価値のある物を持ちっぱなしにしてると、全てが手から零れ落ちて行く様な気がした。
貧乏根性よりももっと腐った価値観だと思う。
はぁ、世界が平和になれば良い。
「んぅ、むにゃ」
「ふにゃぁ」
当たり前のように俺のシーツを奪っているケティと、昨日の酒場で一緒に騒いだ後、宿代が無いと言って流れで付いて来たミスチェが寝ている。
……あれ、なんで俺、世界平和とか考えてんの。
あれ、昨晩、帰って来てからの記憶が無い。
たしか、寝てるコイツらを各部屋に放り込んで、そこから自分の部屋に戻って大学ノートになんか色々書いてた気がする。
「……なんか香ばしいわね」
「——!?」
何だ寝言か。
猫人族の鼻は、恐ろしい嗅覚を持っていそうだ。
俺は部屋から静かに出ると、すぐに麻パン(麻素材のわさわさするズボン)をオープンにした。
………………。
生まれて二十九年、初めて異世界で夢精してた。
さて、この寮に住んでて良かったなと思う所は、大きな風呂がある所。狭い部屋が二十部屋並んでる割に、アリエルも使う共用の部分はかなり広く作られている。
こんなの福利厚生だとは認めない。
断じて認めないぞ。
今の心理はアレだ。
いつもぶっきらぼうな気になるあの人が、たまに見せる優しさに、何故かキュンとしてしまう奴。
ゆっくり浸かっていると、二日酔いの鈍痛も随分となりを潜めていた。
このまま惰眠を貪りそうな心地になっていると、風呂の扉が開く音がした。
「……なんでいるんじゃ」
そこには、俺の身長とほぼ並ぶ、ボンキュッボンの妖艶な黒髪美女が全裸で佇んでいた。
バスタオルで申し訳ない程度に前を隠してある。
「え?」
いきなりの出来事に頭がフリーズする。
黒髪美女は溜息を付くと、一度身体を流してから湯船につかった。
二人で浸かっても、あと三人は入れる程、このお風呂は広い。
「なんか喋らんか」
「……湯船にタオルを浸けたらいけないと思う」
既に一度世界を平和にしているので、俺の息子は大人しかった。
「それなら、これで良いじゃろ」
そう言いながら女性は指を一回鳴らす。軽快な音が風呂場に反響すると共に、——ポンッ。
出て来たのは”草津のにごり湯”と書かれた袋。
白濁色に染まった温泉からは良い香りが鼻を刺激する。
正体がつかめた。
「アリエルなのか」
ようやくわかったか、とアリエルは頬を緩めた。
「確かに、湯船にタオルを浸けるのはわしもいけ好かんのう」
胸を隠していたタオルを解くと、そのまま綺麗にたたんで隣に置く。風呂の縁に腕を預けてくつろぐアリエルの胸は、俺の目測でかなりの物だと思う。
「むっふっふ、わしも中々の物じゃろう?」
大事な部分が辛うじて見えないように計算され尽くされている。だが、風呂に貯めたお湯に少しでも並みが立つと見えそうな位置である。
「……残念ながら、俺平和賞授賞式終わらせて来たから」
そう言うと、アリエルは「なんじゃい、冗談の通じないじゃのう」と口をすぼめた。
「いや、そんな事より、何がどうなったの?」
「まぁ長く生きておれば色々あるんじゃよ……」
そう言葉を濁したアリエルは肩まで浸かってしまう。絶景が。
「……お湯をかけると姿が戻るとか?」
「ぶくぶくぶくぶく」
図星かよ。っていうか、お湯を掛けると戻るとかインスタント幼女ですか。
顔を赤くしたアリエルは可愛かった。
ツインテールじゃないところもポイント。
「なんか可愛いな」
——言ってしまった。
ついついだ、俺の防壁は、童貞力はそんなに低かったのか。
「ぶはっ!」
何かの拍子に風呂の中で素っ転んだアリエルが、ゲホゲホと咳をしながら慌てて風呂から立ち上がった。
——あ。
「〜〜〜〜〜〜!!!!!」
ぐ、グレート。
生えてませんでした。
そこだけ幼女。
「でもさ、不可抗力だよね」
「なんか納得いかんのじゃ、矮小な童貞の癖に……」
彼女の身体に光が灯る。
風呂に置かれていた桶や椅子、石鹸やらがフワフワと浮いて行く。
「お、おい! ちくしょう今朝の夢精はこのフラグだったのかよ!」
アリエルはいつのまにかツインテールのつるぺた幼女に戻っていた。
「おい、ちょっとくらい話し聞けよインスタント幼女!」
「ふふふ、さぞ可笑しかろうなこの短小包茎引きニート、わしじゃってな……、わしじゃってな……、ピッチリスーツスタイルが似合う仕事が出来る美人秘書みたいな体型のままでおりたいんじゃあああああああああああああ!!!」
「それお前の願望だろ! パンツスタイルは似合ってもそれ以外が全部無理にきまってあああああああああああ!!!!!」
召喚魔法陣から出た閃光で風呂場は満たされた——。
二十九歳にして初めて生で女性の裸を見ました。
えっと、すごかったです。
そして、初めて息子を見られました。
恐怖で縮こまってました。まる。
——午前から少し回った時刻。
俺は冒険家ギルドへやって来ていた。
「あら、昨日のねぇちゃんは?」
「寮で寝てるよ。あんたも昨日の今日で元気だな」
ギルドのテーブルに座る戦士タイプの冒険家オーガストが、ニヤニヤとした表情で俺の顔を見ていた。たぶん、昨晩はお楽しみでしたねって言ってるんだろうけど。
「残念ながらお楽しみだったのは、今朝だったのさ」
「な、なに〜〜!?」
主に、夢の中で。
風呂は地獄だった。
オーガストは気前の良い冒険家だ。
そして飲んだくれでもある。
まさに異世界の冒険家、荒くれ者達を代表する様な奴で、それでいてこのギルドの荒くれを纏め上げる強さを持っている。
昨晩、久々の自由にテンションが上がっていた。マダムの報酬も三等分した物が一応規律上、報酬として支払われたので久しぶりの酒三昧へと洒落込んだのだ。
酒場にはオーガストも居て、俺達派遣の隙間的な役割を労って何杯を奢ってもらった。
因に同い年だそうで、その事も相まって俺達はより一層仲が深まったのだった。
「そうだ、オーガスト。近くに広い場所でそんなにモンスターが強くない場所ってあるのか?」
そう尋ねると、少し考えた後オーガストは、
「だったら荒野へ行け。幸いながらお手軽な荒野が東の方に広がっている」
お手軽な荒野と言うものが、存在していいのか。
都合が良過ぎるこの町は放っておいて、ギルドの酒場で飲んだくれている冒険家達に目を向ける。
異世界の日常も悪くない。
拘束時間長いけど。
お読み頂きありがとうございます!
ツイッター@tera_father
処女作、テラ神父の方もよろしくおねがいします。
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