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聞き込み

「……そんでさ、アタシはカナに言ってやったんだよ。それチョーヤベーて。だってさ、タカシのやってたことガチでしょ」

「まあ、そうかもね。つきまといはストーカー行為になるし、ガチにチョーヤベーよね」


 稲葉耕介はいささか頭に痛みを感じながら、正面の席に座る若い女に頷いた。

 昼食の時間はとっくに過ぎてしまったためか、学生食堂はまばらで、耕介たちの他には数名の学生の姿しか見えない。


「宮原てチョー良い奴じゃん?死んだって聞いて、アタシ、ガチでチョー泣いたんだから。チョーカワイソー」

「うん。チョーカワイソーだよね」


 耕介はおざなりにおうむ返しの返事をするが、若い女は反応があれば満足らしく、スマートフォンを眺めたまま、傍らのジュースを一口飲んだ。

 外見は普通の、どこにでもいそうな若い女だが、だらしない口調と態度で、ホントタカシマジヤベーなどと呟いている。


 ――本当に学生なんだよな?


 耕介は不味い自販機のコーヒーを飲みながら、訝しげに若い女をそっと窺っていた。

 千葉中央大は、県内ではトップクラスの大学である。だらしのない態度や、語彙が乏しい言葉づかいでも、学力自体には問題ないのだろう。ただ、こういう人間をうちの事務所で雇いたいかと問われれば、答えは否だと耕介は結論を出した。


 杉原刑事に呼び出された3日後、耕介は千葉中央大を訪れていた。

 杉原に頼まれたわけでもないし、宮原とはわずかに言葉のやりとりしただけの間柄でしかないのだが、哀れな被害者が耕介の中で引っ掛かっていて、別件で千葉まで来た際、自然と車は千葉中央大に向かっていた。


 そして、宮原香苗が所属していたサークルを探し、宮原と親しくしていたという沖田に会うと、耕介は学生食堂で話をすることとなった。

 初めは警戒していたが、探偵だと名刺を見せると、意外にもすんなりと話に応じてきた。

 本当なら中里に会えれば話が早かったのだが、中里はこのところサークルには顔を出していないという。


「個人的にラインでやりとりしてるし、わざわざ行くのカッタリーからね。今日はたまたまだけど、アタシもあんま行ってない」

「何やってるサークルなの」


 そういやなんだろう、と沖田はそこで初めてスマートフォンの画面から目を離し、怪訝な顔をして宙を見上げた。

 初めて、人間らしい感情を見せた気がした。


「わかんない」

「わかんないことないだろ。チラシやポスターに、活動内容書いてなかった?説明だってあるだろ」

「アタシを誘ってくれた先輩が、チョー面白かったからついてっただけだよ。部屋に集まって、何か雑談したりお茶してたりしてるよ。で、テキトーに別れてカラオケ行ったりするの」

「ふうん。それって楽しい?」

「何、説教?オヤジクセー。そういや探偵さん、どこ大出身なの?」

「俺は成倉大。ジ・アークの関係で中退したけど……」

「ナリクラ、中退、高卒かよ」


 チョーウケルんですけどと、スマートフォンを見つめながら、せせら笑う沖田にむかっ腹が立ったが、沸き起こった感情を消すように、まだ熱いコーヒーを喉に流し込むと、深呼吸ひとつして話題を戻した。


「……で、事件の当日、そのヤベー中里貴史君は、君たちと一緒にいたっていうじゃない。それは本当なの」

「うん、ガチだよ。アタシ、タカシと一緒に寝てたもん」

「は?」

「探偵さんだから言うけどさ。あん時タカシ、部屋に危険ドラッグ持ってきて、一緒にラリってたんよ。でも、チョーキモチよくて、チョー面白いんだよ」

「……」

「でも、警察にはガチにヤバくて言えないからさ。昼間から、酒飲んでたて誤魔化してたんだけど」

「それ、宮原は知ってたの?」

「それって?」

「中里がドラッグやってること」

「今は危険とか名称つけられているけど、“脱法”だから。ドラッグじゃないから。さすが二流中退」


 スマートフォンを見ながら、沖田が鼻で笑った。その醜い笑みを見て、耕介の頭の中が、カッと熱くなった。舐めんなよと、低い声が耕介の口から洩れた。


「だから何だ?人が死んでんだぞ。お前の友達だろうが」

「……」

「俺は法の番人じゃねえ。脱法がどうななんてどうでもいい。いいから答えろ。今日昨日の話じゃねえだろ。答えろ」


 低いが押し殺した耕介が発した声には、異様な迫力があった。反応した沖田が顔をあげた先には、殺気にも似た耕介の瞳を認めたはずである。沖田は表情を強張らせて、耕介を見つめていた。


 稲葉耕介は、秘密結社ジ・アークとの激戦をくぐり抜けてきた戦士である。

 普段は、柔弱と思われるほど気が優しいが、感情のとあるラインを越えれば、戦士の部分を垣間見せる。


「で、宮原は知ってたのか?ドラッグのこと。お前らの関係のこと」

「ドラッグのことは知ってた。タカシが何度も誘ってたけど、カナは怖がって別れようとしてた」

「ドラッグのことは、てことは、宮原はお前らの関係を知らなかったわけだな」

「……」

「で、何も知らない宮原が、友達と思っていたお前のとこに相談しに行ったと。そんで、チョーヤベーと思ったお前と中里が、宮原を殺したわけか。警察には酒飲んで遊んでたと言えば、印象は悪くても最悪の事態は免れるもんな」

「……」


 沖田の視線は激しくさ迷い、息使いも荒くなっている。肯定も否定しなかったが、その反応だけで耕介には充分だった。耕介は警察ではない。


「……ごっそさん。コーヒーありがとよ」


 耕介は財布から、しわだらけの一万円札を取り出すと、沖田の前に置いた。沖田は一万円札と耕介の顔を見比べている。


「細かい金がない。それにチョー面白い話が聞けたお礼だ。とっときな」

「け、警察には黙っておいてくれるんでしょ?」

「警察でもない俺が、何で宮原の話を聞きに来たと思う?」

「……」

「通報は市民の義務だよ」

 目を見張る沖田に言い捨てるようにして、耕介は学生食堂をあとにした。大学のキャンパスを抜け、裏の駐車場まで出ると、眩しい陽光が耕介を照らした。薄暗い気分もあったせいか、急な変化に目が眩むようで、耕介は顔をしかめながら空を見上げた。


「悪いな。待たせた」


 耕介は車に戻ると、助手席のアンナ・クローデルがギロリと鋭い視線を向けてきた。

 表情はいつもの通りだが、不機嫌なのは伝わってくる。


「これから、西千葉署に行く」

「コウスケ。依頼でもない、お金にならない揉め事に、何故首を突っ込む」

「宮原とは話をしちまったからな。袖触れ合うも多生の縁、てやつ」


 耕介は肩をすくめて隣のアンナを見ると、納得いかないという目で耕介を見返してくる。


「お前には、迷惑掛けていると思っているよ」


 耕介は苦笑いして、車を発進させた。小さな軽自動車は国道に出てしばらく走ると、作草部の交差点を左に曲がり、西千葉駅に向かう通りに入った。

 普段は渋滞しがちな大通りだが、今は幸いにも穏やかに車両群は進行している。あと20分もすれば、西千葉署に到着する。その間に耕介は、沖田から聞いた話をアンナに説明していた。


「……とまあ、あとは杉原さんの仕事だ。やったとも言ったわけでもないし、参考程度の情報でしかないから、捕まえるまでには時間が掛かるだろうけどな」

「気持ちはわかる。けど、やはりコウスケは首を突っ込すぎ」

「でも、このままにしておくわけには……」


 そこまで言った時、耕介の義眼に、突如赤い文字と矢印が表示された。矢印は耕介の右手を指している。


“警告”。


 秘密結社ジ・アークの戦闘員が、接近した時のみに表示される警告サイン。

 同時に、悲鳴と表現し難い破壊音が耕介の耳を捉えた。

 耕介が矢印の方向を見ると、狭い通りから建物を破壊し、人や車を押し潰しながら、巨大なダンプカーが接近してくるのが映った。単なるダンプカーではなく、アメリカの広大な大地を疾走するような化物のようなダンプカーだった。


「アンナ……!」


 耕介が叫んだ瞬間、ダンプカーは耕介たちが乗る軽自動車を軽々と吹き飛ばしていた。


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