第4話 私は決意を漲らせる
確か一週間前だったか。
あの日は朝からなんだか気分が重かった。
特に何かがあったわけじゃない。ただお気に入りのアクリルキーホルダーにヒビが入っていたり、大きな水溜りを踏んでしまったり、朝の占いの結果があまり良くなかったり。
ちょっとした嫌な出来事が運悪く重なっていただけだ。
友達にわざわざ話すほどのことでもない。ただその日はいつもみたいに底抜けに明るく振る舞うことは面倒だった。
「みー、なんか今日調子悪くない?大丈夫そ?」
休み時間。なんとなく誰かと話す気にもなれなくて机に突っ伏していると、気だるげな声が投げかけられた。
のろのろと顔をあげると、あたしの幼馴染が立っていた。
姫野 椿。あたしとは小学校からずっと一緒にいる。派手な見た目と冷めた喋り方から勘違いされやすいが実はすごく優しい良い子だ。
その証拠に今だって心底つまらなさそうな顔をしながら派手な爪をいじっているように見えるが、ちらちらとあたしの様子を伺う顔には心配の色がありありと浮かんでいる。
「んー、全然体調は良いよ。でも今日はちょっと気分あがんないわ」
説明をするのも面倒でやんわりと濁した言い方をする。嘘はついてないし良いよね。
「……なんかあったらちゃんと言いなよ、みーはいっつも一人で抱えるんだから」
少し目を細めて椿が言う。明らかに納得はしていないけれどとりあえずは見逃してくれそうだ。
「本当になんもないってば。ところでなんか用事あった?」
椿のクラスは隣だ。特に用事がない時にわざわざこっちのクラスまで来ることはあんまりないから、何か直接伝えたいことがあったんだろう。
「ん。あー……えっと」
変な方向に目線を逸らした椿が肩まで伸びた綺麗な金髪をいじって指に巻き付ける。
何か言いにくいことらしい。昔から椿は言いにくいことがあるとき髪の毛を指に巻く癖がある。
促すように目線を送ると、椿は決心したみたいに息を吸い込んだ。
「……今日のお昼って。誰かと食べる?もしひとりならさ……」
また爪をいじりながら、椿がこちらをおずおずと見つめてくる。
--お昼かあ、今日は一人で食べたいな。
とくに理由はないけれど、今日は誰もいないところでお昼を食べたい気分だった。
「ごめん、今日は一人がいいんだ。また明日でいい?」
椿は少し目を見開いて、すぐにいつもの顔に戻ると、また気だるげに言う。
「……そう。じゃあ、また明日」
とぼとぼと教室を出ていく彼女を見送る。
そんな落ち込むとは思ってなかった。ちょっとかわいそうなことしちゃったな。
お詫びに明日はクッキーでも焼いていってあげよう。
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とてつもない眠気と格闘しながら四限の授業をなんとかいなす。黒板にはよくわからない呪文のような数式が羅列され、一瞬知らない国の授業を聞いているみたいな錯覚に陥る。
とうとう先生の話についていけなくなり、諦めて暇つぶしにスマホを開く。
何かをしたくてスマホを開いたわけではないので、色んなアプリを開いては閉じてを繰り返す。
結局、今までのお姉ちゃんとのメッセージを見返すことにした。
昔は1日に何回もメッセージのやり取りをしていたというのに、あの由佳とかいう女が現れてからというもの1日に交わすメッセージは2〜3往復になってしまっていた。
最近は夜におやすみも送ってくれないことがある。
あたしに言わなくなったおやすみをあの女に言っているのだろうかと勝手に想像してしまう。ただでさえ重かった気分がさらに下がってずっしりとあたしにのしかかってくる。
あたしは嫌になってスマホを閉じ、机に突っ伏してうたた寝を始めた。
チャイムの音で目が覚める。
黒板の方に目をやると、先生が教材を片付けて出て行くところだった。
今日はお昼を持ってきていないから、あたしはよろよろと立ち上がり購買へと向かった。
なんだか食欲がなかったので小さなサンドイッチとミルクティーだけを買って、いつもの場所に足を運ぶ。
あたしは定期的に一人で昼を過ごしたくなることがある。
そういう時はいつも屋上でご飯を食べる。一応暗証番号付きの鍵がくっついているのだが、いつも正解の番号のまま放置されているので、解除ボタンを押すだけで鍵が開く。
一年の夏にこのことに気付いてからは一人で過ごしたい時のお気に入りスポットとして利用していた。
一応ドアから離れた物陰まで行くと、レジャーシートを敷く。
少し行儀が悪いが、その上に寝転がってパンを齧る。
誰にもみられることはないのでついついいつもここではだらしない格好をしてしまう。
今日は気分が下がっているし、アレをキメてしまってもいいだろう。
あたしはカバンからお姉ちゃんがいつもベッドに置いていたぬいぐるみを取り出して、顔を埋める。大きく息を吸い込むとお姉ちゃんの匂いがする、……気がする。
憂鬱な気分を吹き飛ばしながら香りに浸っていると、不意に入り口のドアが開く音がした。
「ほんとに開くんだここ。小春なんでこんなこと知ってたの?」
「えへへ、ほら私ってナマモノもいける腐女子だから……学校で得たインスピレーションをBLノートに書き留める時、誰もいない場所が欲しくて探してたの」
「……前も言ったけどナマモノはやめときなって。倫理的に」
誰かが入ってきたみたいだ。あたしは急いで身を隠し、侵入者を物陰から伺う。
小柄で丸っこく可愛らしい顔をした子と、少し背の高い綺麗な顔をした子がいた。あれって確か、茂木さんと清水さん、だっけ。
クラスではあまり主張することのない二人だ。今までまじまじと見ることはなかったが、なかなか整った顔をしている。
茂木さんはくりっとした瞳にサラサラとした黒髪のショートカット、丸っこい頭はつい撫でたくなるような、小動物的な可愛らしさを醸し出している。
対照的に清水さんは艶やかな黒髪を胸の辺りまで伸ばし、キリッとした目元と凛々しい唇が美しい。割と女子にモテそうな顔をしてるなぁなんて思った。
さらに目を引かれるのは彼女の豊満な双丘だ。お姉ちゃんと同じ、いやそれよりもあるいは、といったところか。それにしても、いや……。
似ている。
いつも教室で見かける時は、真顔しか見たことがなく、笑っている顔なぞ想像もできなかったが、茂木さんを見つめる清水さんの優しい顔は、あたしを見ている時のお姉ちゃんにそっくりだ。
仲良くなりたい。そう思った。そしてあわよくばその顔をあたしに向けて欲しいと。
そう思ってしまった。
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その後、なんやかんやあってこはるんが「幕⭐︎男」が好きだと言うことが発覚した。
お姉ちゃんが好きだったから一緒に見ていたあたしは、ここぞと話しかけにいき、今に至るというわけだ。
さくらっちの笑顔が見たいと思って話しかけたのに、まさか親の仇のように嫌われるとはなあ。自嘲的な笑みが浮かぶ。
さくらっちに冷たくあたられるのは、お姉ちゃんに嫌われたみたいですごく苦しい。
でもお姉ちゃんを奪われたあたしには、彼女が必要だと思う。
やっぱり次会ったら何もかも話そう。心から謝れば、きっと仲良くなることが出来るはずだ。
うん、もう挫けてばかりはいられないな。
新たに決意を漲らせ、いつのまにか243件電話をよこしていた椿に「明日は学校行くよ」とメッセージを送った。




