第1話 私の天使は腐っている
「ねえ、なにかいてるの」
園庭の隅に縮こまっていた私にそう話しかけてきたその子は、太陽の光を髪に纏わせ天使のような笑みを浮かべていた。
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「ねえ、桜ちゃん聞いてる?ねえってば」
天使、改め幼馴染の茂木 小春は、少し眉間に皺を寄せながら私の腕を揺さぶった。
「ん……ああ ごめん、聞いてなかった。何の話だっけ」
私、清水 桜は回想を強制終了し生返事をする。
辺りを見渡すと私たちしかいない美術室は、いつの間にやら薄暗くなっていた。
スマホの画面をつけると、大量のソシャゲやSNSの通知と共に現在時刻が表示された。
--もう春が近いとはいえ、流石に六時は暗いなあ。
そんなことを思いながら、おそらく数分前のことを思い出そうと頭をひねる。
「も〜!何で聞いてないの桜ちゃん!私結構長いこと話してたんだよぉ?!」
頬をぷっくりと膨らませながら小春は足をじたばたさせる。かわいい。
元天使(いや、今も天使ではあるのだが)の幼馴染は、十数年の時を経て小動物的な可愛さを獲得していた。
--高校2年生にもなってこんな仕草をしていても許せるのは小春ぐらいのものだろうな
「ごめんってば、次はちゃんと聞くからさ。それで?何の話だったかもっかい話してよ」
ハムスターみたいになっている小春の頬を指でつっつきながら私は彼女に話を促した。
「う〜ん……今度はちゃんと聞いててよ?」
小春は不満げにそう言うと上目遣いでこちらを見てくる。かわいい。
「それじゃあ最初から」
その瞬間、小春の目の色が変わった。
--おや?これはまさか……
私は嫌な予感がして身構える。
「いやー昨日ね?『幕⭐︎男』の公式がイラストあげたんだけどさあ、え、見てこれ!
このりょーまくんとせごくんの距離感やばくない?これ絶対に挿入ってると思うんだよね、だって男の子同士でこんなに近くて挿入ってないわけないじゃんね
りょーまくん完全に堕ちてる顔してるし、こんなん絶対事後だよぉ!こんなんなっちゃったら流石に性癖の夜明けぜよだよね、染みがついたシーツを今一度せんたくいたし申候なんつって!んひひww
◎△$♪×¥●&%#?!〜〜〜〜〜〜〜」
--あちゃあ〜また始まっちゃった。
私は頭を抱える。
『幕⭐︎男』とは、女性向けの深夜アニメ『幕末⭐︎男子』のことだ。実在の偉人たちがイケメンキャラになり戦ったり歌ったり踊ったりする、まあよくあるやつだ。
これまたよくあることにファンの間では特定のキャラたちをカップリングし、恋仲にさせる動きがある。
小春も同じタイプのオタクなのだ。
そう、私の天使はいつの間にやら完全に腐ってしまっていた。
正直私はそっち方向に知識も興味もないので小春が何を言っているのかあまりわからない。
なんかずっとやかましいこと言ってるのと上手いこと言おうとしてることだけはわかるけど……そりゃあ思い出そうとしても何も出てこないわけだ。
私はまた聞き流すモードに入る。
「……いやぁ絶対に挿入ってると思うんだよねぇ流石にこれは。桜ちゃんはどう思う?」
あらかた喋り終えたらしい小春は息を切らし、少し顔を紅潮させながら私に同意を求めてくる。
こんなにキラキラした瞳をしているこの少女が、さっきまでアニメキャラが挿入しているかしていないかについて語っていたとは誰も思うまい。
「うん……まあ……挿入ってるんじゃないかな……」
そんなわけはないと思うが私は小春の言葉に同調する。正直どうでもいいし、挿入っていた方が彼女が喜ぶならその方がきっといい。
すまないりょーまくんとせごくんとやら、小春の笑顔のために君らは恋仲であってくれ。
「だよねぇ〜 桜ちゃんは話がわかるねぇ〜 やっぱり桜ちゃんは最高の友達だよぉ〜う」
芝居くさい話し方と動きで小春が私に抱きついてくる。私は心臓の音が彼女に聞こえてしまわないよう、何とか平静を装う。
「そりゃあねえ、何年友達やってると思ってんの」
自分で発しておきながら「友達」という響きに胸がちくりと痛む。
私が小春に向ける感情が、友情とは少し違うことに気がついたのはいつだっただろうか。
気づいた時には既に、私にとって彼女は何よりも大切で、愛しくて、特別だった。
だから私は小春の暴走もまったく苦ではない。
むしろ、彼女は人見知りがひどく、私がいないと他の人と直接話すこともできないから、彼女がこんな顔を見せてくれるのは私だけだという優越感すら感じていた。
私にとって、彼女と過ごす時間は、何にも代えがたく特別なものだった。
「桜ちゃんはただの友達じゃないよ!私のとっくべつな友達だからね」
--特別、か。
私と小春の特別は違う場所にいて、きっとその意味が同じになることはない。私の想いがバレてしまったら、彼女とは一緒にいることができなくなるだろう。
だから、私の望む特別にはなれなくても、一番の友達として小春のそばにずっといるのも悪くない、そう思っていた。
……そう思わないと、やっていけない。
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「……よしっ!それじゃあそろそろ帰ろっか」
今日やっておきたい作業が終わったので私たちは帰路につくことにした。
あれから2時間ほど経っただろうか、すっかり外は闇に包まれ、少し前まで聞こえていたサッカー部だか野球部だかの威勢のいい声はさっぱり聞こえなくなっていた。
今日はちょっと遅くなっちゃったね、なんてことを喋りながら下足ロッカーに向かうと、突如窓が震えるほどの大声が私たちを襲った。
「あ〜!!!!こはるんとさくらっちじゃん!!今から帰るの?あたしも夜練終わったし一緒に帰ろ〜!!」
私は心の中で舌打ちする。
できればこのまま振り返らずにメロスもかくやといったスピードで帰ってしまいたかったが、そういうわけにもいかない。
私はゆっくりと振り返り、表情筋をギリギリと動かして最大限引き攣った笑顔を作る。
「こっ、こんばんは幸地さん……」
「も〜 こはるんってば、美由でいいってば〜 何回言ってもわからん子には、お仕置きじゃあ〜!」
「ふぇっ…ええっ?!」
突如現れた陽キャ女子、幸地 美由はあろうことか私の小春に抱きつき、あまつさえ脇をくすぐりだした。
小春はというと突然の襲撃に驚きつつも満更でもない顔をしている。
「ちょ、ちょっとぉ……み、美由さん、やめてよぉ」
「お、あたし的には美由ちゃんって呼んでほしいけど……まあ合格にしといたげる」
幸地さんが小春の頭を撫でる。くすぐったそうに笑う小春は、私といる時と同じような自然な表情をしていた。
--そこは私の場所なのに!!
ぎこちない笑顔を継続しながら、私はこめかみがピクピクと痙攣するのを感じていた。
……本当に私は、想いを打ち明けて小春と一緒にいられなくなるぐらいなら、ずっと一番の友達として一緒にいたいと思っていたのだ。
なのに、なのに!!
……こんなやつに小春をあげるわけにはいかない。……小春が取られてしまうくらいなら、私が小春を籠絡してやる。
……どんな手段を使っても!




