分隊
重い扉が開ききると、その奥には想像していたよりもずっと騒々しい光景が広がっていた。
コンクリート打ちっぱなしの広い空間に、無数のケーブルと計器が張り巡らされている。中央奥の壁には、巨大なモニターが3台並んでいた。そのうち2台には駐屯地周辺の地図とレーダーの反応らしき赤い点が映し出され、残る1台にはノイズ混じりの映像が流れている。手前では兵士が2人、椅子に座ったままそのモニターを覗き込み、忙しなく操作盤を叩いていた。あちこちで無線機から怒鳴るような報告の声が飛び交い、床を踏み鳴らす足音が絶え間なく響いている。
「報告!東側フェンス、依然として復旧作業中!」
「レーダー、依然クリア!敵影なし!」
怒号にも近い声が飛び交う中、5人は入り口で立ち尽くしていた。あまりの慌ただしさに、どこへ進めばいいのかも分からない。
「カリス軍曹!?」
聞き覚えのある低い声に振り返ると、そこには司令のアレスが立っていた。片目を覆う古い傷が、蛍光灯の光を鈍く反射している。
「お前たち、生きていたのか……」
アレスは一瞬、言葉に詰まったようだった。閉じられたままの左目の下が、わずかに震えている。
「はい。模擬戦闘中にミサイル攻撃を受け、なんとか無傷で5人で生き延びました」
カリスが背筋を伸ばし、簡潔に報告した。
「そうか……。よく無事で戻ってきた」
アレスは短くそう言うと、視線を落とし、しばらく黙り込んだ。
「司令、他の部隊は……」
「……紅組は、全員行方不明だ」
「っ……」
カリスの表情が固まった。紅組は、ドルマが所属していた部隊の名だった。
「先ほど、現場のヘリの残骸付近にこれが見つかった」
アレスが懐から取り出したのは、焦げて破れた布切れだった。見覚えのある、業持ち用の作業着の一部。
カリスはそれを受け取り、しばらく無言でその布を見つめていた。指先が、布を強く握りしめている。拳の中で、生地がぎりりと軋んだ。
「……あいつが、こんな……」
絞り出すような声だった。ティシたちは、何も言葉をかけられなかった。
「動機も、目的も、今のところ何一つ分かっていない。ミサイルがなぜあの模擬戦闘の最中に、あの座標に落ちたのか。敵国の意図がまるで読めん」
アレスは重い息を吐き、司令室の喧騒を見渡した。
「……ティシ、アレクト、ウル、ネイトお前たちは今日はもう休め。詳しい話は、落ち着いてからだ」
そう言うと、アレスは司令室の右手にある扉へと4人を案内した。
扉の先は、これまで過ごしていた宿舎とほとんど変わらない、殺風景な通路と部屋が並んでいた。寝床と最低限の生活用品は整えられている。
「今日はゆっくり休め。……本当に、よく生きて戻ってきた」
アレスはそれだけ言うと、踵を返して去っていった。
それから数ヶ月が経った。
駐屯地はある程度復興が進み、崩れた壁や焼け落ちた建物にも、真新しい資材が組み込まれていった。あの日の傷跡は少しずつ塗り替えられていったが、紅組の名前が書かれた慰霊碑だけは、誰も手をつけずにそのままだった。
4人は変わらず訓練と座学を続けた。射撃の腕はさらに上がり、格闘訓練でも初めの頃とは見違えるほどの動きを見せるようになっていた。ウルとカリスの狙撃訓練は続き、ネイトは座学でも上位の成績を維持し、アレクトの俊足は上官たちの間でも噂になるほどだった。ティシもまた、以前よりずっと的確に体が動くようになり、射撃の腕も上がっていった。
そんなある日、5人はアレスに招集された。
司令室の奥にある小部屋に通されると、アレスは机の上に一枚の書類を広げた。
「お前たちの正式な配属が決まった。第3歩兵科連隊、第1中隊だ」
「「「「イエッサー!」」」」
ティシ、アレクト、ウル、ネイトの声が重なった。嬉しさを隠しきれない表情で、互いに顔を見合わせている。
「――というのは、表向きの話だ」
アレスの声のトーンが、わずかに低くなった。
「実際には、お前たちは特殊作戦群第1歩兵分隊として動いてもらう」
「特殊作戦群……?」
聞き慣れない部隊名に、4人は首を傾げた。それでも、「特殊」という響きに気分を高揚させているのか、表情は明るいままだった。
だが、カリスだけは違った。眉間に深いしわを寄せ、腕を組んだまま黙り込んでいる。
——そんな部隊、存在しないはずだ。
会議が終わり、4人が部屋を出ていったあと、カリスは一人その場に残った。
「司令。今の話、詳しく聞かせてもらえますか」
「……何がだ」
「特殊作戦群第1歩兵分隊。そんな部隊、俺は聞いたことがありません。書類上にも存在しない部隊のはずだ」
アレスはしばらく黙り、机の上で指を組んだ。
「……お前の言う通りだ。そんな部隊は、存在しない」
「では、何のために」
「ティシの力を引き出すためだ」
カリスの表情が強張った。
「あの子には、まだ自分でも気づいていない力がある。だが、普通の訓練や座学だけでは、それは目覚めない。極限状態、強い感情の揺らぎ——そういったものが引き金になる」
「それで、実戦に投入すると」
「そうだ。表向きは普通の中隊配属にしておくが、実際に動く任務は、俺が直接組む」
カリスは唇を噛み、しばらく俯いていた。それでもやがて、小さく息を吐いた。
「……分かりました。ですが、あの子たちを無闇に危険に晒すことは、俺が許しません」
「承知している」
アレスは静かに頷いた
それから間もなく、5人に最初の任務が言い渡された。
「任務内容は、自国ルクセア共和国の国境付近にあるスラム街に潜入し、そこにいる情報屋を確保することだ」
アレスは地図を広げ、国境沿いの一角を指で示した。
「そのスラム街は現在、ヴァルグド帝国の兵士が実質的に支配下に置いている。表立って軍を動かせば、間違いなく戦闘になる。だからお前たちには、一般市民として紛れ込んでもらう」
「一般市民、ですか」
「そうだ。軍服も装備も持ち込めない。身分を偽り、情報屋を見つけ出し、生きたまま確保しろ」
地図を見つめるティシの手のひらに、じわりと汗が滲んだ。これまでの訓練とはまるで違う、初めての実戦任務。
外では、復興途中の駐屯地に、夕日がゆっくりと沈みかけていた。




