史料
中堂家蔵史料中より人物評に関する記事を抜萃す
所収書目たる『嘉吉録』『二位典』『若狭国司女房覚書』『嘉辰衛録』等は、現時点において国立国会図書館デジタルコレクションその他主要目録類に書誌の存在を確認し得ず、家蔵本または散佚原本よりの抜書に基づくものと考えられる。なお、原本の現存は未詳にして、既に失われ、後世の抄録のみ伝来した可能性を排除し得ない。
以下
五位殿くさぐさの弓取り並べ選まれたり。賀茂のくらべうまとぞ聞きつる。『嘉吉録』
左近大夫殿、傷召されしが美し。時の美なり『大野式部日記』
若きとき女御の女房と噂ながさるる。をかし。『某家女房日記』
亜将殿寛闊にして果敢なり。危うし。『二位典』
この頃中院の男、上の女房に通うこと小不忠なり。『拾珍記』
すけどのうつくしし。われもはべりたし『若狭国司女房覚書』
中堂中佐は兵に優しくて困る。もっと制裁をするように指導せねばならぬ『北藤軍録』
中堂。大尉にすべし。佐未だ早し。功足りず。兵気有り。謹言答申。『桐愼杢録』
中堂少佐儀。宮内武官。非陸軍者也。近衛哉。未了参謀教育。未了将官教育。不適営内。『嘉辰衛録』
中堂中尉、大清御征伐ニツキ渡海サレ大功ヲ挙グ 帰朝後謹慎ナサレシト伝フ 死穢アルヨシ古儀ヨロシク謹慎ナサルルトノコト『久我ニ関スルコト』
また、明治期の当主によると思われる日記の残滓が発見された。
確実と思われるのは以下の一文である。
「女二の宮嫁すの賀
某日大給より使者あり。女二の宮嫁される由。大給は徳川なり。賀。」
以上
※史料発見次第、随時掲載・補訂予定




