変身!戦闘少女!
「はい! このワンちゃんが、君の探してたサクラちゃんでしょ!」
雲一つない青空の下、ツムギは元気いっぱいの声を響かせた。
自慢の長い茶髪を頭の上で器用に丸めたお団子頭が、彼女の動きに合わせてぴょこぴょこと揺れる。ツムギが差し出したリードの先では、一匹のチワワがキャンキャンと嬉しそうに吠えていた。
「サクラだ! どこ行ってたの! 心配してたんだからー!」
小さな女の子が泣きべそをかきながらチワワを抱きしめる。その後ろから、母親が慌てて駆け寄ってきた。
「ありがとうございます! でも、お姉さん大丈夫でしたか? サクラを捜しに行ってから、もう三時間も経っちゃいましたけど……」
「あはは、いいんですいいんです! 私人助けが趣味みたいなものですから!」
ツムギは白い歯を見せて笑った。泥だらけの路地裏を駆け回っていたせいでお気に入りのスカートには少し土がついていたが、本人は全く気にしていない。
「バイバーイ!」
「本当にありがとうございました!」
何度も振り返りながら手を振る親子を見送っていたツムギだったが、ふと腕に下げた買い物袋に目を落とした瞬間、その笑顔が完全に凍りついた。
「……あ。お母さんからのお使い、完全に後回しにしちゃった……」
そう、今日はツムギの十四歳の誕生日。
今夜のパーティーの主役である大好物の「特製ハンバーグ」の材料のひき肉と玉ねぎを買いに行く途中だったのだ。すでに予定の時間を大幅に過ぎている。
「ま、まぁ訳を話してサクラちゃんの可愛さを力説すればお母さんならなんとかなるよね!」
持ち前のポジティブさで一瞬にして立ち直ると、ツムギは「ハンバーグ! ハンバーグ!」と奇妙な鼻歌を歌いながら、再びスーパーへの道を歩き始めた。
異変が起きたのは人通りの少ない裏路地古びた廃ビルの脇を通り抜かろうとした時だった。
「ん? 何これ、ぬいぐるみ……?」
ゴミ捨て場の脇にぽつんと奇妙なものが落ちていた。鮮やかな黄色い鳥の形をしたぬいぐるみだ。少し土を被っているがどこか愛嬌がある。ツムギが何気なくそれを拾い上げ、パンパンと手ではたいた、その時。
「――うおっ!? これ、気安く叩くなゾ!」
「うわあああ!? 喋った!?」
ツムギの手の中で、ぬいぐるみがバタバタと短い羽を動かして目を開けた。
「喋るに決まってるだゾ! って、おお……? スキルのない人間、なのにこの魂の質の良さ……素晴らしい! ついに見つけたゾ!」
「な、何これ、新手のAIロボット!?」
「ロボットとは失礼な! おいそこのお団子頭、俺はピピっていうんだゾ!ちょっと付いてくるだゾ!」
驚くツムギの意思を無視して、黄色いぬいぐるみ、自称妖精のピピが超常的な力でツムギの服の袖を強引に引っ張り始めた。ぬいぐるみの見た目からは想像もつかない怪力に引きずられ、ツムギは廃ビルの敷地内へと連れ込まれていく。
「ちょっと待って! 引っ張らないで! ハンバーグの材料が!」
抵抗も虚しく辿り着いたのは廃ビルの地下へと続く薄暗い階段の下だった。そこには、青い光をパチパチと放つ空間の裂け目、門が発生していた。
そして、その門の前に先客が一人。
「ふっふっふ……まさかこんな街中に、未発見の門があるなんてねー」
水色のショートカット髪を揺らし、得意げに腰に手を当てているのはツムギと同い年くらいの女子中学生だった。彼女は門の結界の隙間に手をかけ、おふざけ半分でまるで家のドアでも開けるかのように扉を半開きにしていた。
「中に入って、ちょっとだけでも有益な情報を持ち帰れば……フフ、私みたいなスキルなしでもハンター偵察部隊の推薦くらい貰えちゃうはず! 私って天才!」
「ちょっとあなた! 危ないよ!」
ツムギが思わず声をかける。声に驚いた水色髪の少女、東山ヒナタが「ひゃい!?」と変な声を上げて振り返った。
「な、何よ急に!? って、うわ、ちょっと待って、結界のバランスが――」
半開きにされた門から、ゴオオオッ!と不気味な吸引力が吹き荒れた。
「え、ちょ、引っ張られて――」
「うわあああ! お前何してくれてるんだゾ!」
「きゃあああああ!?」
足元をすくわれ、ツムギ、ヒナタ、そしてピピの二名と一羽は、激しい光の中に吸い込まれ、門の向こう側へと文字通り転がり落ちてしまった。
「痛たたた……」
ツムギが頭を押さえながら体を起こす。周囲の景色は一変していた。そこは禍々しい紫色の岩肌と、不気味に発光する植物が群生する、不快なダンジョンの中。
「いったー……。もう、なんなのよ一体……」
少し離れた場所で、ヒナタも腰をさすりながら立ち上がる。
「あなた大丈夫!? あ、それより早く戻らないと――」
ツムギは慌てて、今落ちてきた背後の空間へと駆け出そうとした。だが、その一歩を踏み出した瞬間。
グシャ、ビチャッ。
重苦しい、何かが潰れる音が響いた。
ツムギの足が止まる。彼女の視線の先につい先ほどまで自分が持っていたビニール袋が肉汁と飛び散った玉ねぎの破片と共に無残にも巨大な足によって踏み潰されていた。
ツムギの視線がその足からゆっくりと上へと動いていく。
そこにいたのは、体長が優に二メートルを超える巨大な怪物だった。長く伸びた耳、真っ赤に血走った巨大な眼球。一見すればウサギだが、その全身は岩のような筋肉で覆われ、口元からは鋭い牙が何重にも生え変わっている。
オーガラビット。紛れもない、人間を喰らう魔物だった。
「あ……あ……」
ヒナタの顔から完全に血の気が引き、その場にへたり込む。ツムギもまた圧倒的な死の気配を前に、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。
「あのー……そちらの、ひき肉でよろしければ、差し上げますので……。お、お命だけはご勘弁を……っ」
ツムギは顔面から滝のような汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべて交渉を試みた。しかし、オーガラビットの真っ赤な眼球は、完全にツムギたちを獲物としてロックオンしている。
ピキィィィン、と怪物の筋肉がうなりを上げ、踏み潰しを狙って強靭な前足が大きく振り上げられた。
「逃げるが勝ちぃぃぃ!!」
ツムギとヒナタの叫びがシンクロする。二人は文字通り脱兎の如く、門とは完全に真逆の方向へ向かって全速力で走り出した。
「ちょっ、お前たち、なんで逃げるんだゾ!?」
腕の中でジタバタするピピに、ツムギが激怒する。
「無茶言わないでよ! あんなの勝てるわけないじゃん!」
「ていうか、あんたら何よ!」
隣を並走するヒナタが、涙目でツムギを睨みつけた。
「あんたらのせいでこんな事になったんだから、責任持ってよね!」
「元はと言えば、あなたが門をおふざけで開けてたからでしょーが!」
ギャーギャーと責任の押し付け合いをしながらダンジョンの奥へと突き進む二人。しかし、最悪の事態は重なるものだ。
急カーブを曲がった直後、二人は急ブレーキをかけた。
「う、嘘でしょ……!?」
正面の暗がりから、無数の赤い眼光が浮かび上がる。そこには、さっきのオーガラビットと同サイズの個体が、群れを成して待ち構えていた。前方も後方も、完全に退路は断たれた。
「だから、逃げる必要なんてどこにもないんだゾ。ほれ!」
ピピが突然、まばゆい光を放ち始めた。その光の中から、二本の不思議な杖が飛び出してくる。長さは三十センチほど。白く高貴な輝きを放つ持ち手の先端には、美しい宝石が埋め込まれていた。
「これで変身すれば、あんな雑魚ども一瞬で戦えるゾ!」
「変身!? もう何でもいいから、やってやるーーっ!」
二人ががむしゃらに杖を掴んだ瞬間、ダンジョンの中にまばゆい光の奔流が渦巻いた。
光がツムギとヒナタを包み込み、彼女たちの身体のラインを書き換えていく。
光が収まったとき、そこにいたのは先ほどまでの地味な女子中学生ではなかった。
ツムギの茶髪とお団子頭は、輝く魔法のカラーへと変わり、瞳の色も神秘的な輝きを帯びている。そして何より、身に纏っているのは、フリルとリボンがふんだんにあしらわれた、絵に描いたような可愛らしい魔法少女のドレスだった。
「えっ……なにこれ!? すごい、可愛い……!?」
「これが……私……?」
二人が自分の劇的な変貌ぶりに目を丸くしていると、容赦のないオーガラビットの一匹が、空気を切り裂くような速度でツムギに向けて太い前足を振り下ろした。
バァァァン!!
激しい衝撃音が轟き、ダンジョンの地面にヒビが入る。
「ツムギ!!」
ヒナタが悲鳴を上げた。しかし。
「……あれ? 痛くない」
土煙の向こうで、ツムギは無傷のまま、平然と首を傾げていた。
逆にツムギを殴りつけたはずのオーガラビットが「ギャインッ!?」と情けない悲鳴を上げて前足を押さえ、涙目で激痛に悶え苦しんでいる。まるで、鋼鉄の塊を全力で殴ってしまったかのように。
「すごーい! これって、テレビで見たことある魔法少女ってやつじゃん!」
ヒナタの瞳が一気に輝いた。彼女は手に持った杖をこれみよがしに群れへと向け、カッコよくポーズを決める。
「よーし! 出よ、稲妻! 」
……静寂。何も起きない。そよ風一つ吹きやしない。
「え? あれ? 出よ稲妻! ……あれ?」
焦って杖を振り回すヒナタに、ピピが冷ややかに言い放った。
『そんなもの出ないゾ』
「ええっ!?」
「今の二人にお見せできる魔法なんてないゾ。とりあえず、そこにいるウサギどもを肉体で殴るくらいしかできないゾ。魔法なんて一ミリも出せない、二人は魔法少女じゃなくて、ただの”戦闘少女”だゾ!」
「魔法が出ないって……じゃあ、この格好と杖は何のためにあるのよ!?」
ヒナタが絶望の叫びを上げるが、オーガラビットの群れは待ってくれない。怒り狂った数匹が、同時に二人へと襲いかかってきた。
「もう、知るかーーーっ!!」
ヤケクソになったツムギが、手にした杖をギュッと握りしめる。その瞬間、ツムギの細い腕の、可愛いフリルの下にある筋肉が「ピキッ」と不自然なほど強固に引き締まった。
「私の……私の、十四歳の誕生日のハンバーグを、よくも踏み潰したなあああ!!」
ツムギは、迫り来るオーガラビットの顔面に向け、華奢なドレス姿からは想像もつかない、超音速の右ストレートを叩き込んだ。
ドゴォォォォン!!!
凄まじい衝撃波と共に、二メートルの巨体がダンジョンの壁まで吹き飛び、文字通りめり込んで消滅した。
「……はえ?」
呆然とするヒナタ。だが、ツムギの「ハンバーグの恨み」はそんなものでは収まらない。
「ヒナタ! 魔法が出ないなら、殴ればいいんだよ!」
「え、ええい、もうどうにでもなれー!」
吹っ切れたヒナタもまた、迫る魔物の顎を、手にした杖で全力でカチ上げた。凄まじい筋力バフがかかった一撃は、オーガラビットの巨体を天井まで打ち上げる。
「オラオラオラオラァ!」
「ハンバーグの! ひき肉の! 恨みぃぃぃぃ!!」
ドレスのフリルを激しくなびかせながら、二人の少女は拳と杖を容赦なく振るった。
ダンジョン内に響き渡るのは、魔物たちの悲痛な悲鳴と、少女たちの可憐な(?)怒号。
数分後。
そこには、跡形もなく殲滅され、光の粒子となって消えていくオーガラビットの群れの残骸と、肩で息をする、フリルドレス姿のツムギとヒナタの姿だけが残されていた。
「はぁ、はぁ……。な、何これ……めちゃくちゃ強いじゃん、私達……」
ヒナタが自分の拳を見つめながら、引きつった笑みを浮かべる。
「強いのはいいけど……」
ツムギは、完全に潰されてしまったひき肉のあった地面を見つめ、がっくりと肩を落とした。
「これ、お母さんにどう言い訳しよう……」
少女たちの、物理で戦う奇妙なハンター生活はこうして最悪で最高の形で幕を開けたのだった。




