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崩壊した世界で君と出会う  作者: 石雲ミライ
1/4

終焉の始まり

これで何体目だよ。

生きるのも大変だよなぁ……。


俺は転がる化け物の死体を見下ろしながら、小さく息を吐いた。

ポケットからタバコを取り出し、火をつける。


「ふー……」


白い煙が、崩れた街の空へ溶けていく。


静寂は、長く続かなかった。


「ア゛ア゛ア゛……」

「ガルルゥ……」


暗闇の向こうから、複数の唸り声が響く。


「……はぁ。一息つく暇も与えてくれないのかよ」


吸いかけのタバコを地面に落とし、靴で踏み消す。

そして化け物に突き刺していた黒い刀を手に取った。


冷たい感触が掌に伝わる。


「さてと……経験値稼ぎ、しますか」


俺は迫り来る影へと歩き出した。


――数ヶ月前に遡る。


俺の名前は北条海斗ほうじょう かいと

24歳、どこにでもいる会社員だ。

特別な才能もなければ、特別な夢もない。ただ毎日を消費するだけの、ありふれた人生。


大学を卒業して入社した会社は、いわゆるブラック企業だった。

朝は早く、夜は遅い。上司の機嫌に振り回され、終わりの見えない業務に追われる。

気づけば、会社と自宅を往復するだけの毎日になっていた。


そんな灰色の生活の中で、唯一の楽しみがある。

スマホで読む小説――『ある日の異世界転生で』だ。


王道の異世界転生もの。

冴えない主人公が事故をきっかけに異世界へ転生し、圧倒的な力を手に入れる。

仲間と出会い、強敵を倒し、そして最後にはヒロインと結ばれる。


ありきたりな物語。

けれど、だからこそ羨ましかった。


「あー……俺も異世界転生とかしてぇなぁ」


仕事帰りの夜道を歩きながら、思わず空を見上げる。


「んで、可愛いヒロインと恋をしたぃぃぃ!!」


もちろん、そんなことが起きるはずもない。

わかっている。わかってはいるけれど――夢くらい見てもいいだろう。


「……まぁ、無理か」


小さくため息を吐き、肩を落とす。


「とりあえずコンビニで弁当でも買って帰るか」


俺はいつも通り、明かりの灯るコンビニへと足を向けた。


コンビニの自動ドアを抜けると、夜の空気がひんやりと肌を撫でた。

背後で店員の声がする。


「ありがとうございましたー」


俺は軽く会釈だけして、袋を片手に歩き出す。

中身はいつもと同じ弁当と、タバコ。代わり映えのしない、毎日お馴染みの組み合わせだ。


家へ向かう途中、赤信号に捕まる。

ぼんやりと点滅する歩行者用信号を眺めながら、ため息をついた。


やがて信号が青に変わる。

俺はゆっくりと歩き出した。


「はぁ……こんな毎日がずっと続くのかなぁ」


何気なく呟いた、その瞬間だった。


視界の端から、強烈なライトが迫ってくる。

反射的に顔を上げると――トラックが凄まじい勢いでこちらへ突っ込んできていた。


「え、これ……異世界転生あるあるのやつじゃん!?」


頭の中に、さっき読んでいた小説の展開がよぎる。

咄嗟に目を閉じた。


「うっ……!」


衝撃を覚悟して、体に力を入れる。

けれど――


……何も起こらない。


「ブーーーッ!!」


大きなクラクションの音に、思わず目を開けた。

トラックは目の前で止まっていた。運転手が窓から顔を出し、怒鳴っていて、信号は赤に変わっていた。


「あ、普通に止まったのか……」


気まずさを感じながら、俺は小走りで横断歩道を渡った。


それから数分後、自宅に到着。

靴を脱ぎ、部屋の明かりをつけ、弁当を開ける。


特に味わうこともなく食べ終え、タバコに火をつけた。

煙をゆっくりと吐き出す。


「ふー……」


静かな部屋に、煙だけが漂う。


「あーあ、あの状況普通、俺引かれて異世界転生するよね……」


苦笑いしながら呟く。


「まぁ、んな事現実だとあるわけないか。人はきっと、死んだらただ無になるだけだよな……」


自分で言っていて、少し虚しくなる。


「……こんな事考えず、さっさと寝るか」


タバコを灰皿に押し付け、ベッドに倒れ込む。

疲れた体はすぐに眠りへと落ちていった。


――どれくらい経っただろうか。


ドカン!!


凄まじい爆音が、部屋中に響いた。


「ん……なに!? 地震!?」


飛び起きる。

窓の外が赤く染まっているのが見えた。


慌ててカーテンを開ける。


そして、俺は言葉を失った。


目の前に広がっていたのは――燃え盛る家々。

夜空を焦がす炎。立ち上る黒煙。


そして、その周りを徘徊しているのは――


人ではない、何か。


異形の化け物たちだった。


そのとき、玄関の方から物音がした。


――ガン、ガン、ガン。


扉を叩く重い音。

規則的で、明らかに人間のものではない。


「なんだ……まさか、あの化け物達が上がってきたのか……?」


心臓が一気に早鐘を打つ。

だが、いざ現実でこんな状況に置かれると、小説や漫画の主人公みたいに扉へ近づくなんて、とてもじゃないができない。


俺は後ずさりし、キッチンにあったナイフを掴んだ。

震える手でそれを構え、扉から距離を取る。


――ガン、ガン。


そして、音が止まった。


「……どっか行った?」


小さく呟く。

肩の力が少し抜けた、その瞬間だった。


バキ……バキ……バキバキバキバキッ――!!


ドカン!!


扉が内側へ吹き飛んだ。


「くそ、マジかよ……!」


壊れた扉の向こうから、異形の化け物が姿を現す。

狼に似た体躯。だが毛並みは不自然なオレンジ色に染まり、全長は二メートル近くはある。

鋭い牙がむき出しになり、低い唸り声を上げていた。


「は、はは……これ、死ぬな」


足が動かない。

声も出ない。

ただ、震える腕でナイフを前に突き出すことしかできなかった。


「ガルルゥ……」


オレンジ色の狼は唸りながらも、すぐには襲ってこない。

こちらの様子を観察しているようだった。


(なんだ……襲ってこない?)


そう思った瞬間。


「ガァァァ!!」


咆哮と同時に、狼が突進してきた。


「くそっ!」


咄嗟にナイフを投げる。

刃は確かに狼の体に当たった。だが――傷ひとつつかない。


突進を間一髪で避けると、狼はそのまま部屋の壁に激突した。

衝撃で壁がひび割れる。


(逃げないと……!)


そう思った瞬間、


「ガルゥゥ!!」


再び突進。

今度は避けきれなかった。


体が宙に浮き、そのままクローゼットへ叩きつけられる。


「ぐっ……!」


痛い。

痛い痛い痛い痛い。


呼吸が乱れる。

視界が揺れる。


もう嫌だ。

嫌だ……嫌だ……。


そのとき――


カタッ。


手に何かが触れた。

視線を落とす。


それは黒い刀だった。


以前、衝動買いした模造刀。

小説『ある日の異世界転生で』の主人公が使っていた――黒刀《淵》。


買ったまま、クローゼットにしまいっぱなしだった物だ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


ずっと願っていたこと。

異世界転生して、化け物を倒して、最強になって、可愛いヒロインと結ばれる。


でもここは異世界なんかじゃない。

現実だ。


……いや、そんなこと今はどうだっていい。


生きる。

ただ生きる。


目の前のコイツを殺して――俺が生きるんだ。


模造刀を強く握る。


狼が低く唸る。


「……来いよ、化け物が」


「ガァァァ!!」


狼が飛びかかる。


俺はクローゼットの中の服を掴み、狼へ投げつけた。

視界が遮られる一瞬。


「うぉぁぁぁ!!」


そのまま前へ踏み込み、模造刀を狼の顔面へ突き刺す。


手応え。


狼が倒れ込む。


だが、俺は止まらなかった。


何度も。

何度も。

何度も。何度も。何度も。何度も。


何度も――!!


刀を突き立てる。


やがて狼は動かなくなった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


手には、狼の黒い血と、俺自身の赤い血が混じっていた。

俺は今、生きるために――殺した。


散らばった部屋の中からタバコを見つける。

壊れた椅子に腰を下ろし、火をつけた。


煙を吸い込み、ゆっくり吐き出す。


「……俺はこれから、この世界で生きていくんだ」


ふぅ、と白い煙が漂う。


燃える街の赤い光が、部屋を染めていた。


そう思いながら、俺は静かに目を閉じた。

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