ep.575 お捻り……語源はなに?
2026年1月2日
●お捻りとは
今現在でも初詣に行かれてあるだろう、寒かろう……に。
いくらなんでも連続した捻りは続かなかったか、睡魔に襲われたから。
初夢は今現在の多くの人たちが見ている夢であるが、初夢は以前に採り上げたから省略っと。自分にとっての都合が良い夢こそが初夢である。クソみたいな上司が出て来たら、それは悪夢という類いの別次元の夢だから初夢とは言えない。
神社の神主さまも商売である、商売であるから拝殿の目の前に大きな賽銭箱を置く。投げ込まれる賽銭の多くが小銭だろうから、これらの賽銭もお米券と違わず「五百円の価値は四百四十円」となりて神主さまの口座に入れられる。
う~ん……現金とは目減りする時代になってしまったか、キャッシュレスにはなり得ないから神社から持ち込まれる銀行は硬貨の受け入れが大変だろう。ならば……神主さまも商売であるから、ご自分で数えて千円単位に纏めて商店街を回れば……「五百円の価値は五百円」の価値を維持出来る。商店街のご主人にとっても両替による損失は防げるから、一石二鳥となろう。「五百円の価値は五百円」の価値は両者にとってウィンウィンの関係。
お捻りとは、
大昔は農産物を持って行ってお参りをしていた。これが「お米」に取って代わられて、紙に米を包んで捻って賽銭箱に投げ入れるようになった。なんだか大道芸の料金受けのようだ。それが貨幣経済へ移行して硬貨が投げこまれる。
あ~神さま、神さまはそのような ぞんざいに扱われたお金で以て参詣客の望みを叶えてやる……ことはしませんよね?
ぞんざいに漢字は存在しないが、在存と考えた夏目さんは? とても漢字が好きだった。物事を書きとどめるにあたり「漢文」で書いていたという。多くの作品は、そこは少し「お捻り?」が過ぎてはいませんかね。吾輩は猫である、二百十日……色々な書き方を考えて書かれたようで面白い。
賽銭箱の賽は「お礼参り」という意味がある。
お礼参り?……ねぇ~……少し可笑しいとは思いませんか? げせんの輩がこれから参詣して賽銭を投げ入れて願いごとを祈る。
「昨年は頑張って小説を書きましたが、一銭にもなりませんでした、御礼申し上げます」
これぞスイカズラ流のお礼参りだろう。卒業した奴がバット持って教師を殴りつけるのも「お礼参り」というからね、だから賽銭という言葉なら神さまとしては料金後払いである。投げ込まれた賽銭に未来の願いは……糞食らえだろう。
「神さま、ありがとうございます。昨年は小説が売れてしまって大富豪になれました。一千万をお納めくださいませ」
これが本当の「賽」なんだと思うぞ? まだ叶えられない願いに「ありがとうございます」と言うのか、疑問としか言えない。
努力せぬスイカズラに大富豪の夢は、それは夢とは言えない。儚い夢?……墓の中でみる思いでの夢で十分だ。




