29.学園入学に向けて
「焼き芋が食べたい!」
朝、その言葉で起こされた。
私の肩をペシペシと叩きながら「今日のおやつは焼き芋がいい」と繰り返すのである。夢でみたのだろう。寝ぼけた頭でも分かる。
「あれ美味しいんですけど、時間と場所取るから……」
「外で作ればいいだろう。我は焼き芋の気分なのだ」
「えー」
焼き芋用の鍋はあるけど、外で作ると煤がつくからなぁ。一度使ったら完全に外用になってしまう。それに石で囲って焼き場になる場所を作らないと。いや、亀蔵の土魔法でくぼみを作ってもらえばいいか。枝は森で集めてくればなんとかなる。
「ルクスさんも手伝ってくださいよ」
「枝を集めるのだな。任せろ」
「亀蔵、ちょっといい?」
早速亀蔵と亀吉を起こし、絵を描いて説明する。簡単なくぼみで、強度をつけて欲しいと。中で焚き火をするのだとも伝えた。
「かめぇ!」
「かめかめ」
無事に二匹の協力も得られるということで、鍋を取りにいかなければ。朝食の後、ルクスさんと一緒にキッチンに行く。亀蔵と亀吉には先に屋敷裏に行ってくぼみを作ってもらう。
「焼き芋用の鍋をくれ」
「芋とトング、竹串もください」
「今日はお二人で作るんですか?」
「屋敷の裏で作ります」
「後でお茶をお持ちしますね」
「牛乳も頼んだぞ」
焼き芋セットを手に、魔法の練習をしていた場所へと向かう。近くの台にそれを置き、二匹に声をかける。
「じゃあ私とルクスさんは森に行ってくるから、亀蔵と亀吉はここで待っててね」
「かめえ」
「かめぇ」
焼き芋鍋の代わりにバケツを持って森へと向かう。早く焼き芋が食べたいルクスさんはせっせと枝を集めてくれた。それを持って亀蔵と亀吉の元に戻る。
「じゃあすぐに作りますね」
亀蔵に作ってもらったくぼみに枝を置き、焚き火を始める。その上に鍋をセットして、コロコロと転がしながら焼いていく。
「この時間で魔結晶を作るので、ルクスさんトングよろしくお願いします」
「任せろ」
最近は錬金釜で作ることが多いが、手で作るのも慣れたものだ。せっせと量産して台の上に並べていく。
「それにしてもどれだけ作るつもりだ? もう十分だと思うが」
「これはギュンタとイヴァンカの精霊に渡す用です」
つい最近聞いたのだが、私は入学の一ヶ月前に王都入りすることになっているらしい。
イヴァンカとギュンタとその他の入学生は全員学生寮に入る予定。なので王都に来るのは、入寮が可能となる一週間前。
それだけあれば準備が整うはずなのだが、お兄様の時も同じくらいだった。私は逃走するつもりなんてないが、王子の婚約者としての準備が色々とあるらしい。正直すっっっごく面倒くさい。けれど私が駄々を捏ねれば、ルクスさんが警戒されてしまうかもしれない。
それはそれで困る。イヴァンカとギュンタの死因が分からないので心配だが、ここ最近のレイミアさんの成長は凄まじい。
剣術はお兄様が「まぁこのくらい使えればいいだろう」と頷くほどで、魔法の腕も皆が認めている。そしてファドゥールへの忠誠心も高い。王家から何度か来たスカウトは速攻で断っていた。
「私が骨を埋めるのはファドゥール領のみです!」
そう言い切ったレイミアさんは、どのゲームスチルよりもカッコ良かった。
なのであまり心配はしていない。これは私が離れている間のおやつみたいなものだ。いざとなったらこれを契約していない精霊に渡して力を借りて欲しい。
「かめぇ!」
「かめっかめっ」
「亀蔵と亀吉も欲しいの? 亀蔵はこれで、亀吉はこれね」
亀蔵と亀吉にはそれぞれ、土魔法の魔結晶と水魔法の魔結晶を渡す。二匹とも出来立てホヤホヤの魔結晶を美味しそうに食べている。微笑ましく眺めていると、屋敷の方向からお父様がやってきた。ポットとコップが載ったトレイを持っている。どうやらお父様がお茶を持ってきてくれたらしい。
「お茶持ってきたぞ」
「ありがとうございます。お父様の分の焼き芋もありますよ」
「それは楽しみだ。だが今は他の話があってだな」
もしやこの流れは!
この後の言葉はすでに分かっている。だから先回りすることにした。
「亀蔵なら置いていきませんよ」
最近、時間があるとこの話ばかり。
亀蔵と長く離れるのは寂しいという気持ちはよく分かる。
だが受け入れるかと言われればそれはそれである。
「だが森の管理者という設定を大事にするなら、シルヴェスターから長らく離れてはいけないだろう」
「お父様は二十日も留守にさせていたじゃないですか!」
「だが三年は長い。それに亀吉だけではあの広さの芋畑を管理するのは大変だろう。来年から芋畑を拡大するのに」
「なんだと!?」
「もう亀蔵と亀吉に耕してもらった。なぁ、亀蔵、亀吉」
「かめぇ」
「かっめ!」
私があんまりにも断るものだから強硬手段に出たのか……。とはいえホームズ一家の活躍を考えると無理な話でもない。
「亀吉だけに任せっきりじゃ可哀想だけど、亀蔵と離れるのは私も寂しいし……」
「かめぇ……」
どうしたものかと首を捻る。亀蔵も悩んでいるようだ。けれどルクスさんはすぐに、芋畑と亀蔵のどちらも取る方法を見つけたようだ。なんてことないように答えを告げる。
「ウェスパル、亀を増やすのだ。以前言っていた亀の中でまだ残っているものがいただろう」
「亀太と亀之助のことですか?」
「そうだ。三匹もいれば留守中も安泰だ」
お父様はニッコニコである。
どうやら初めからこの方法を狙っていたらしい。
「魔核も飾っているだけじゃもったいないもんな」
いい笑顔でそう言い放った。亀蔵を利用しながらも利益を複数ゲットするとは……。お父様は策士である。
「そうと決まれば早い方がいいだろう。焼き芋は私が作っておくから、ウェスパルは亀太と亀之助を作ってくれ」
お父様はルクスさんからトングを受け取り、焼き芋番となる。私の気が変わらないうちに亀を増やしてこいということだろう。
いっぱいお茶を飲んでから小屋へと向かうことにした。魔核はあるので錬金獣を増やすのも簡単だ。といっても魔核は一つしかない。ルクスさんが二匹と言ってしまった手前、ちゃんと二匹いないとお父様は納得してくれない。それに私も四匹で揃えてあげたい。
先に魔核を作ることにした。
一回作っているのでコツみたいなのも掴めている。サクッと作ってしまおう。
二日後、無事に亀太と亀之助が生まれた。
大きさは亀吉と同じなので、見分けるためにも色違いのバンダナを作った。
「黄色いバンダナをしている子が亀太で、ピンクのバンダナをしている子が亀之助です」
ちなみに亀吉は青で、亀蔵が赤。
それぞれ好きな色を選んでもらったらこうなったのだ。
亀太と亀之助の強さは亀吉よりも少し劣る程度。だが二匹の力は非常に安定している。亀蔵と亀吉がイレギュラーだっただけで、錬金獣とは本来こういうものらしい。神の力が含まれている亀蔵はともかく、亀吉もそうなのか。なんだか意外だ。
だがお父様にとっては強さはあまり重要ではないらしい。
「魔物が襲ってきたらお父様がやっつけてあげるからな!」
早くも頬をすりすりしながら可愛がっている。お母様もその後ろでおやつを持って控えている。
「増えた分、魔結晶のストックも増やさないとなぁ」
「なくなったらダグラスに取りにいかせるからそんなに急がなくていいぞ。それからこれ。鍋置きを作ったから使ってくれ」
芋を焼いた際、あると便利だなと思って作ってくれたらしい。今度芋を焼く時に使わせてもらおう。
「そうだ、先に芋だ。焼き芋を作るぞ」
「早速この鍋置きを使いましょうか」
「お父様は亀達と一緒に芋畑に行ってくる」
「かめぇ!」
「かめっ!」
「お芋焼いておきますね」
亀達は芋畑へ、私とルクスさんは屋敷裏に向かう。
亀蔵に作ってもらったくぼみはそのまま残してある。枝も多めに拾ってきたため、残っている。飲み物と芋だけ取りに行こう。




