第九十八話 玲香の異変
馬車はその速度を落とすことなく、俺達を何処かへと連れていく。
その道中で、シャドウは俺にいろいろな事を伝えてくれた。
「まずお主を攫った連中で御座るが……全員死亡したで御座る」
「本当か、それ……? あのビャクラってやつもか?」
少し、玲香が反応したことが気にかかったが、俺は構わず話を続けた。
「ビャクラに勝てたのは……偶然で御座る。奴の油断が無ければ決して勝てなかった……」
「油断……か」
ビャクラは恐らく御しやすく、俺に勝てる相手としてシャドウを選んだのだろう。弟子を人質にとることで無理矢理指示に従わせ……最後には裏切った。
だがそれが結果的に悪手。シャドウの執念をビャクラは読み違えていたという事か。
「うむ。拙者が……切り伏せたで御座る。これでようやく、弟子達の仇を取ることが出来たで御座るよ……」
「……そうか。それで……奴らは何者だったんだ?」
「済まぬ……それは拙者にも分からないので御座るよ」
「分からない? あんたは最初奴らと行動してたじゃねえか。それなのに何で……」
「一方的に脅されたので御座る。弟子を人質に取られ……、協力しろ、と。だから、拙者にもビャクラが一体何者なのかは分からないので御座る」
シャドウは……利用されただけだった。
敵についての情報は一切知らされていない。ビャクラはその辺随分と用心していたようだ。
「そういえばあんたもう動けるのか? ビャクラに刺されて……毒みたいなのをくらったって聞いたが……」
「それは私から説明するよ。えーと……」
横で黙って伏目がちに俺達の会話を聞いていた玲香がその先を説明してくれた。
エクスヒールで動けるようになったシャドウと玲香は協力してビャクラ達に追いつき、これを倒した。しかしその段階でエクスヒールの効果は切れ、シャドウの身体には再び毒が回り出した。
「きつかったで御座るよ……。本当に死ぬかと思ったで御座るから」
「それで急いでビャクラの身体を漁ったら、解毒剤を持っていたの」
ビャクラは毒や薬を塗ったナイフを用いる都合上、それを治す薬も持ち合わせていたという。
成程な。俺が最後に見た時のシャドウは苦しそうに呻いていたが、今は解毒剤を飲んで安静にしているって事か。
そして玲香は奴が持っていたであろう解毒剤の容器と……もう一つ、俺が見覚えのある薬を鞄から取り出して見せてくれた。
「! それ……」
「うん。解毒剤を飲んで安静にしてたシャドウさんが教えてくれたの。これ……すっごくいい回復薬なんでしょ?」
俺をナイフで何度も切り刻んだ時にビャクラの部下が塗っていた薬。
それが……今、玲香の手元にあった。
「かなり高価な薬で御座る。それを手に入れられるのは……恐らく貴族くらいであろう」
「おい……ビャクラはそれを数個持っていたぞ」
「左様で御座るか!? さすれば……敵は間違いなく貴族クラスの連中か……或いはどこかの領主で御座るぞ、正真殿」
「マジかよ……」
「うむ。しかしこうして一つ我らも手に入れられたのなら……この薬から敵の正体を探る事も出来るかもしれないで御座る」
シャドウは玲香の手から回復薬を取って見せてくれた。
文字が読めないから、なんと書いてあるかは分からない。
そしてその表面には赤色の薔薇……少なくとも、俺が知っている薔薇のような花の絵が描かれていた。
加えて、側面も芸術品のように彫り込まれており、見た目だけでもかなりの高級品であることが伺えた。
「それ程に装飾が施された薬で御座る。取り扱っている商会が分かれば敵の正体に一歩近づける筈で御座る」
「じゃあ……この文字は何て書いてあるんだ? シャドウ、お前になら読めるだろ?」
「いや、それが拙者にも意味が分からないので御座る。恐らく商品名なので御座ろうが……”エデンの魂”……それしか書いていないで御座るな」
エデンの魂……? それが、この薬の名前か?
しかし……魂、か……
「まあ、いいか。しかし……成程な。これを売っている商会か……或いは取引相手が俺達の敵になるって訳か」
「その通りで御座る。なかなかカンが良いで御座るな、正真殿。しかし問題は……」
「この薬を売っている商会がいったいどこなのか、という事ですね」
俺が言う前に、玲香が答えてしまった。
しかし、その通りだった。シャドウの様子からして、この薬の事は知らないようだ。
勿論俺達もこれほどの高級品を取り扱っている所なんか知りもしなかった。
「そこで、で御座る。それを調べるために今拙者らは次の町、モンテビオラに向かっているので御座る。あそこは商人の町として有名で御座るから、きっとこの薬の情報も手に入れられるで御座るよ」
「……ん? クラクスじゃダメなのか? あそこだって情報屋がたくさん……」
「いや、もうクラクスにいない方が良いので御座るよ、正真殿」
話を聞くと、どうやらあのビャクラが手紙をどこかに送っていたという。
シャドウは内容までは把握していないようだったが、恐らく味方を呼ぶための手紙だろうと推測していた。
クラクスに留まってしまうと近くにいることが即座にバレ、再び襲われる可能性が高い。その為にシャドウと玲香は町を出る決断を下したのだという。
「そうか、ありがとな玲香。俺が眠っている間に荷物まで運んでくれて……」
「……ううん、大丈夫だよ、正真君……」
「……」
「……」
玲香は、微笑みを少し返すだけだった。それも、かなり無理をしていた。
最初の質問から引っかかる部分はあった。何故玲香は俺が人殺しをするかもしれない場面で何も言わなかったのか。
いつもの玲香なら、例えば人殺しはいけないとか、俺に剣を捨てるように言った筈なんだ。
それなのに、あの時は黙って俺達のやり取りを見ているだけだった。
「……正真殿、続けて良いで御座るか?」
そしてシャドウ。こいつも恐らく、まだ何かを隠している。
だからこそ、玲香の様子に気付いていながら触れようとしないのだろう。
「……ああ」
俺は迷っていた。
いつ玲香に聞こうかと。どうしたのだと聞こうかと迷っていた。
だけど俺には、今の玲香は触れてしまえば容易く壊れるように見えてしまった。
「話を続けよう、シャドウ」
「……感謝するで御座る、正真殿」
だから俺はその時……何も出来なかった。




