第九十七話 主人公の目覚め
「……ん」
「あ……」
「起きたで御座るな、ショーマ殿」
またしても俺が寝転んでいる地面は揺れ、車輪が回転している音が耳を刺激する。
しかし、今俺が目覚めた場所は以前目覚めた場所とは様子が違っていた。
緑色の幌、揺れは控えめ、そして何より……あの男、ビャクラの姿が見えず、そこにいたのは……玲香とシャドウだった。
「ここは……玲香、何処だ? それにシャドウ、てめえ!?」
「落ち着くで御座る。拙者とレイカ殿はお主をビャクラより奪還し……今、次の町へと向かっているので御座る」
シャドウを見て反射的にバレット・セカンドを発動しそうになったが、シャドウが剣を俺の前に置きつつ、もう片方の手を開いて俺の動きを制止した。
シャドウは腹を抑え、幌にもたれかかっており、突き出した手は僅かに震えている。
何故玲香とシャドウが一緒にいるのか理解できなかったが、玲香も俺に目でシャドウを信じてくれと訴えかけていた。
「そうなのか? 玲香、本当か?」
「うん……。でも、良かった……正真君……生きていてくれて……」
玲香は俺が目覚めた時から目に涙を浮かべていた。
そして、玲香は俺に近付き――
「ッ……!!」
「玲香? どうしたんだ?」
「あ……いや、ううん……、良かったよ……正真君を取り戻せて」
玲香の言葉には力が入っているようには思えず、憔悴した表情を浮かべていた。
俺に伸ばした玲香の手は、すんでの所でピクッと手首を返して止まり、そのまま引っ込めてしまった。
「シャドウ! 玲香に何をした!!」
「ショーマ殿、今は……レイカ殿をそっとしておいてほしいで御座る」
「は!? 何言ってやがる、話せ!!」
「レイカ殿もそれを望んでいるので御座るよ」
すぐさま俺はシャドウを疑いにかかった。
そもそもなぜこいつがこの馬車に乗り込み、あたかも同行者のような面をしているのかが分からない。こいつと俺は一度戦い、そして……ビャクラに殺された筈だ。
それなのに何故今こうしてピンピンして生きているのか。
さらに疑問なのは、どうも玲香がこいつの事を信用している様子だった事だ。
シャドウが目線を玲香の方に向けて確認すると、玲香は何も言わずにコクリと頷き、手を膝元に置いた。
「うん、ごめん正真君……今は少しだけ、心の整理をさせて」
「どういう事だ、玲香? 一体何があったんだよ!?」
「……」
「答えてくれ、玲香!!」
「……ショーマ殿、その前に伝えておきたい事があるで御座る」
「黙れシャドウ!! 俺は今玲香と話して……」
「阿呆が!! 拙者を見ろ、タカサキ・ショーマ!!」
「ッ……!?」
凄まじい怒気をはらんだ、シャドウの声。
それが発せられた瞬間、あまりの剣幕に俺だけでなく玲香の体までブルリと震えあがってしまった。
「今は、拙者の話を聞くで御座る。現状をお主に伝えねばならぬで御座るからな」
シャドウは、息を整えた上で改めて俺の方に向き直った。
その真剣なシャドウの雰囲気に俺はこれ以上抗うことは出来なかった。
「先ずは、お主に詫びなければならぬで御座るな。ショーマ殿。騙されたとはいえ、お主をビャクラに引き渡し、命の危険に晒してしまった事、面目次第も御座らぬ。誠に申し訳ないで御座る」
そう口上を述べたシャドウは床に頭を着け、その前に手を合わせた。
世間一般でいう、「土下座」の姿勢。この世界にもそんなものがあったという事実には驚かされたが、シャドウはその姿勢のまま言葉を続けた。
「ショーマ殿、拙者の行いは許されるものだとは考えていないで御座る。その為、ショーマ殿に選んで貰いたいので御座る」
「……この刀、か?」
「左様。ショーマ殿にはその権利があるで御座る。拙者の罪は……死を以て償わねばならぬで御座る」
「俺に人殺しをしろってことか? シャドウ」
「この世は殺意には殺意をもって返さねば生きてはいけぬで御座る。拙者は一度お主を命の危機にさらした。ならばお主は拙者をこの刀で以て死をもたらさねばならぬ。それが道理というものなので御座る」
「……あんたはそれでいいのかよ」
「良いも悪いも無いので御座る。罪には誠心誠意向き合う。これは拙者の信条で御座る」
シャドウは剣を俺に握らせ、後ろを振り向いた。
無防備な状態、かつ今奴は刀を持ってはいない。この刀を抜けばこいつの命を奪うことは容易いだろう。
一度殺されかけた相手だ。恨みも当然残っている。そんな相手を消す事の出来る最大のチャンス。
刀を抜けば、それで終わる。それで……
「……ざけんなよ、シャドウ」
だが、俺には出来なかった。
殺したいと、憎いとは思っている。
けれど実際にこの刀を抜いてしまえば、自分の中の何かが無くなってしまう気がした。
「死を以て償うだと? 寝言は寝ていえ」
「お主、本気で御座るか? 今拙者を殺さねば、またお主を狙うかもしれないので御座るぞ」
「ああ、そうかもな。だけど……ここであんたを殺す訳にはいかないのさ、シャドウ」
「ふむ?」
「あんたにはまだ聞かなきゃならねえ事が山ほどあるからな。それを聞くまでは……あんたを殺せねえ。いや違う……俺は、あんたを殺したくないんだ。勿論一度殺されかけたけど、玲香と一緒になって俺を助けてくれたんだろ? なあ、玲香」
ここに玲香と一緒にいるという事は、玲香がシャドウを信用したという事だ。
俺は未だに顔を伏せっている玲香に確認を取った所……彼女は首を縦に揺らした。
「やっぱりな。お前ら何がしたいんだ? 俺を試すような真似しやがって」
「済まぬで御座る。それで、拙者をどうする気で御座るか? ショーマ殿」
「返すよ。俺は刀を振るったことも無いしな」
「……甘いで御座るな。それではこの先、生きて行けぬぞ」
「かもしれねえ。だから、あんたは俺達に協力してもらうぞ」
「む?」
「知ってることは話してもらうし、奴らはまた俺達を襲ってくるかもしれねえ。だからあんたも一緒に戦ってもらうぞ。……俺達の仲間として」
シャドウに剣を返した俺は、シャドウに右手を差し出した。
「拙者を仲間に引き入れる? 正気で御座るか、ショーマ殿?」
「ああ。あんたが本気なら、それくらいしてくれる筈だ。それにあんたにも理由はあるだろ? どうやら弟子を奴らに殺されちまったみたいだしな」
「成程……。しかしお主は拙者を信用できるので御座るか?」
「それは分からねえ。これから先、妙な動きを見せたら……今度こそ、あんたを殺しちまうかもしれない」
それは、俺の精いっぱいのハッタリだった。
この男に俺は一度完全に負けている。次戦っても勝てる見込みなど無かった。
けれどこの男の協力が無ければ、俺達は敵の正体を掴むことが出来ないという確信があった。
そして俺の答えに――シャドウは腹を抱えて笑った。
「ふはははっは!! これほど危なっかしい男は初めてで御座る!! よくそんな甘さでここまで生き残れたで御座るな!! はっはっは!!」
「……んだよ、悪いか?」
「当たり前で御座る! しかし……だからこそ、お主には拙者のような男が必要で御座るな」
シャドウは笑いながらも、俺の右手を強く握りしめた。
「覚えておくといいで御座る。このような事はもう二度とないで御座るからな」
「そういうあんたも、随分と甘いじゃないか。俺の気が変わって、あんたを殺しにかかるかもしれないぞ」
「その時はその時で御座る。お主に殺される事は覚悟の上で御座るからな」
「……やっぱ、あんたも変な奴だな」
シャドウは掴んでいた手をスッと離してやおら立ち上がった。
背筋を伸ばし、引き締まった顔をしていたシャドウ。その体はもう震えてはいない。
刺客としてではなく、一人の剣士として、そして一人の男として、シャドウは俺達に向き合っていた。
「改めて、拙者は武を修めるために各地を放浪する黒式剣術、免許皆伝シャドウと申す者で御座る! 正真殿、並びに玲香殿の厚き御心と信念によって進むべき道を定めることが出来たで御座る。
故にこれより……お二人と運命を共にすることを誓おう! よろしくお願いいたし申しあげるで御座る!!」




