第九十六話 ラウンド3(矢島玲香)
ビャクラとの最終決戦。
シャドウさんが接近し、私がそれを補佐する形でビャクラと戦っていた。
「黒式剣術、〈双撃〉……!!」
「ちいッ……!! 本ッ当に笑えねえ……!!」
「シャドウさん、躱してください! セークリッドフォース!」
ビャクラはナイフで捌いたり体を大きく傾けて私達の攻撃を避けてはいたけれど、先ほどまでの余裕はすっかりと消し飛び、苦悶のに満ちた顔を浮かべ出した。
防戦一方。私達のコンビネーションを前にして、ビャクラは攻撃態勢に移ることが出来ていない。
これなら……押し切れる!!
「シャドウさん! ビャクラはもう追い詰められています!」
「うむ!! 覚悟するで御座る! ビャクラ!!」
「いい気になってんじゃねえぞ……!! 俺は一発でも当てりゃ勝てんだよ!! それに炎王様の命令は絶対だ、何としても果たさねばならねえ!」
「!! シャドウさん、ナイフが来ます!」
しかし簡単に倒させてくれる相手ではない。
ビャクラは服の裾を全開にして持っていたナイフをシャドウさんに投げ始めた。
驚くべきは仕込まれていたその本数。なんとビャクラの服の裏側にはびっしりとナイフが敷き詰められてあり、それも数十本では済まないレベルで持ち歩いていたのだ。
それに加えてビャクラはズボンのポケットからもナイフを取り出していた。
「貴様……一体どれほどナイフを持ち歩いているので御座る!?」
「ヒャヒャッ! 知らねえな、俺は心配性だからさあ、持てるだけ持っていくんだよ!」
「むうッ……! 黒式剣術……ぐふッ……!?」
「シャドウさん!?」
「ヒッヒヒ!! もうとっくにシャドウちゃんは限界だなあ!! おとなしく眠ってろ!!」
突然、シャドウさんは口から血を吐き出してその足を止めてしまった。
もう時間が来てしまったのか。一時間のタイムリミット。毒が再びシャドウさんの体内を駆け巡り出したのが傍目にも感じられた。
命を削るような咳をするシャドウさんをビャクラは見逃さず、掴んでいたナイフをシャドウさんめがけて勢いよく放り投げた。
「危ない! シャドウさん!」
「ヒャヒャ!! 立ち上がって来た時ビビったが、これでお終いだあ!」
シャドウさんの背中は激しく上下している。もはや立ち上がっているのも奇跡だろう。
ビャクラの攻撃を見て、シャドウさんを守ろうと私は走り出したけれど、とても間に合いそうには無かった。
「黒式……剣術……〈獅子舞〉ッ……!!」
「はッ!! 今更何しても遅え! ナイフはお前の身体に……」
そう、私もビャクラが言いたいことは分かっていた。
もう私もシャドウさんも投げられたナイフを叩き落す事なんて不可能だった。
掠っただけでも動きを止めてしまう痺れ薬が塗られているナイフだ。命中すればその時点で敗北。
それは、シャドウさんも分かっていた筈だ、けれど――
「シャ、シャドウさん!? 自分から当たって……!?」
「な!? てめえ……なんで俺のナイフが刺さってまだ動けやがる!?」
黒式剣術、〈獅子舞〉。
それを発動させた瞬間、シャドウさんの身体は白い光で覆われた。
その本当の効果は分からない。剣術ではなく、何か肉体強化系の術なのだとは思うけれど、まさかナイフに突っ込んでいくとは誰も想像していなかっただろう。
私はおろかビャクラですら予想外の行動。
しかし現実に、シャドウさんはナイフが数本体に突き刺さってもビャクラに迫ることが出来ていた。
「済まぬで御座るなぁ……。拙者とっておきの技なので御座るが、いかんせん肉体への負担が大きすぎるゆえ、ここぞという時に発動させたかったので御座る」
「シャドウ……さん……?」
「しかし……これでビャクラに近づけたで御座る……なあッ……!!」
「ぐ……シャドウ……!!」
ビャクラの隙をつき、ようやくシャドウさんは間合いに入ることが出来たようだ。
白い光に覆われたシャドウさんの目は、これまで以上に激しく燃え盛っていた。
「黒式剣術、〈五月雨〉!!」
「ちいいぃぃッッ!! 舐めんなあァァッ!!」
遂にシャドウさんの剣が届く。
ビャクラとの一騎打ち。ナイフと剣とが激しく打ち合う音が空気を震わせる。
ビャクラは何とかシャドウさんから離れようと試みていたけれど、それを簡単にさせるシャドウさんではない。意地でも逃すまいと剣速はみるみる上昇していった。
「ビャクラアアァァッッ!! ここで貴様を仕留めるで御座る!!」
「うぜええ!! 離れやがれ!!」
「弟子の仇……! そして正真殿に詫びるためにも、死んでもらうぞ!」
「そうかいッ……!! だが俺にだって引けねえ理由はあるんだよ!! 炎王様のため、そして俺のプライドにかけて、あんたを仕留めるぜ、シャドウ!!」
遂に覚悟を決めたビャクラが、服の中にしまっていたナイフを一斉に取り出した。
「シャドウさん! 上です!」
シャドウさんと戦っていた時にも見た、ナイフの雨。
一瞬で移動したかと見間違える程のスピードで上空に投げられた無数のナイフが、再びシャドウさんに降り注いだ。
「私が弾きます! セイント……」
「ぬあああ!! 黒式剣術、〈山茶花〉!」
しかし、シャドウさんはそれを遥かに上回る程の斬撃を周囲に展開した。
花びらのような斬撃。降り注いだナイフの雨の侵入を再び防ぎ切った。
「ビャクラアアァァッッ!!」
「クソがアアァァッッ!! もう知らねえ!! 全開で殺すッッ!!」
私ですら怯え立ちすくむ程の気迫と怒声で剣を振るうシャドウさん。
もはやその太刀筋は目で追うことが出来ず、空間を切り裂く線しか私には見えない。
一方のビャクラは両手に持てる限りのナイフを掴み、シャドウさんの剣と真っ向からぶつかっていた。
打ち合い、激しく火花を散らす剣とナイフ。シャドウさんはひたすらに剣をビャクラに突き立てんし、ビャクラは是が非でもナイフを当てようと命を懸ける。
「だああッッ!! 死ねシャドウ!!」
「黒式剣術、〈双撃〉……、〈五月雨〉ッ!!」
「ぐ……おおッ……!!」
しかし、その均衡は崩れ始めた。
シャドウさんが距離を詰め、避けきれない斬撃を身に浴びるビャクラ。服は所々裂け、血が滲んでいた。
「いけます! シャドウさん!」
「ビャク……ラアアアアアァァァァッッッッ!!!!」
シャドウさんの意識は多分もうないだろう。
黒い瞳孔はもはや見えてはおらず、ただ本能に従って剣を振るっているんだろう。
激情。荒波のような激高が今のシャドウさんを突き立てていた。
「ぐ……おお……シャドウ……!!」
そして遂にその時は来た。
ナイフを補充する暇のない程のシャドウさんの攻撃速度に押されたビャクラの手から遂に最後の一本が叩き落され、がら空きになった。
最後の一撃。今までよりも遥かに激しい声で振り下ろされたシャドウさんの魂の一撃。
「黒式……剣術……、〈一閃〉!!」
一閃。まさに言葉通りに光り輝く鋭い一振りがビャクラの胴を切り裂いた。
「ち……申し訳ありま……せん……炎王……様」
小さく呟いたその言葉を最後にビャクラは血を噴き出して……倒れた。




