第九十五話 ラウンド2(矢島玲香)
「ちッ……動けんのかよ。油断したぜ」
ビャクラは私が立ち上がった事に驚いているようだ。
ナイフを今度は逆手に構え、私の出方を伺っている。
「だが、結構無理してんだろ? お嬢ちゃん」
「黙りなさい……! 今度その呼び方で読んだら本気で殺しますよ!」
ビャクラの言う通りだった。立ち上がる事は出来たが、私の足元はプルプルと震えている。
呼吸も何とか出来てはいるが、息苦しさを拭うことは出来ていなかった。
けれど、私は戦うと決めた。
それなら例え体が動かなかろうと手足が千切れようとこの男に全力で抗わねばならなかった。
「ヒヒ、怖い怖い。ま、俺としちゃ悪くねえな。女の子をなぶりながら戦える機会って意外と無いからさあ」
「私も……興味ありますね。偉そうに見下していた男が泣きべそかく姿は」
「なかなか言ってくれるじゃん、それじゃちょっと期待しちゃおっかな?」
ビャクラと私の戦い。
先に動き出したのはビャクラ。ナイフを持ち替えて私に突っ込んできた。
単純だけれど、その速度は想像していたよりも速い。
私はあのナイフにもう一度触れた時点でアウト。だから……ビャクラの動きは見逃してはならなかった。
「セークリッドフォース!!」
「おっとぉ!? ヒヒヒ! 惜しい惜しい!」
「逃がさない! セイント・バースト!!」
セークリッドフォースは直線、セイント・バーストは拡散して放たれる攻撃魔法だ。
ビャクラが正面に居る時は前者を、横に躱したり、体を低くして近付こうとしてきたなら後者を使ってビャクラを追い詰める。
私の魔法に近付けないと判断したのか、ビャクラは途中からナイフを投げ始めてきた。
けれどシャドウさんとの戦いを見ていたおかげで、それの対処も簡単だった。
「ホーリー・シールド!」
「防御魔法!? やるねえ、言うだけの事はあるってか……!」
「絶対にあなたを倒します! そして、正真君を取り戻す!」
「ヒャヒャヒャ! 俺を倒すって? 無理無理、お嬢ちゃんみてえな甘ちゃんにゃ俺は倒せねえぜ」
「その口を閉じなさい! セークリッドフォース!」
実際、戦いは私が優勢だった。
痺れ薬の効果で身体こそ満足に動いてはいないけれど、そこは魔法でカバーする。
攻撃魔法、そして防御魔法でビャクラを近付けさせず、攻撃も通さない。
私はこの時点までいける、勝てると思っていた。
「ちッ……ああ、こりゃ無理だな、倒せねえや」
しかし突然、ビャクラが私への攻撃を中断した。
「お嬢ちゃんは強えなあ。タイマンじゃ勝てないって分かったよ」
「そう! だったら、早く降参しなさい!」
「降参? おいおい、やっぱし甘ちゃんじゃねえか。俺は戦いではお嬢ちゃんには勝てねえようだが、勝負に関しちゃ負けるつもりはねえ」
「言ってる意味が分かりません! 早く手を後ろに上げて、跪きなさい!!」
何でだろう、すごく嫌な予感がする。
この男にこれ以上喋らせてはいけない、そういう予感が……。
「ヒヒ……あれ、まだ気づかないの? お嬢ちゃん、随分と記憶力悪いみたいだねぇ。ま、しょうがねえか。俺の部下の事なんてすっかり忘れてるわな」
「……!! まさか!!」
最悪だ。どうして今まで気が付かなかったのか。
「さあ、攻撃を続けなよ。その代わり、大事な彼氏の首が体とバイナラしちゃうけど」
部下の一人……私が馬上で吹き飛ばした男が、正真君の首元にナイフを当てていた。
正真君はまだ意識を取り戻していないようで、男が近くに来てもピクリとも動かなかった。
「ぐッ……ビャク…ラ!!」
「ヒャヒャヒャ!! だから言ったっしょ? お嬢ちゃんは甘ちゃんだって。まさか敵を殺しもしないなんてねえ。本当に戦いに来たの?」
「正真君から……手を……離しなさい……!!」
「なーに言ってんの? ンな事するワケ無いじゃん」
無理だ。こんなの……続けられる訳が無かった。
戦えば、正真君の命を捨てることになってしまう。
ずっと一緒に頑張って来た正真君を見捨てる事なんて、私にはできなかった。
「さ、遠慮なく魔法を撃って来なよ。その代わり少しでも攻撃したら彼氏を……」
その時だった。ビャクラが私に近付いて正真君から目を離した時、彼の鳴き声が森中に響き渡った。
「ヒヒーン!!」
「ぐあああッッ!? な、何だあ!?」
「あ!?」
「え!?」
そう、私にはもう一人、頼もしい仲間がいたんだ。
お馬ちゃん。ここまで連れてきてくれた彼が、ビャクラの隙をついて正真君を掴んでいた男にとびかかったのだ。
蹴り挙げられ、踏まれる部下の男。
けどそのおかげで、正真君から引き剥がす事が出来た!!
「ありがとうお馬ちゃん!! セークリッドフォース!!」
私はその男に再び攻撃を放った。
私の行動を予測していたのか、お馬ちゃんは私の攻撃と同時に男から離れた。
「ぐあッ!?」
攻撃が命中し、叫び声をあげて吹き飛んでいく部下の男。
今度は強めに魔法を撃ったから……もうしばらくは本当に立ち上がれないだろう。
「ああ……!? 笑えねえぞ、コレ……!!」
「私も驚きですが……さあ、形勢逆転ですよ、ビャクラ」
「この……クソアマ……!! ぶち殺して……!!」
「それは、拙者も同意見で御座るなぁ、ビャクラよ」
怒り心頭のビャクラ。
だけど、私の方にさらに追い風が吹いていたようだ。
「シャドウさん!? もう限界じゃ……」
「この男を倒せるというチャンスに……拙者がいないというのは如何なものかな? レイカ殿」
「どうって……けど、毒が……」
「奴と刺し違えてでも倒す……その覚悟はとっくに決まっているで御座る」
シャドウさんはもう立っているのもやっとの状態だった。
けれど本気で……ビャクラを倒そうと決意を固めていた。
「……分かりました。けれど、絶対にあなたを死なせはしません。恩もあるし、何より正真君に謝ってもらわないといけないんですから」
「ふはは……そうだった……で御座るな。ならば……生きねばならぬな」
再び剣を構えたシャドウさん。
今度は一人じゃない。私も一緒にいるんだ。
「では、行きましょうシャドウさん。あの男……ビャクラをぶっ潰しましょう!」




