第八十六話 圧倒的な実力差
本気のシャドウ。その実力は――俺を遥かに凌駕していた。
「ぐッ……! バレット・セカンドッ……!!」
「遅いで御座るッ! 黒式剣術、〈五月雨〉!」
シャドウが剣を一度振るえば、無数の刃となって俺の弾丸をまるで紙切れの切り裂いた。
もう俺のバレット・セカンドでは六発撃とうが百発撃とうがシャドウには通用しないだろう。
(クソッ……! だったら……!)
次なる手段は、バレット・サード。
高威力の弾丸をシャドウに当てるしかなかったが、これも難しい。
というのも、サードはセカンドと違ってその射程は短いのだ。つまり、サードを確実に当てるためには俺はシャドウに接近する必要があったのだ。
「さあ! どうしたで御座る!? このまま撃っていても、お主は拙者には勝てぬぞ!!」
「分かってらあ! 待ってろ! もう少しで特大の弾丸ぶち込んでやる!」
「ほう……! それは楽しみで御座るなあ!」
そして次の問題。魔力が足りない。
俺のバレット・サードはある程度魔力を溜めた状態でなければ放出できない。
今みたいにバレット・セカンドを撃ちながらではそんな余裕は無かった。
「チッ……」
まずい。シャドウは俺の弾丸を躱しつつ、どんどん距離を詰めてきている。
これほどあの技――ソウル・バレットを望んだのは久しぶりだ。
あの技があれば、例えこのシャドウが相手であっても勝つことが出来ただろう。
だがセントラルの試練以来、俺はソウル・バレットを使えなくなっていた。
機会が無かったというのもあるが、どれだけ練習してもあの戦いのように魂魔法を発動させることが出来なかったのだ。
だから……今は、ソウル・バレットには頼れなかった。
「黒式剣術、〈双撃〉!」
「シールド……があぁッ!!」
弾丸を躱した一瞬の間に、シャドウが二つの斬撃波を飛ばしてきた。
一つはシールドで防ぐことが出来たが、もう一つの方には対処が間に合わず、俺は左肩に深々と傷を負ってしまった。
その傷を抑えるために、俺は……右手使ってしまった。
「やはり甘いで御座るな。傷を負ったくらいで攻撃の手を緩めてしまうとは……」
「!? しまっ……」
それに気付いた時にはもう遅かった。
シャドウは既に俺の目の前まで来てしまっていた。
あと一歩、踏み込めば俺に剣を届かせることが出来る程に接近されてしまっていた。
「ぐ……バレット・セカ……」
「遅いで御座る! ふんッ!!」
「な……!?」
何とかシャドウを引き剥がそうとして放ったバレット・セカンドも、発動と同時にかき消されてしまった。
シャドウの足を止めることは出来ない。一歩の距離が半歩へ、その半歩ほどの距離も、刹那の間に消えてしまった。
最悪だ。俺は遂にシャドウの間合いに入ってしまった。
「惜しいで御座るな。もう少し成長していればと考えると……」
「まだだ! バレット……」
「これで……ようやく、皆を救えるで御座る。……ショーマ殿、御免!」
「!? が……」
破れかぶれのバレット・サードを撃つ事すら俺には許されなかった。
シャドウは、常に俺を上回っていた。
その結果がこれだ。シャドウは――俺を切った。
「が……あああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!」
「安心せよ。死なぬ程度に浅く斬ったで御座る。さて、これで……」
右の肩甲骨から左わき腹にかけて斜めに走った痛みに耐えきれず、俺は絶叫の声を上げる。
シャドウの声すら耳に入らない。呼吸をすることもままならない程の激痛。
死んでしまう。そう感じてしまった。
「ぐ……が……」
「すまないで御座るな。拙者は……お主と戦わねば大事な弟子を救えなかったので御座る。……して、いつまで隠れているつもりで御座るか? ビャクラ」
だが、シャドウはそんな隙だらけの俺に止めを刺さないで別の方を向いていた。
それに、今最後に誰かを呼んだような……
「ヒャヒャヒャ!! さっすがシャドウちゃーん! いつから気付いてたのー?」
突然、不気味なほどに陽気に話す男が物陰から姿を現した。
痛みに耐えながら、俺は何とかその男の方を見ることが出来た。
顔中にピアスを開け、腕に蛇のタトゥーをしたその男は小走りしながらシャドウに近付いていき、肩を組んだ。
だが、当のシャドウ本人はその男の行動を嫌悪している様子だった。
「ヒャッホ! やるねー、シャドウちゃーん。ボロ勝ちじゃないのー!」
「そんな事はどうでも良い。それより、拙者の弟子たちを……」
「ん? ああ、そっか、その事なんだけどね――」
その直後、シャドウが突然地面に崩れ落ちた。
「……は?」
「!? こ……れは……!?」
何が起こっているのか分からなかった。
何故急に、シャドウは倒れたんだ? まさか、この男……
「ナイ……フ……!? お前……!?」
「んん? あれ、君起きてたの?」
「ビャクラ……お主、何を……!?」
「何をって? やだなーシャドウちゃん、分かんないの? ……アンタはもう用済みってこったよ」
倒れたシャドウは呻いてはいるものの、体が動かせないのか、しびれたように痙攣している。
そしてビャクラと呼ばれた男に目を向けると、その手には鋭いナイフが握られていた。
シャドウはそのナイフに背中を刺されてしまったようだ。だが、シャドウの様子を見る限り、多分それだけじゃないだろう。
「毒……か……!」
「へえー、結構いいカンしてんじゃん。タカサキ・ショーマ。あんたともう一人の女の子を捕まろって命令されてねー、はるばるやって来たワケよ」
「命令……!? 誰が……!?」
「え? 教えてほしいのー? それじゃあさあ……」
ビャクラは醜悪な笑みを浮かべ、俺倒れている俺に近付いてきた。
そして手に持っているナイフを――俺の傷口に差し込んだ。
「!?!? あああああ!! ぐ……ああああああああ!!!!」
「あるよね? 態度ってもんがさー。教えてください、だろ? な?」
「うああああああ!!!!」
「ああ……うるッさいなあ。ほれ、安心しろよ、後で治療してやるからさ、今は存分に苦しむ時だぜ?」
こいつ……ヤバい。まじ……い。意識が飛びそうだ。
刺されたことでえぐれるような痛みと……体全体が焼け付くような感覚が俺を襲った。叫び声をあげる事も出来ずに血を吐き出して……俺の意識は、急速に薄れていった。
「ありゃりゃ……ちょっち、やりすぎちゃった? まあ、いいか。後でどうとでもなるんだし。ほら、運んで」
薄れゆく意識の中、俺が最後に分かった事が二つあった。
一つ目は、俺は袋に入れられたという事。
ビャクラの掛け声で数人が物陰から現れ、俺の身体を丸ごと袋に押しやった。
その内の一人が袋ごと俺を担ぎ上げ……どこかへと運ばれていく感触。
そして二つ目は……
「ビャクラ……拙者の……弟子は……!!」
「ああ、メンゴメンゴ。いやね、俺もどうしようかなーって考えてたんだけどね? やっぱり上の人が証拠を残すなっていう訳よ。という訳で、シャドウちゃん達には死んでもらうことにしましたー!」
「貴様ッ……!!」
「いや、感謝してるのよ? アイツをあれだけボロボロにしてくれたのは。でもね、俺達も目立つ訳にはいかないのよ。ゴメンな。全ての罪を被って死んでくれや、シャドウちゃん」
「ぐ……お……」
「じゃ、そゆことで。まあ焦らなくてもその内毒で死ぬし、辞世の句でも考えといて」
シャドウとビャクラの会話。それを最後に――俺は、意識を失った。




