第八十二話 未だ、不機嫌
どれくらい眠っていたのだろう。
目が覚めた時、空はすっかりと赤くなっていた。
体に感じていた馬車の揺れが消え、車輪が回る音は消えている。
一体、ここは……?
「着いたよ。起きて、正真君」
「お客様、クラクスに到着いたしました。起きてください」
玲香と御者の青年が馬車の中で横になっている俺に向かってそう言ってきた。
そうか。ここが……クラクスか。
「ああ……。着いたのか」
「はい。それよりも、体調は如何ですか? この方がずっと心配されておられまして……」
「……!? いいえ、そんな事は……!」
「いえいえ。道中もずっとあなた様を見て……」
「すいません。それ以上、言わないでもらえますか?」
「ヒッ……!? も。申し訳ありません……!?」
玲香がギロリと御者の青年を睨み。震えあがらせた。
どうやらまだ機嫌が悪いみたいだが、話を聞く限り、玲香は馬車の中で俺をずっと看病してくれていたらしい。
「玲香……お前……」
「正真君、早く宿を探そう」
そう言って玲香は俺と目を合わせずにスタスタと歩いて行った。
御者の青年との会話の時から玲香はずっとこの調子だ。けれど、不機嫌のためのそれはなく、どこか照れ隠しのように俺は見えた。
御者の青年には前払いで銅貨を支払っていたから、残った俺はそこで別れを済ませ、玲香を追うために走る。
「……へえ。結構、いい町なんだな」
玲香の背中を追っかけている時に感じた町の印象はそうだった。
治安の悪い町と聞いていたが、今いる場所は昨日までにいた町と変わらない。
通行人は楽しそうに笑って歩き、食料品店のオヤジは声を張り上げて宣伝をしていて、活気に溢れている。
「待て! 玲香……!?」
「やっぱり……こういう所が、あったんだね」
だが、そのイメージは角を曲がったときに打ち砕かれた。
悪臭が漂う路地裏。ゴミが散乱し、それを漁る痩せこけた人達。皆、その服はボロボロだ。
その横には、毛布にくるまって血走った目をしている子供の姿も見えた。
「……行こう、玲香」
「……うん」
その光景に、現実に思うことはある。
けれど、俺達にはどうすることも出来ない。
俺達にも目的があり、その実現のために見ず知らずの他人に金や食料を分け与えられる余裕は無かった。
しかも、ここは異世界。俺達と彼らは違う。だから――
「……クソッ!!」
そう思えたら、どんなに楽だろう。
本当は助けたい。本当は何かをしてあげたい。
偽善と呼ばれようと、ただの哀れみだと言われようと、救いたものは救いたかった。
「正真君。宿、あそこにしよう……」
「……ああ。いい、宿だな……」
「うん。周りは……普通、だからね」
でも、俺達にそんな事が出来る力は、無かった。
「それで……明日はどうする?」
「情報屋をいくつか当たって見ようかなって思っているよ」
宿で手続きを済ませた後、しばらくたってから俺の部屋で今後の方針について話し合うことにした。
俺達が優先すべき事は、セントラルが創った魔道具探し。
家に帰るため、その手がかりを何としても見つける必要があった。
ただ、昨日よりはマシとは言え、玲香の機嫌はまだ良くなっていないらしい。その証拠に、俺への返事はさっきからどこか機械的だった。
「なあ、いい加減、機嫌を直してくれないか……? 俺が悪かったからさ」
「ふん……。そうやっていつも謝るくせに改善しないじゃない、正真君」
「そ、それは玲香が……いや、やめとこう。今は明日の話だ」
これ以上この話をしたらまた取り返しのつかない事になると俺の直感が告げていた。
話を戻し、明日の行動を決めることにした。
「玲香は、情報屋に聞きに行くのか? だったら俺も……」
「ううん。情報屋に頼むのに、どれくらいお金が必要なのかが分からないの。だからギルドに相場を聞きに行こうかなって考えてる」
「ああ、成程……」
「正真君は私がそうやって聞きに行っている間、町の人達から情報を集めてほしいの。ほら、二手に分かれた方が早いでしょ? ……それに、正真君は私が一人でも問題ないようだし」
最後に玲香がボソリと吐き捨てた言葉に関してはひとまず無視することにした。
だが俺も、その方が都合が良いと考えていた。今までの町では、情報屋なんてものがあまり見つからなかったから町の人達に聞いて回っていた。
その結果、魔道具に関する話こそ聞けなかったが、代わりに町の名物やうまい店、おいしい食べ物……あれ、食べ物の事しか聞いてねえや。とにかく、そう言った有益な話を得ることが出来たのだ。
魔道具の情報が聞ければそれでよし。例え聞けなくとも、この町に関することや手がかりを町の人から得ることが出来るのだ。
きっと玲香は、そういう理由で俺にそう言ったんだな。
「ああ。じゃあ、明日は別行動にするか」
「……やっぱり、反省してないじゃない」
「え?」
「いいよ! 分かった、明日は別行動! それじゃお休み!」
そう思っていたのだが、何故かまた玲香は怒り出し、部屋の外へと歩いていく。
いや、何でだろう。とても理不尽な感じだ。
俺は精一杯玲香の気持ちを汲んだつもりなのだが、何故か彼女はこうやって怒り出してしまうのだ。
「お、おい!? 待て玲香!」
「何? まだ何か用? 高崎君」
「!? い、いや……その……」
まずい。高崎君呼びに戻ってしまった。
本気で怒っている証拠だ。嫌だ。高崎君呼びだけは嫌だ。
「そ、そうだ玲香! 少し前から、誰かに見られているようには感じなかったか?」
「……え?」
「一つ前の町で、俺はそんな感じがしたんだ。玲香も、馬車に乗っている時とかに誰かにつけられているよう感じはしなかったか?」
「馬車……」
謝るのは悪手だとさっき分かったから、俺は全力で話を逸らすことにした。
けれど、数日前から本当に違和感はあったんだ。
俺は馬車で眠ってしまっていたから、もし俺の勘が正しいのなら、玲香が馬車の外で怪しい人物が追いかけているのとかを見ていた筈なんだ。
「どうだ、玲香?」
「気のせいじゃないの? それに私は馬車の外なんて見てなかったし……」
「ん? じゃあ俺が寝ている間はどこ見てたんだ?」
「どこって……それは……!!」
そこまで言って、急に玲香の顔が赤くなった。
口をパクパクとさせ、何やら焦っている。
「あれ? 玲香どこを……」
「う、ううん! 外には多分誰もいなかったよ! そ、それよりも、さ。この話はやめにしない?」
「何でだよ。もしかしたら俺達は誰かに……」
「絶対に無いから! うんうん! そ、それじゃお休み!」
「!? おい、玲香!?」
そして、玲香は逃げるように俺の部屋から出ていった。
結局、俺達は仲直りすることも出来ず、それどころか俺の方は訳の分からぬまま、その日を追えてしまった。




