第八十一話 クラクスへ
「クラクスに行きたいのか?」
夜、俺の部屋で玲香と一緒に次に行く町をどこにするかを決めていたら、真っ先にその町の名前が玲香の口から出てきた。
「うん。割と情報屋が多い町みたいだから」
「だけどよ。この町結構物騒だって聞くぞ。危ないんじゃ……」
「もう! 男でしょ、正真君! 多少危ないのは私だって知っているよ!!」
玲香に本気で怒られてしまった。
だけど確かに治安の悪さを抜きにしたら、俺達の目的に合致した場所かもしれない。
情報屋……つまり、金と情報を取引する職業の人間が多いということは、それだけ魔道具の事を知っている奴に会える可能性も高くなるのだから。
「明日の朝、馬車に乗っていけば夕方にはクラクスに到着できるみたい」
「そうか……金額は分かるか?」
「えっと……確か、銅貨八枚くらいだったよ」
今日の稼ぎを合わせれば、銅貨八枚は余裕で足りた。
だけど……情報屋に払う金や、別の町へと移動するための馬車の運賃を考えれば、クラクスでまたしばらく冒険者の仕事をしなければならない。
その事を言おうとしたが……玲香の嬉しそうにはしゃぐ顔を見て、止めた。
(そうだな。クラクスでいい情報が手に入るかもしれないもんな)
今は、金の心配よりも、何か有益な情報が手に入ると信じよう。
今日だって、玲香のおかげで俺は立ち直れたんだ。
だったら、彼女の言う通りにしてみるのも、悪くない。
「そうだな……。よし、次はクラクスにするか!」
「うんうん! きっと見つかるよ。魔道具の情報!」
「ああ。そう信じよう」
俺達の次の目的地はクラクスに決まった。
さて、明日宿を引き払うために、荷物を纏めよう。
そう考えて座っていたベットから立ち上がると、玲香が俺を見つめていた。
「どうした、玲香?」
「ええと……。正真君、クラクスは物騒な町だって言ってたでしょ? もし私が襲われそうになったら助けてほしいなあ……なんて……」
「? 玲香は攻撃魔法を持っているじゃないか。俺に頼らなくても……」
そう言った瞬間、玲香の表情がみるみる暗くなっていった。
俺は瞬時にまずいと悟った。
ヤバい。アレが始まってしまった。
「れ、玲香……、その、悪かったよ。今の言葉……」
「……どう悪かったの? 言ってみて?」
この一か月の間、会話の最中に玲香がいきなり怒り出した事が一回あった。
俺は必死で謝ったが、その時は結局数日間、玲香にろくすっぽ口を利いてもらえなかった。
鎮めなければならない。もう、玲香と話が出来ないのは嫌なんだ。
「そ、その……そうだよな! 俺達は二人で戦っているんだもんな! 玲香一人で戦わせる訳にはいかないよな!」
決まった。完璧な解答だろう。
きっと玲香は、俺がその事を分かっていなかったから怒り出したんだろう。
「……は?」
だが……現実はそう上手くはいかないらしい。
いつも以上に低い、玲香の声。それは俺の甘えた考えを粉々に打ち砕いた。
見当外れ。そう言いたげな顔をした玲香は……床をドンドンと踏み鳴らして部屋の外へと歩いて行った。
「お、おい? どうした、玲香?」
「もう、いいよ!! 分かった! 一人で行くから!!」
何も理解できない俺はただ一人、呆然と部屋に取り残された。
「な、なあ……いつまで怒ってるんだ?」
「別に……!」
翌日、俺達は目的の町、クラクスまで行くために馬車に乗っていた。
この世界に来てから何回か馬車には乗っているのだが、なんというか車と比べた時の乗り心地の悪さや、上下に揺らされる感じにはまだ慣れなかった。
さらに、昨日の夜から玲香が口を聞いてくれないこともあり、道中の俺は胃がキリキリとしてとても辛かった。
「えと、お客さん……大丈夫ですか? 顔色が悪いみたいですけれど」
「ああ……俺の事はいい。前を……前を見てくれ……」
「まさか、酔ったんですか? あの、お連れ様が……」
「知りません。彼の言う通り、前を見ていてください」
「は、はあ……」
御者は多分俺達よりも二、三程年上の青年だった。
今朝であった時はもっとはきはきと喋る人だと思っていたのだが、玲香の不機嫌さを見た後は嘘のように口数が少なくなっていた。
理由は分からないのだが、クラクスに着いたら玲香には全力で謝ろうと思っている。
「お客さん……やっぱり少し休まれますか? 今日中にはクラクスに着きますし……」
「オエェ……。ああ、ありがとう……けど……気持ちだけで……いいから……」
「お客さん。やっぱり、酔われてますよね……?」
「何を馬鹿な事を……俺は乗り物で酔ったことなんかねえ……」
御者が何を言っているのか分からない。
俺は生まれてこの方、乗り物酔い何てモノを経験したことは無いんだ。
だからこの気持ち悪さも、きっと何か別の原因が……。
「オェェ……!!」
「ひッ……! や、やっぱり止まりますよ!」
「ダメだあ……!! 俺達は早くクラクスに行かなきゃいけないんだあ……!!」
魔道具を探すためには、少しでも早く着いた方がいい。
だが……先程から気持ちが悪い。本当に気分が悪い。
馬車の揺れで吐きそうになってきた。やべ、横にならねえと……
「……はい、正真君」
「!? 玲香、何を……!?」
「何って……疲れているみたいだから、正真君を寝かせてあげているんだよ」
突然、俺の頭は玲香の膝の上に引き寄せられた。
何が起こっているのか理解が出来なかった。
緊張と吐き気と混乱で頭がパンクしそうだ。えと……これって……
「れ、玲香……? これって膝まく……」
「あ。でも、もし吐いたりなんかしたら、本当においていくからね。だから、しっかり休んで。正真君」
玲香の顔が真上に見えた。
そして、その間には……
「ヒール」
「!? あ……」
それは、天国から地獄に叩き落されるような感覚だった。
もし後一瞬、ほんの僅かにでも魔法を遅らせてくれたら、俺は悔い無く眠ることが出来ただろう。
だが、現実は何時だって非情。
玲香の回復魔法で全身がリラックスされた俺は、後悔を残しながら意識を失った。
貨幣価値に関しては、大雑把に考えています。
基本的には、ランクは鉄、銅、銀、金、白金の順に高くなり、十枚で上のランクの貨幣一枚に等しいと考えてもらって大丈夫です。
尚、この章の中で金貨や白金貨が出てくる予定はありません。




