第七十九話 炎王
「炎王様。よろしいでしょうか」
部屋で一人本を読んでいると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
部下の一人が「入ってもよろしいでしょうか」という意味の確認をとり、俺の返答を外で待っている。
舌打ちしながら、顔を上げてドアの方に目を向けた。
「……んだよ。ああ、いいぜ。入れ」
返事をしている間に、クローバーが挟まれた栞を取り出して読んでいたページに差し込む。
本をパタリと閉じるのと部下がドアを開いて顔を見せたのは、同じタイミングだった。
俺は椅子に深く座り、「失礼します」と一礼して入ってきた部下の方を見た。
「で? 俺に何か用か?」
「”領主様”がお呼びです。至急、部屋に来てほしいと」
部下は表情を崩すことなく、淡々と要件を伝えてきた。
有能な部下だが、今一つ可愛げが無い事が、こいつへの不満だった。
だが、それはそれとして、トップからの呼び出しなら行かない訳にはいかねえな。
「……すぐに支度をする」
本当は行きたくないという気持ちを悟られないように表情には気を配る。
あの領主が俺を呼び出すという事は、面倒事を押し付けられるってことだ。それが分かっているのに、行かざるを得ない自分の立場が恨めしくなる。
俺が行くと分かると、部下は再び頭を下げて部屋から出ていった。
「ちっ……今度は何言われんのかねえ……」
半ば諦めの気持ちで身なりを整えて部屋の外へと出る。
一人で会いに行く。そう思って歩き出そうとしたが、突然、後ろから快活に俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「よっ! 炎王。元気か?」
「師匠! なぜここに……!?」
「おい、ここじゃ師匠じゃねえだろ? ”獄王”って呼びな。」
「っと、すまねえ。し……獄王」
驚いた。まさか師匠が――ここでは”獄王”と呼ばれている――来ていたとは。
「驚いただろ? 遠方での仕事が終わったからよ。爆速で帰ってきたんだ! ほれ、お土産だ」
そう言って師匠は胸元から一冊の本を渡してきた。これは……
「ディーレット・フォーチュン!? 何でこんな絶版本が……!?」
「お前、好きだろ? 占いの本。行った先で見つけてきたんだ」
「ッ……! ありがとう、師匠! コレ一生大事にするぜ!!」
「おい、また師匠って言ってるぞ! ……まあ、喜んでくれて何よりだ。それでお前、どこかに行くくつもりだったんじゃねえか?」
「あ……やべ。そうだった。これから領主様の所に……」
「は!? 先に言えよ!! クソ、こうしてる場合じゃねえ! 急いで領主様の所まで走るぞ!」
「お、おい!? 師匠!?」
貴重な本が手に入ったことに歓喜して、本来の仕事を忘れてしまっていた。
領主様に用があると言った瞬間、師匠は俺の手を引いて部屋まで走った。もう小さいガキじゃねえんだから、こんな真似は恥ずかしくて仕方なかったが、振り払おうにも師匠の力が強すぎて、結局俺は領主の部屋の前まで連れられてしまった。
「よし。じゃあ開けるぞ。炎王」
「……なんであんたも一緒なんだよ。呼ばれたのは俺一人だぞ」
「いいじゃねえか。俺も今帰ってきたことを報告しなけりゃいけねえしよ」
こうして領主の部屋の前に並んだ俺達は扉をノックした。
しばらくすると俺達が叩いた赤色の、重厚な扉の先から、「入れ」と低い声が聞こえてきた。
領主の声だ。聞き慣れたはずだが、いつもこの声を聴くと緊張しちまうな。
許可が下りた俺達は、扉を開け、ソイツの前に並んだ。
「……炎王。それに獄王……帰ってきたのか」
「おう! たった今な!」
「そうか……ご苦労だったな」
師匠の口調はとても領主に対するものとは思えない。
もし他の領地で部下が領主にこんな口を聞いたら処罰されるだろうな。
だが、師匠はこの領主と長年の付き合いだからか、こんな口の利き方が許されていた。
「……」
しかし、それはあくまで師匠だけだ。
師匠ともう一人。それ以外の人間は例え俺でもそんな話し方は許されない。
じっと領主を見やる。しかし、仮面に隠れて表情が見えない。
俺が知っているのは、この領主の声だけ。人前では赤色の仮面をつけて、顔は見たことが無い。多分、知っているのもここでは師匠含めて二人だけだろう。
そんな事を考えている内に、領主は師匠との話が終わったようでこちらを振り返ってきた。
「して、炎王。お前を呼んだのは……探してもらいたい冒険者達がいるのだ」
「! そうですか、捜索、ですか……」
冒険者だと? しかも、探してほしい、か……。
いつもとは違う命令だった。
領主が俺に命じるのは、暗殺や粛清などの血なまぐさい仕事だ。それがここでの俺に与えられた役割だからな。いつも、納得して受け入れてきた。
だが、今回この領主が命じたのは、冒険者の捜索というとても俺に命じる仕事とは思えないものだった。
「理由を聞いてもよろしいしょうか、領主様」
「ならん。お前はただ命じられた任務を遂行せよ。冒険者を探し出し、可能ならここに連れてこい」
「あー、炎王。俺からも注意しとくぜ。領主様の仰ることについて疑問なんか持つな。これで何度目だ?」
「……了解、しました」
いつも通り、領主は俺には何も話さない。
これまでも何度か命令に疑問を抱いた時は質問したことがあるが、決まって領主はそれに答えず、師匠には叱られてきた。
その度にそういうものだと言い聞かせてきたが、同時にちくりと何か気持ち悪い感覚を覚えてきた。
まあ、いい。今回は殺しが必要じゃねえんだ。楽な仕事だ。
どうやら領主はその冒険者に余程興味があるらしいな。探して、連れてこいなんて今まで俺に言ったことはなかったぞ。
「それでは領主様……。その冒険者の名前や、特徴などを教えてください」
切り替えて、俺は命じられた仕事をするだけだ。
そう考えた時にまたちくりと心に棘のようなものが刺さった気がしたが、抑えて領主からの回答を待った。
「男女の二人組だ。名はタカサキ・ショーマとヤジマ・レイカ」
だが、この依頼が俺の運命を変えることになるとは知らなかった。




