第七十八話 二人で
「ッ……」
「おっ!? おお……、起きたか、矢島さん」
セントラルが消えてから、約一時間がたった。
その間、俺は戦いで受けたダメージを回復させながら、矢島さんが起きるのを待っていた。
そして今。勢い良く、矢島さんが起き上がった。
「大丈夫か? まだどこか……」
「高崎君……セントラルは、どこへ……?」
「消えた。最後にいろいろと言い残してな」
俺は手に持っていたリンゴを一口、齧る。
甘酸っぱい味はいつもとは変わらない。でも、戦闘後の疲労によって、いつも以上に体に染み渡る気がした。
「あ……高崎君、私にも一つ……」
「え? でも、体が……」
「大丈夫。まだ少し疲れているけど、何か口にしたいの」
「そうか? まあ、無理すんなよ。ほれ」
持ってきていたリンゴを、矢島さんに投げる。
綺麗な放物線を描いたリンゴは、彼女の手の中にスポリと収まった。ポスリと軽やかな音が、がらんどうの空間に響く。
矢島さんは「ありがとう」と俺に言って、リンゴを頬張り……いつも見るよりもはるかに大きい彼女の一口が、リンゴを削り取った。
「……! 見ないで。高崎君」
「え? 何で……?」
「いいから。私が食べている所は見ないで」
理由を聞きたかったが、何故か従わなければならないような雰囲気があった。
渋々、目を別の方に向けると一際大きい咀嚼音が聞こえてきた。
ああ……余程、食べたかったんだな、リンゴ。成程、矢島さんはそれを知られたくなかったのか。
そうやって元気に食べている姿を見る限りでは、本当に受けたダメージは回復しつつあるらしい。……良かった。どうやら、大丈夫みたいだ。
「! ねえ、やっぱり見てたでしょ!?」
「いや、みてないよ。しかしそんなにリンゴが食べたいんだったら、もっと持ってくるぞ」
「……」
「あ、あれ? 矢島さん?」
「……ううん、いや、もういいや……」
何だろう、俺が言ったことに、矢島さんが激しく不快感を示した気がした。
ため息を深く吐き、諦念した顔で俺を見ている。
そして、リンゴを食べ終えた矢島さんは残った芯を床に置き、別の話題、すなわち、これからどうするのかという話を切り出した。
「セントラルがいなくなったみたいだから……外には出られると思うけど、外は……その……」
「俺達の知らない異世界、か……」
そうだ。この先にあるのは、未知の世界。
魔法や魔物の存在する、物語でしか見たことの無い世界が広がっている。
けど、俺達が日本へ、故郷へ帰るにはこの先の世界へと踏み出さねばならなかった。
「大丈夫だろう。きっと上手くいく」
「で、でも……危険すぎるんじゃ……」
「矢島さんも言ってたろ? 皆がここまで繋いでくれたんだ。だったら俺達はそれを持って、外へ行こう。難しいことは……外に出てから考えよう」
「高崎君……」
「単純でいいんだ。今は、ここから出よう。それを目標に頑張ってきたじゃないか」
ここまで一緒に戦ってきた、皆の顔が浮かんできた。
氷藤、白川さん、東悟、野田……皆、この場所から出たかった筈だ。
皆訳も分からずにこんな所に連れてこられ、戦い……そして死んで行った。けれど、帰ることだけは全員願っていたに違いない。
だったら、俺達はこんな所で止まってなんていられないんだ。
「一歩。外に出たらそこから先はまた戦いをしなくちゃいけないかもしれない。でも、俺の中に生きている皆が、勇気をくれているんだ」
そうだ。俺は、一人じゃない。
皆の思いや願い、無念は全て俺の中に生きている。
それは……きっと矢島さんも同じの筈だ。
「矢島さん、一緒に行こう。俺達二人なら、どんな壁でも乗り越えられる」
「……!」
俺は矢島さんに手を伸ばした。
一緒に来てくれと。俺と共に、もう一度戦って欲しいと、そう願って。
矢島さんは一瞬、躊躇った。
けれど俺の目を見て、決意してくれようだ。
俺の手を固く握り、彼女は……笑った。
「ありがとう、高崎君。決めたよ。もう一度戦うって」
矢島さんは、どこまでも俺を見てくれていた。
その笑みが、視線が、表情が俺を全力で信じていると伝えていた。
「皆の思いを抱えて、この世界を探そう。俺達二人なら、いつかは見つけられる筈だ」
「うん……! 一緒に、頑張ろうね、高崎君!」
俺達は互いに友情を、信頼を、結束を拳に込めて強く手を握り合った。
「さあ、出口に行こう」
「まずは……瓦礫からだね」
俺達は意思を確認して、瓦礫の撤去に移った。
見た目ほど瓦礫は多くなく、いくつか退けると、その先から光が見えた。
「これが……出口」
俺達が通れるくらいまでの大きさになった出口の先は、眩しい光が差し込んで見ることが出来ない。
だがそれでも、俺達はこの先へと踏み出さなければいけなかった。
「高崎君。一緒に行こう?」
緊張して震える俺の手に、矢島さんがそっと手を重ねた。
矢島さんも少しだけ怯えているのか、その手は小刻みに震えていた。
でも、そんな手が重なり合った時……ピタリと、震えは止まった。
「ありがとう、矢島さん」
「ううん。お礼を言うのは私の方だよ」
「え?」
「私こそ、いっぱい高崎君に助けられたから」
「それって……霧に取りつかれた時や、落ちそうになった時か?」
「ううん。それだけじゃないよ。もっともっと、高崎君は私にくれたんだよ。ありがとう、高崎君」
矢島さんに助けられてばかりだと思っていた。
けれど知らず知らずの内に、俺も彼女を助けていた。
そう思ってくれていることは……素直に嬉しかった。
「行こう。この先へ」
互いに感謝を伝えあい、矢島さんと一緒に外へと踏み出した。
どんな事が起きても、俺達なら乗り越えられる。そう信じて。
――第一章 完――




