第四十五話 私の戦い(矢島玲香)
久木原君が、【黒】に会いに行く、その少し前。
私と白川さん、浅尾君は皆とは別の目的の為に動いていました。
「……どうかしら?」
「ああ、門の前に二人、台所で三人だ。後は……向こうの部屋に四人。……全員いるぞ」
浅尾君が鼻で敵の位置を探って、白川さんに伝えている。
私たちは庭から音をたてないように見ているけれど、まだ気付かれていない。
流石に、あの【黒】程の感知能力は家来達は持っていないみたい。
「――この作戦は、邪魔されたら終わりだ。だから、白川さん、矢島さん、浅尾君。君達は……家来たちを全員倒してくれ」
戦いが始まれば、きっと家来達も【黒】の所に行って皆の邪魔をするに違いない。
氷藤君の作戦は、私達以外の全員が協力してやらなくちゃいけないから、余った私たちは、こっちの仕事をするしかない。
高崎君も、作戦には関わっていなかったけれど、ダブルリーダー制(白川さんがそう名付けた)でこっちに白川さんが割り振られたから、向こうで指示を出すことになった。
高崎君はそう言われた時は緊張した顔をしていたけれど、
「任せてくれ。……絶対に、成功させる」
そう言って私たちを見送ってくれた。
「本当に……頼もしくなったなあ……」
学校にいた時は、どこか自分に自信がなくて、寂しい男の子っていう感じだった。皆でいても、たまに悲しそうな顔を見せて、一人で何処かへ行ってしまう、そんなイメージ。
けど、高崎君は、今皆の中に入っていこうとしている。中心になろうとか多分そういうのじゃないんだけど、なんていうか……皆を見ようとしてくれている。
皆の思いとか、考えとかを見て、自分に吸収しようとしている。そうやって、成長しようと頑張っている……そんな気がする。
「矢島さん、何か言った?」
「う、ううん。どうかしたの?」
「……そろそろ、動くわよ。いいわね?」
高崎君の事を考えて漏れた言葉を聞かれていたと思って焦ったけれど、どうやら大丈夫だったみたい。
ホッと息を吐く私。
……って、そうじゃない! 白川さん、今、動くって言った!
「まずは、襖の前の二人ね。」
【黒】は、何故か今いる大広間の前に家来を配置していなかった。
それは油断しているのか、それとも私達程度、襲ってきた所で返り討ちに出来るのか、それは分からないけれど、ともかく今は都合が良かった。
「……アクセル」
隠れて門の前で見張りをしている家来たちに、白川さんが肉体強化の魔法で後ろから近づいて――片方の喉元に、レイピアを突き刺した。
「! ひっ……」
「うおっ……」
血が飛び散り、バタリを音を立てて家来の一人は倒れる。もう片方は、そこで白川さんに気付いたけれど、刀を抜くより先に……
「シャイニングエッジ」
光の斬撃が放たれて、ぶしゃりという音と共にもう一人の首と胴が離された。
今までと違い、相手は、人間の姿をしている。それを、こんなに簡単に……
「……怖いかしら?」
「!!」
白川さんが、顔に浴びた返り血も拭かずに私たちを見た。
「彼らも、人の姿をしているから……私が、人の命を奪った。そう考えるのも無理はないわ。けれど……これくらいで怖がっているのなら、ここから先は私一人でやった方がいいわね」
「お、おい! 何言ってんだよ! 一人でなんて……」
「ええ。怖いわ。でも、高崎君達はもっと怖いでしょうね」
それを聞いて、ハッとした。
そうだ。高崎君達の相手は、あの【黒】なんだ。家来達とは、レベルが違う。もし今、【黒】がこの場に居たら……私は隙をつかれて、死んでいたかもしれない。家来達の死の瞬間、その動揺をつかれて。
「だから、あなた達は……」
「やる。……やるよ。白川さん。私も、覚悟を決めたよ。私だけ役に立てないなんて、そんなの絶対に嫌」
だって、あの時、私は高崎君にそう言ったんだ。
高崎君達も、今頑張っている。だったら、私も頑張らなくちゃ。
「く……、お、俺もやる!」
「……そう、だったら、急ぎましょう。久木原君がどれくらい時間を稼げるか分からないわ」
浅尾君も決心したみたい。
私たちは、そうやって急いで残りの家来達の元へと向かう。
久木原君が、【黒】と話して気を紛らわす。その時間内に、私たちは家来達を倒さなければいけない。
「ここだ! 三人!」
門から台所へと走った私たちは、台所で三人の家来を見つけた。
「シャイニングエッジ!」
「セイント・バースト」
すぐに三人、倒す。良かった。私でも、倒せた。
人を打ち抜いた感触。それは今、考えない。
考えたら、死ぬ。余計な事一切から、今は離れて、私たちは残りの家来達四人がいる部屋へと走る。
「後はこの部屋だけだ! 頼む。二人共!」
「ええ! 一気に行くわよ!」
白川さんはそう言うと、襖を上下に切り裂いて、中へと突撃した。
突然壊れた襖に気を取られた家来二人の首は、その時点で白川さんが切り落とした。
けれど、それに気付いたもう一人が、刀を抜くより先に、白川さんに体当たりをして部屋の外へと弾き飛ばした。
「くっ……!?」
「大丈夫!? 白川さん!?」
「平気よ! それより、早く!」
残りを片付けなさい! その先の言葉は言わなかったけれど、多分そう伝えたかったんだろう。
私は、白川さんを吹き飛ばした家来に向かって、魔法を放った。
「セイント・バースト! あと一人……」
私の魔法で、残りの家来は一人になった。
けど、そう思った直後、吹き飛ばされた家来の後ろから、もう一人――刀を持った家来が私に走ってくるのが、見えてしまった。
「セ、セイント……」
駄目! 近すぎる! 魔法は、もう間に合わない。
刀が、私に振り下ろされて――
――ブスリ
死んでしまう。そう思って目を閉じたけれど、いつまでも切られる感覚は来なかった。
少しづつ目を開けると、浅尾君が、家来を後ろから刀で刺していた。
致命傷だったんだろう。家来は、刀から手を放し、床に倒れて動かなくなった。
「ハァ……ハァ……」
「浅尾君! あ……ありがとう!!」
「浅尾君! 大丈夫かしら!? 息が……」
「だ、大丈夫だ……女子にばっかり活躍させるわけにはいかないからな……」
そう言って浅尾君は少しだけ笑う。
無理をした笑顔。浅尾君にとって、これは初めて誰かの命を奪った行動。
動揺している。けれど、それを心配する時間も余裕も私達には無かった。
――ドン!!!
「「!!」」
大きな音が、大広間の方から聞こえてきた。始まったんだ。戦いが。
「行こう。二人とも。……助けに」
私の言葉に、二人は頷いてくれた。
また走り出す。まだ戦いは、終わっていない。
むしろ、本当の戦いはここから。皆の無事を信じて、私たちは大広間まで急いだ。