第四十一話 まさかの事態
『答えよ。そなた等は何奴ぞ』
その敵は、大河ドラマや博物館でよく見る、武将のような出で立ちだった。
全身黒色の甲冑を身に纏ったそいつはそう尋ねながら、左側の腰元に差してある刀に手をかけて俺達から目を離さない。
――強い。現れた瞬間、俺はそう感じた。
今までの敵よりも、一つも二つも格が違う。
そう考えてしまうほどの、気迫と佇まい。まず間違いなく正面からじゃ倒せないだろう。
(し……喋った!?)
二つ目に訪れた衝撃はそれだ。
目の前のこいつは、なんと話すことが出来る。
叫び声を上げるとか、気味悪く笑うとか、そういうのじゃない。明確に言葉を獲得している。
圧倒的な威圧感と、言語を扱うという事実。これまでに俺達が戦ってきた敵と、目の前に佇むこの敵とは何もかもが違う、異質な存在だった。
『もう一度、聞く。そなた等は敵か、客人か』
最終警告。
敵は刀の柄を握り、いつでも抜刀できる準備を整えてしまった。
(ど……どうする!?)
焦ってクラスメートを見る。しかし、皆もどうしたら分からないようで、ただキョロキョロと互いに見合うだけだけだ。
『答えぬか。ならば……』
敵は俺達が何も言わないのを見て、認識を固めてしまった。
腰を落とし、刀を引き抜いて――
「ま……待って! 待ってください! 私たちは……客です!」
そう思った瞬間、敵の動きがピタリと止まった。
矢島さんが立ち上がり、手を挙げてそう叫んでいた。
(お、おい! 何を……)
「あ、あなたのお家を見せてもらいたくて、ここまで来たんです! だから、そ、その……攻撃するのは止めてください!」
『ほう』
何をしているんだと、そう思った。
こいつは、試練の敵。俺達が倒さなければならない敵だ。
その敵に、矢島さんはよりにもよって攻撃しないでと懇願している。
『良かろう。客人達よ。遠路はるばるご苦労であったな』
「……は?」
だが、俺が絶対に聞き入れられないと考えたその言葉に満足したのか、敵は構えを解き、俺達を労うような言葉を口にしだした。
「え……えっと、あれ?」
『入るといい。長旅で疲れたであろう』
「! わ、わかりました……」
敵は俺達に背を向け、建物の中へと歩いていく。
……え? 今、何が起こった? あの敵、俺達を見逃したのか? それに、家に招くみたいな事も言っていなかったか?
訳も分からず困惑している俺の隣で、白川さんが大きく息を吐いた。
「よく分からないけれど、ひとまず助かったみたいね。矢島さんのおかげよ」
「で、でも、その……」
「ええ。……これはどうしようかしら」
矢島さん本人も困惑していた。
彼女としては少しでも時間を稼いで俺達に反撃のチャンスを伺ってもらおうと考えて、咄嗟にあんな嘘をついたのだろう。
だが、まさか敵がその嘘を信じて俺達を見逃がし、あまつさえ招待するなどとは思いもよらなかっただろう。
そして敵の発言を巡って、緊張の糸がほどけた皆の意見も割れていた。
「おい、こいつは入った方がいいんじゃねえの?」
「いや。やめた方がいい。罠かもしれない」
「けどさー。あいつ、油断してるよ。倒せるかもよ」
「馬鹿! あいつはヤバいって! 絶対に入らない方がいい!」
東悟と江藤さんは中に入ろうと主張し、氷藤と浅尾は入る必要はないと反論する。
だが、これは怪しすぎる。俺達を油断させて一気に殺しに来る、敵の策略の可能性が高い。第一、ここはあの敵の本拠地。罠の一つや二つ、仕掛けてあるに違いない。
「久木原、江藤。ここはダメだ。入らない方がいい」
野田も俺と同じ考えだったようで、中に入るのに反対した。
「ええ。私も同意見よ。危険すぎる」
白川さんも、反対のようだ。
「えっと、私は……」
『何を話している? 早く上がれ』
矢島さんが自分の意見を言おうとした時、玄関前で敵が催促してきた。
向こうは、完全に俺達を家に上げるつもりのようだ。
「いや、ちょっと待ってください。少し、話が……」
『中ですればよかろう。外は冷える』
確かに、ここは山頂付近。気温は低く、風も吹いている影響でかなり肌寒い。
だが、俺達はそんな誘いには簡単に乗らない。隙を見て――
『よもや、客であるというのは、嘘ではあるまいな』
ああ。隙など、どこにもなかった。
再び俺達の方へ向き直った敵は、疑いの眼差しで俺達を見る。
『客人であると偽り、我に仇名す算段を整えているということはあるまいな……?』
否とは言わせない、敵はそんな雰囲気を醸し出していた。
手は刀の方へと動いている。選択を誤れば、今度こそ鞘から引き抜かれるだろう。
『どうなのだ?』
「ッ……! 分かったわ。お邪魔させてもらうわ……」
白川さんが俺達を代表してそう答えた。
彼女の目が、今は、そうするより他はない、そう訴えていた。
ここで断れば、まず勝ち目はない。敵はそれ程の強さであると、皆直感的に感じていた。
だから、この敵の言う事に従い、チャンスを探る方が何倍も生き残れる確率が高い。全員、そう考えていた。
『承知した。それでは、上がると良い。客人達よ』
敵に招かれ、俺達は建物の中へ足を踏み入れることになった。




