第三十三話 遂に
『ケ! ケ! ケケケケケケ!!!!!!』
矢島さんの体から飛び出した『霧』は俺の方を見て、そう叫ぶ。
やはり顔は見えないが、床のランプの火が照らした『霧』の陰影が作り出す顔からは、俺への激しい憎悪のようなものが感じられた。
「! 矢島さん! 大丈夫か!?」
「高……崎……君……? 私……生きてるの……?」
「ああ。ああ! そうだ!」
矢島さんの体を倒れないように抱き留める。
『霧』は確かに彼女の体から出て行ったが、どうやら、もう大丈夫らしい。
俺は矢島さんに笑いかけ、大丈夫だと告げる。
その言葉で安心したのか、彼女は少し笑みを浮かべて気を失った。
「正真! 来るぞ!」
『ケッ……! ケケケケケケケケ!!! ケケケケケケ!!!!!』
東悟の声で、俺は『霧』の方に急いで振り返る。
俺に対する、尋常でない程の怒り。『霧』はその怒りを持って、再び俺に迫ってきた。
まずい、矢島さんを抱えた状態では、避けきれない。
「メタルシールド!!」
『ケケ!?』
「高崎君! 急いでこっちに来て!」
突如、俺達の目の前に壁が出現した。
江藤咲。彼女の〈錬成魔法〉が作り出した金属の壁が『霧』を阻んだ。
「氷藤君と久木原君も! こっちに!」
俺は矢島さんを抱え、走り出す。俺達と一緒に階段へと走り出した白川さんが、廊下の奥にいた氷藤と東悟の名前を叫ぶ。
「ああ! 今行く!」
「急げ! 奴をここで叩くぞ!」
江藤さんが造り出した金属の壁は、廊下を半分ほど覆い、もう人一人が通れるくらいの余裕しかない。氷藤と東悟は、この廊下を完全に封鎖して『霧』を閉じ込めるつもりのようだ。
『ケケケ……。ケケケケケケケェ!!』
だがそれを、『霧』が簡単に許す筈もない。奴は壁が出現したことで一瞬うろたえていたが、自分の横を走り去ろうとする氷藤を見て、笑い声を上げながら二人に襲い掛かった。
「氷藤、東悟!」
「二人とも! 避けて!」
まずい。氷藤が死んでしまったら、俺達の勝ちは無い。
だが、突っ切るしか方法は無い。氷藤と東悟は、覚悟を決めた目で、横をすり抜けようと駆ける。
「くっ……」
『ケケケケケケケケケケケケケケケ!!!!!!!!!』
だが、そのスペースの前に、『霧』は立ち塞がった。たった一つだけしかなかった逃げ道を、塞いだ。
『霧』は勝利を確信したように嗤う。
二人はその行動に驚くが、止まることが出来ない。回避する余裕は、なかった。
狡猾な敵だった。俺達を館に閉じ込めたり、罠を仕掛けて仲間を殺していった。今までのように、ただ戦うだけの敵じゃなかった。周到に、確実に俺達を殺そうとしていた。
――だが、結局、その狡猾さが仇となった。
「ストーン・ショット!!」
『ケケ!?』
壁の横に姿を見せた『霧』に、野田が魔法を放った。
一つしかない逃げ場を塞ぐ。それはつまり、俺達に背を向けることと同じだった。『霧』は後ろから高速で飛んでくる石に反応が遅れ、周囲に拡散する。
当然、これで『霧』を倒すことは出来ない。だが、たった一瞬の隙が出来れば、氷藤と東悟にはそれで充分だった。
「……氷藤。明人の仇を、取ってくれ」
「勿論だ。今の攻撃、最高だったよ。野田君」
氷藤と東悟は、遂に『霧』をすり抜けた。
『霧』はすぐに再構築されたが、もう、遅かった。
『ケ……ケ……』
「終わりだ。……もう二度と、僕たちの前に現れるな。フリーズ!」
絶望をしたような陰影を見せる『霧』。
それに構わず、氷藤はフリーズを唱えた。
壁の横のスペースを即座に氷で塞ぎ、その中の床、天井が一気に凍り付く。
『ケ……ケケケ!? ケケケケ!? ケケケケケ!!!!』
それを見て、『霧』は廊下の奥の部屋へと飛ぶ。扉の隙間から部屋の中に入れば、凍り付くことは回避できる。そう考え、『霧』は扉を見たが ――すでに、氷で隙間が埋められていた。
『ケ!?』
「おっと、惜しい。お前が矢島さんを襲っている時、既にそこは凍らせてもらったよ。……これで、本当に終わりだ」
氷藤は更に魔力を込め、廊下を凍らせていく。完全に逃げ場が無くなった『霧』は最後まで醜い声を上げていたが、その内それも小さくなって行き、そして聞こえなくなった。
「……勝った……のか?」
「ああ……。完全に、中に閉じ込めて、凍らせた。……出口を見てみよう」
勝利したという感覚は無い。館内は、まだ不気味な感覚で満ちている。ランプを失ったことで、再び薄暗くなった階段を、俺は矢島さんを抱えながら下りる。
安心したように、矢島さんは俺の腕の中で眠っていた。
「それにしても、なんで矢島さんから『霧』は出てきたのかしら?」
「……」
白川さんが途中でそう零して俺を見たが、俺は何も答えなかった。
あの時、矢島さんとあの『霧』の、その奥――根源のようなものに、触れた気がする。それを伝えて、理解されるとは思えなかったからだ。
ただ、彼女を救うことが出来た。俺には、それで充分だった。
「開けるぞ。皆」
俺が答えなかったことに不満そうな顔をした白川さんだったが、東悟のその言葉で入口へと目を向けた。扉は、まだ閉ざされている。
ゴクリと唾をのみ、東悟は扉を押した。
――ギイィ……
入ってきた時と同じように、扉は重苦しい音と共に確かに開いた。。
その先に進んだ時、俺達の三回目の試練は終わりを告げた。




